32話

 甄祥しんしょう両極士りょうきょくし幻世げんせから召喚しようと、それぞれまばゆい光を放つ、左手に持った陽招鏡ようしょうきょうに右手の陰昇玉いんしょうぎょくをかざした。


 すると、それらは光を絶やすことなく、陰昇玉が陽招鏡に吸い込まれる。

 やがてそれらは、彼女の手から浮き出し、やがて頭上高くあがり、やがて静止した。


 その高く上がった陽招鏡は、放っていた光を放ったまま、浮いた状態で甄祥に対して鏡面を向ける。

 

 さらにその大きさが直径が1尺半(34.5cm)だったのが、7尺半(172.5cm)と大きくなり、甄祥だけでなく広間の人間のほぼ半数が覗けるように見やすくなった。


 その光がおさまると、陽招鏡に太極図が現れた。それも次第に消えていくと、何やら画像を映し出す。


 最初はその像がぼやけていたが、だんだん鮮明となった。それを見ると、大勢の人だかりが見える。

 どうやら彼らは、二つの勢力に分かれて戦をしているようだった。


 彼らが身に着けているのは、この四鵬神界では見たことのないような板金で作られた鎧だった。

 

 陽招鏡は、その鎧を付けた者同士が争う中、一人の大男を映し出した。彼は憤怒の表情を剥き出しにして、持っている横幅の広い大剣で、次々と敵兵をそれで酒瓶を割るように斬っていった。


 そしてその大男が敵を追い立てると、多数の敵兵は彼の勢いに押されて大勢で逃げだしてしまった。

 大男は持っている図太い大剣を振り上げて、逃げ遅れた敵兵の一人に追いついた。彼は後ろを振り向いて大男を見た途端、顔が青ざめていた。

 

 その敵兵はやがて、その場で弱々しくへたり込んでしまった。どうやら彼は、戦慣れしていないようだった。

 しかし大男は躊躇なく彼に一撃を上段からぶち込もうと、大剣を振り上げた。


 ――――その瞬間だった。


 再び陽招鏡は、閃光を放ちだした。その光は先ほどより強く、顔をそむけただけでは失明するほどの眩しさだった。


 まだ閃光が放たれている間は見ることが出来なかったが。それが治まると、甄祥を含めた広間にいたすべての者が目をゆっくりと開けて、召喚された両極士を注視した。


 甄祥と向かって正面に浮遊している陽招鏡の手前には、先ほどそれが映しだした大男と、そして彼に斬られようとしていた気の弱い兵士がへたり込んだ状態のまま現れている。


 皆が目をつぶっている合間に先ほど陽招鏡に映った大男と、逃げ遅れた敵兵一人がこのこの世界に召喚されていたのだった。


 どうやら前者が敵を斬って殺し、罪を犯したので陰昇士いんしょうし、後者が陽昇士ようしょうしだと思われる。


 その刹那、大剣を構えていた大男が目の前の弱腰の敵兵に対して、何も躊躇わずそれを勢いよく振り落とす。

 そして、頭上から斬り下ろされた斬撃によって、敵兵は縦に真っ二つに斬られ、凄まじい勢いで大量の鮮血が噴き上がる。


 その一部始終を目撃した官吏は誰しも、こう思わずにはいられなかった。


 ――――此奴は反逆を起こし、この冬亥国とうがいこくを滅ぼしかねない。


 そして大男が敵兵を斬ったことで、大将軍を彼らのうちどちらかを決めるために執り行う決闘どころではなかった。


 幻世からこの四鵬神界しほうしんかいへと召喚した大男が起こしたことに、甄祥はそれを目の当たりにして、口をあんぐりと開けて驚嘆顔に表れてしまった。


 彼女はこのような残虐非道な者を召喚してしまい、大男を大将軍に就かせたら、自分に襲い掛かってこないかと彼をおぞましく思った。


 そして榮騏えいきもこの彼に対して愕然とし、自分の代わりとなるのだろうかと不安が募り、右の手のひらで頭を抱える。


 それに対して伯黎はくれいは、この陰昇士のような自分の望み通りだった者が召喚されたことに喜悦したのか、羨望の眼差しを彼に差し向ける。

 どうやら伯黎には、彼に何故か憧れ――――というより渇望を起こした。


 その頃陽招鏡は、浮いたまま大きさが直径7尺半(172.5cm)から、元の1尺半(34.5cm)に縮まり、鏡面が波打ち陰昇玉が出現する。


 大男はというと、敵兵を瞬殺した今更になって自分に何が起こったのか分からず戸惑ったが、すぐにその状況を理解していないにもかかわらず不敵な笑みを浮かべた。


 大男のその表情を見たどの官吏もが恐れおののき、我先にと次々に逃げ去ろうとした。


 しかし彼らの多さに広間の出口から出られる人数に限りがあり、そこまでたどり着けず、人々があふれ出して詰まってしまった。

 

 大男は自分に逃げ惑う人の多さに苛立ち、憤りを感じた。

 それどころか、目の前にいる敵兵一人を殺しても不満で、その上自分がわけのわからない場所の中にいることで虫の居所が悪くなるばかりだった。


 そして今まで浮かんでいた両極器だったが、いまだに表情が窺うことができないほど顔を上げて唖然としている甄祥の左手に陽招鏡が、右手に陰昇玉が降りてそれぞれ片手ずつ受け取った。


 すると今まで、大男の凶悪さに絶望していた榮騏が何かを感じ取り、甄祥の前に立ちはだかった。


「主上!!お下がりください!!」

「何ッ!?」


 もうこの時既に、大男の視界に甄祥が入っていて、すぐ大剣を構え直していた。そして、また上段から斬り込もうと、振り上げた状態で跳び掛かって来ていた。


 榮騏はこの時自前の戟を携えておらず、佩帯はいたいしている全長4尺(92cm)しかない剣しか所持していなかった。

 その剣を鞘から抜き出したが、彼はそのでは大男に太刀打ちできないと解っていた。しかし、それ以外に対策は一つも無かった。


 榮騏は大男の上からの斬撃を受けるべく剣で防いだが、それを受けると虚しくもそれが真っ二つに折れてしまった。


 この時榮騏は、殺戮を楽しんでいるような彼が先ほど殺された兵士と同じように、自分も惨めに死ぬのだろうと覚悟した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る