36話

 翌日から新しく武器を手に入れた昌信しょうしん子瑞しずいに加え、桃佳とうけいまで榮騏えいきとの特訓に参加する羽目になってしまった。


 榮騏が自分がここ石者山せきしゃざんに来たいきさつを話し、昌信が陽招器ようしょうきである槍を手に入れるまで桃佳らは夕食を一切手に付けていなかったので、さっさと食事を済ませた。


「じゃあ飯も食ったし、お前らは奥の俺の寝室に泊まれ」

「ハァ!?私はアンタと子瑞くん達と一緒の部屋に泊まれって?嫌に決まっているじゃん!」


 男三人と――――しかもそのうち一人は自分がタイプだと言うスケベなオッサンと同じ部屋で寝ることを頑なに拒否した。


「では、どうすればよいのか?とりあえずこの部屋にとう(長椅子)があるからそこで寝るしかないな」

「うん……子瑞くんがそう言うならそこで寝る……榮騏アンタはここに絶対来ないで!私の寝込みを襲わないでよね!!」

「えー?そんなこと言うなって!いいじゃんか」


 榮騏が完全に自分の寝込みを襲うことを悟った桃佳は身の毛がよだち、彼を何か生理的に嫌悪しているような眼差しを向けた。

 その様子を見た子瑞と昌信はこの不穏な空気が漂う中、戸惑うしかなかった。

 こうしているうちに、昌信がため息をついて何か決断をした。


「なあ、ここに縄か何か無いのか?」

「昌信!お前、俺を縛って動けなくするってことか!?」

「仕方ないであろう。お主ならやりかねないからな。さて、縄を探さねば」


 子瑞は榮騏が桃佳の寝込みを襲わないように、昌信と協力して何としても阻止すると言って、彼女を少しでも安心させた。


「うん。じゃあ私が縄を探して持って来るから榮騏をきつく縛っておいてね。ちょっとどこにあるか教えて!二人はそいつを取り押さえて」

「まっ……待てよ!絶対教えねえぞ!ちょっ、お前ら何すんだ!!」

「今のうちだ桃佳!多分この家の外にあるはずだ」


 子瑞が昌信とともに榮騏を取り押さえ、彼が言ったように桃佳は外へと飛び出した。

桃佳は家の外壁に沿って裏に回り込むと、木箱がいくつか積んであるのを見つけた。

 

そして、それらの上に榮騏を縛るのに十分な長さの縄を発見し、すぐ手にとって戸口から滑り込むように入った。

 桃佳はすぐ榮騏を昌信とともに取り押さえている子瑞に渡す。


「よし子瑞、あとは俺一人で榮騏を抑えるから、縛るんだ」

「分かったぞ、もう昌信は大丈夫なのだな」

「昌信!おま、さっき陽招器ようしょうきのあの槍を召喚したからか。通りで一人で俺を押さえるほど力が強くなりやがって!!」


 確かに榮騏の言う通り、昌信はその時陽招鏡から先程の槍を召喚して、握った時点で、彼の臍下丹田せいかたんでんから全身の気脈きみゃく流気りゅうきが湧きあがっていた。

 それによって、力が込み上がり、榮騏を取り押さえることが出来るようになるほどその力が強くなったのである。


 昌信は骨隆々とした体型の榮騏を一人で羽交締めにして、子瑞が彼を両手と両腕、両脚、そして口を猿轡にしてを縄で縛ることに成功した。


「これでいいよね。じゃあそいつを奥の部屋に放り投げといて!」

「分かった。子瑞担いでくれ」


 縄で縛られ身動きが取れなくなった榮騏はジタバタともがき、縛られた口で声にならない罵声を上げていた。

 彼は子瑞と昌信に担がれ、奥の寝室に放り込まれ、そこの戸が閉められた。

 これで桃佳も一安心して、榮騏に犯されずに眠ることが出来るようになった。


「さて、一通り片付いたしこれで安心して寝ることが出来るね……あっ」


 だか、桃佳はまだ気にするべきことがあった。ここにはあと二人男がいるのである。

 でも彼らは先程縄で縛った榮騏と違って、子瑞は自ら異性に興味ないと言っていたし、昌信に彼女がいる――――いや、いたからその心配はないのだが……。


「ん、何だよ。俺達は奥の部屋で寝るから安心しろよ」

「そうだ。そなたには我らは決して、桃佳に手出しするようなことは絶対にせぬからな」

「本当?別の部屋だからいいよね」


 そのように彼らは、身の潔白を主張した。しかし、桃佳にはそれ以外にも不安なことがあった。

 彼女はそっちの方で、まだ胸がつっかえるような気分が耐えきれなかった。


「私さ、子瑞くんの王位奪還のために玄龍げんりゅうを召喚出来るようにならなければいけないんだけど。本当にそれが出来るようになるために、榮騏ですら場所が分からないとこにある玄龍祠げんりゅうしに行けるかどうか自信ないんだよね……」


そのような弱音を桃佳が吐くと、子瑞も昌信も何と声をかければいいかわからず、言葉に詰まってしまった。

 しばらく黙り込んでいた三人だったが、やっと子瑞が悲愴感が漂う声をあげた。


「そうか……やはり余ではなく、萊珠りしゅが王位に就けばよかったのだ。母上の遺言とは言え、余は王に相応しくないのであろうな」

「そんなこと言わないでよ。子瑞くんがこの冬亥国とうがいこくの王じゃなきゃダメだよ。だから私も玄龍祠に行かない訳にはいかないから。でも……」


 子瑞が王位を奪還するには、桃佳が玄龍を召喚出来なければならない。

 だが、当の本人がそれが出来なかったら、彼が王位を奪還出来ないという責任が自分にのしかかってくる。


 桃佳が玄龍を召喚出来なければ、子瑞も自身の王位奪還を諦めざるを得なくなってしまう。しかし当の王本人が、王位奪還を諦めてしまえば元も子もない。


「私無理かもしれない。でもそれだと子瑞くんが……」


 自分に課せられた使命を果たさなければいけないというプレッシャーのあまり、桃佳の目尻から涙があふれて、すすり泣いてしまう。


 やがて桃佳は"誰かにすがりたい"そんな気持ちが胸の中で抑えきれることが出来なくなり、ついには目の前にいる子瑞の身体に泣きついて、自分の身を預けてしまった。


 それを見ていた昌信は、彼女が不安になったからと言って、そのような行動をとったことが理解出来ず唖然となってしまった。


 思わぬ桃佳が取った行動に一瞬驚嘆したと同時に、子瑞自身が晴天の霹靂に打たれたかのように、彼女を自分のものにしたいという欲求が生まれてしまった。

 それによって、自分の理性を揺るがす心を抑えることが出来ずに悶えていた。


 やがて子瑞は欲求に耐えられず、自分に身を寄せている恋焦がれた少女に両腕で抱きしめたのだった。

 思わず子瑞が取った行動に桃佳は、一瞬心臓が高鳴ったが、彼の優しさとぬくもりを感じた。


「子瑞くん……私、玄龍祠に行く……私にしか出来ないから!」

「そうか、それじゃあ頼んだぞ。桃佳、お主には出来る。お主にこの冬亥国とうがいこく、いやこの四鵬神界しほうしんかいの未来がかかっているんだ」


 桃佳は子瑞に抱かれたことでそう決意すると、子瑞は優しく受け止めた。

 彼は桃佳が思わぬ行動をとったことで、気が動転するほど身が熱くなってしまったが、それでも彼女に寄り添うことが出来た。


 だが昌信は互いに抱き合った子瑞と桃佳に、対して自分の中の異性に対する欲求が彼に奪われたような虚無感に襲われた。

 そして、彼らに対して嫉妬と絶望を表したような眼差しを向けた。

 

 その時、昌信に美由びゆうにフラれた時と同じ感情が起こっていた。


 ――――要するに、昌信も桃佳に好意を抱いてしまっていたのだった。


 子瑞が桃佳に下心があることを昌信は理解した。

 それにより彼自身が、美由を失ったことによる隙間を、埋めようと桃佳にいつの間にか心を寄せていたことに気付かされた。


 しばらくして昌信の前で抱き合っていた子瑞は桃佳から腕を離して、昌信の方を向くことなく、奥の榮騏の寝室に行ってしまう。

 

 その場で昌信は拳を固く握って立ち尽くし、子瑞の王位奪還よりも伯黎はくれいによって傀儡として偽王に就かされた美由を救出してやるという決意が強まった。

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