35話

 昌信しょうしん陽招鏡ようしょうきょう陰昇器いんしょうき魁瑠カイルから奪った大剣を映すと、4尺(92cm)の鋼鉄の棒が現れた。

 更に彼がそれを持つと、1尺半(34.5cm)の槍の穂先のような黒曜石で出来た刃が生えて、それが一本の槍のようだった。


「おおっ、何だこれは!?槍になったぞ!」

「一体、どういうことだ!?」


しかも驚くことに、彼は自身の臍下丹田せいかたんでんから何か強い力が込みあがるのを感じた。

 そこから昌信の全身力がみなぎってくるのを感じた。


 この一部始終を見た、昌信本人を含む誰もが息を呑んだ。


 彼を含む一行は、その柄から穂先の刃も全てが黒ずくめの槍に興味がそそられた。


「何かこの槍、重そうなのに軽々と持ち上げられるぞ!!」

「昌信お前!なぜそんなことが出来るんだ!?」


 その槍をただの木の枝を持って降るように、昌信がそれを持つことが出来るという現象に榮騏えいきは、この陽招器は彼しか扱えないものだと理解した。


「これが陽招器ようしょうきなのか!どれ、俺に渡してくれないか」

「あっ、はい……」


 昌信はずっと自分が召喚した槍を眺めながら、じかに取って手ごたえを感じている時に、榮騏がそれを渡すように言われたので、そっけなく応えてしまった。


 その槍を昌信が榮騏に渡した途端、思わぬ事態がその相手を襲った。


「うわ!?重ッ!!」


 何と昌信が槍から手を放した途端、榮騏はそれを自分が持てないほど重くなったのであった。

 おかげで榮騏はその槍を落としてしまい、床に重く叩きつけられた。


「えっ、何これ!どういうこと!?その槍って、やっぱり昌信しか使えないってこと?すごい!!」

「どうやら、他の者が持てなくなるのだから、そうなのであろう。昌信自身が召喚した陽招器だからな、その槍は」

「しっかし……こりゃぁ、重いってもんじゃねぇよ!」


 桃佳とうけい子瑞しずいも、昌信が手に入れた槍を羨ましく思い、息を呑んでしまう。


 榮騏が重すぎて床に落とした槍を昌信が拾い上げると、その穂先が紫黒に光りだした。

 この現象に昌信は驚き、その拍子で槍を振ってしまった。


「なっ?何だ急に!?おあッ!?」

「キャアァッッッ!!」


 何と、氷の破片が槍の穂先からビュンッと素早く放たれたのだった。幸いそれが向かった先が、榮騏の家の穴がほげた屋根から外へと夜天に昇っていく。

 桃佳もそれに驚いて、悲鳴を上げてしまうほどだった。


 まさかの出来事で、ここにいた誰しも心臓が止まりそうなくらい、驚愕せざるを得なかった。

 それでも榮騏は、この槍の思わぬ能力を発揮したことに感心する。


「何だ!?一体どうなっているんだ……あっ!」


 するとその槍は、氷の破片を穂先から放たれた後、わずかに光ってゆっくりと消えてしまった。


 昌信は槍が消えたと思いきや、自分の右手の小指に指輪がはめられていることに気づいた。鵬のような鳥模した浮き彫りが施されたそれには黒瑪瑙の指輪だった。


 それは光を放っていたが次第にそれは消えていった。どうやら、先程の槍がはめられた指輪に形を変えたようだった。


「ははは!なるほど、すげぇじゃねえか!昌信。こんなの、俺が持つことが出来ても、使いきれねえよ」

「ええっ!?それじゃあ、どうするんだよ?」


 榮騏がこの槍を自分には扱えないと言われ、昌信は戸惑ってしまう。


 なぜなら昌信はこの世界に転移する前の幻世では、――――ごく当然であるが、武器と言う武器を扱うことなどなかったのである。

 すると榮騏は、意気込んで昌信らに声かけた。


「じゃあお前、明日から俺がみっちりと鍛えてやるぞ。子瑞と桃佳、お前らもだ」

「ハァ!?私まだ玄龍げんりゅうを召喚出来ていないんだけど!?」


 桃佳は榮騏が昌信の特訓に子瑞はともかく、自分までもが巻き添えを喰らってしまったことに異を唱えた。

 桃佳はまだ自分が戦力外だと自覚しているが、そんなことより自分にはやるべきことがあるのだと主張する。


「ちょっといい?私はそんなことしている場合じゃないの!私は玄龍祠げんりゅうしに行って、玄龍を召喚出来るようにならなければいけないの!」

「そこまで玄龍祠に連れてけって言ったって、俺にはこの石者山せきしゃざんに21年住んでいるが、それがどこにあるか分からなんだ。それじゃあ、明日"モンモン"を紹介すっから、そいつに教えてもらえ」


 桃佳ら三人は、榮騏が紹介する"モンモン"と呼ばれる者について、その名を聞いてどう考えても怪しい人物としか思えなかった。


 それにこの家に榮騏以外の気配を感じなかったので、一体その者がどこにいるのかどうかすら理解できなかった。


 それに桃佳は、どうしてもその"モンモン"という謎めいた人物しか玄龍祠の場所を知らないということが、あり得ないと思っていた。

彼女は"モンモン"という人物について榮騏に追及する。


「その"モンモン"って何者なの?なんでそんな得体のしれない奴しか、玄龍祠の場所知らないわけ?しかも、そいつは何でここにいないの?」

「仕方ねぇだろ。そいつしか知らねぇんだからよ……どこにいんのかも俺にも分からねぇし」


 その"モンモン"たる人物の所在が榮騏にも解らないという答えに、桃佳だけでなく子瑞も昌信もその正体が気になってしょうがなかった。


 すると榮騏は、先程昌信の陽招器を召喚したときに用いた、陰昇器の大剣を見分する。


「それにしても、この大剣の鞘は抜けないままだったな。やはり、魁瑠本人にしか使えねぇと言うわけだ。俺があん時に奪っておいてよかった」


 榮騏は昌信が自身の陽招器を召喚した後に渡された後も、魁瑠にしか大剣の鞘が抜けないことを改めて理解したようだ。

 昌信と子瑞はその件について言及する。


「確かに、伯黎が魁瑠を制御していても、このような物騒な物を奴に持たせるべきではないな」

「そうだな。その大剣はそやつが持つべきでは無かったのだ。そうでなければ、余の命も無かったかもしれないな。榮騏、本当に恩に着るぞ」


 榮騏としては、魁瑠がその大剣を召喚した際に、それを奪ったことが正しかったのだと、子瑞は彼のその行為に対して感心する。


 子瑞からの礼を述べられると、榮騏は気合を入れて声を上げる。


「ようし!明日からお前らをビシバシ鍛えてやっからな!!」

「そんなこと言われても、私までアンタにしごかれたくないんだけど……」


 こうして未だ戦力外の桃佳までもが、子瑞と昌信らとともに一から鍛え直そうと張り切っている榮騏から特訓を受けなければならなかった。

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