31話

 現在から21年前“陽裂ようれつ”が起き、6443年続いた鳳王朝ほうおうちょうを統べる鳳皇ほうこう凰后おうごうが崩御し、王朝そのものが崩壊した。


 そして、この世界の名前も四鵬神界しほうしんかいに、暦も四鵬暦しほうれき元年となった。


 鳳山高原ほうざんこうげんの東西南北の4つの四鵬領しほうりょう四鵬国しほうこくとなり、そのうち冬亥国とうがいこく冬亥領とうがいりょうの鵬主だった子瑞しずいの母の泉甄祥せんしんしょうが王となった。


 そして、流榮騏りゅうえいきはかつての冬亥領の軍を取り仕切る、鎮冬ちんとう将軍だった。

 そのため彼は、甄祥から直接冬亥国の大将軍に就くように懇願された。


 甄祥は黒智宮こくちきゅうの内廷、極央殿きょくおうでんの自身の執務室に榮騏を呼んでその旨を伝えた。


「鳳王朝が滅び、わらわの両親も崩御してしまった。これによって、わらわがこの国の王となった。それで、鎮冬将軍だったお主がこの国の大将軍に就いてもらえぬだろうか?」

「その件ですが、いきなりそのようなことを言ってもらっちゃ困ります。俺は今の主上ではなく、先の皇帝、皇后の両陛下に仕えておったんで。むしろ主上のご期待通りの務めを果たせぬかもしれやせぬ」


 榮騏がそう告げたことで、甄祥は自分が見下されたため、不甲斐なく感じた。

 彼も彼で昨年の彼女の懐妊と出産の件でも協力せざるを得なかった。

 その上、産まれた子も自らの館で育ててやっているという中での要請であった。


「なぜ、我の下に就かぬというのだ。我の下に就くのでは不満なのか?」

「俺は先の両陛下の恩に応えるというやりがいを得られた。だからと言って、今の主上の下で働くというのは物足りないというわけではありません。代わりの者・・・・・などごまんといるじゃないですか」


 『代わりの者・・・・・』と榮騏は口に出した。確かにかつての鎮冬将軍配下の兵は強者ばかりで、彼ほどではないが技量のある兵士は多々いる。

 しかし、その言葉を聞いて甄祥は何か自分を今まで縛っていた見えない糸が、彼が切ってくれたように名案が浮かんだ。


「ならばこうしよう。わらわが両召宝具りょうしょうほうぐを使って、幻世から両極士りょうきょくし二人を召喚して、その者らで決闘し勝った方が大将軍に命じよう」

「それで、彼の者に務まると思いましょうか?俺より弱い者が就いたとしたらどうするのです?」


 いくら甄祥が思いついた手段であっても、それが期待通りの働きを得られるかどうかは分からない――――榮騏はそのように甄祥の提案に対して答えた。


 確かに通常、両極士である陽招士ようしょうし陰昇士いんしょうしは、それぞれ陽招鏡ようしょうきょう陰昇玉いんしょうぎょくの二つの両召宝具を同時に使うことが基本となる。

 だが彼女は、幻世にいるという自分の両親が探していた“この世界を救うことが出来る”という者が見つかるかもしれないという淡い期待を抱いていた。


「わらわの父母もこの世界が出来て以来、ずっと両極士を召喚していたではないか。それなのに、その中に彼らがこちらに召されなかったから“陽裂”は起きたのだぞ」

「今まで6443年間召喚したその者の中からいなかったのはそうでしたがな。だからと言って、安易にそうなさらないでほしい」


 だが“陽裂”は実際に起きてしまい、甄祥の両親は崩御し、国は四つに分裂した。しかし、それを防ぐことを出来なかった。

 両親が成し遂げられなかったことを、自分がやらなければならないという気持ちが彼女に強く心に残っていた。


「一刻も早くかつての都があった、鳳山高原を天魔てんまどもから奪還せねばならぬというのに。お主もそうであろう?」

「そうと言われれば……確かに“この世界を救うことが出来る”という者を大将軍に就かせることは、一理あるとも思いますわな」


 この国の王が、この世界を救うことを願っているということが榮騏も次第に解ったような気がしてくるのだった。


 こうして後日、黒智宮の外廷にある朝議を行う志授殿しじゅでんの玉座の間において召宝庫しょうほうこより、陽招鏡と陰昇玉の各両召宝具を持ち出して、両極士の召喚の儀を取り計らうこととなった。


 召宝庫は王である甄祥にしか解けない結界が張られているので、自ら両召宝具を持ち出し、奉常ほうじょう海伯黎かいはくれいの直属の部下に受け渡し、彼らよって会場まで持ち運ばれた。


 志授殿の玉座の間には百官の長が招集され、王自身が両極士の召喚の儀を見守った。

 玉座の前から下るきざはしの最前面に甄祥が立ちはだかり、その左に黒い龍である“玄龍げんりゅう”と紫黒の鵬“幽昌ゆうしょう”が裏面彫られ、黒曜石で出来た直径1.5尺(34.5cm)の陽招鏡、右に黒曜石の幽昌をかたどった陰昇玉、それぞれ持った伯黎の部下が挟んでいる。


 そして、その三人の右側には、伯黎と榮騏と二人が並んでいた。彼らを含めた五人を正面にして広々とした空間をつくり、その左右に官吏たちが群らがっている。


 榮騏は自分のせいでこうなったことを後悔しているのか、その心境を口に出してしまう。


「あぁ……、ロクでもない奴が召喚されなければいいのだが……」

「何言ってんですか、榮騏将軍。そなたに勝るとも劣らない強者が、召喚されるのを期待しましょう」


 榮騏の愚痴に対して伯黎は、このように前向きというよりは能天気なことを言った。

 この黒衣の気術士は、鳳王朝の崩壊と冬亥国の発足によって、自前の気術の才能を発揮させるべく、奉常という官職に就くことが出来た。


 このようなやり取りをしている榮騏と伯黎を含め、数々の官吏によるどよめきが広間中にあふれているところ、甄祥は口を開いて大きく声を上げた。


「これより両極士を召喚し、彼奴ら同士で決闘をさせる。勝ったものは我が冬亥国の大将軍に命じる!!」


 甄祥の高らかなる宣言を聞いて、一同は驚きのあまり押し黙ってしまった。彼女は両端の伯黎の部下に命じて、各両召宝具を載せた紫檀の卓を掲げた。

 彼らはそれを降ろすと、甄祥が左手で陽招鏡を、右手に陰昇玉を手にした。


 そして、甄祥が二名の両極士を召喚するための呪文を詠唱した。


「この神界を創りける北辰聖君ほくしんせいくんよ、汝が君臨させたもうた鳳皇・凰后の血を引き継ぎし黒き鵬、幽昌ゆうしょうたるこの冬亥国王、泉甄祥に力を与え、両極士をここに召さんとす――――」


 その途端、広間中に轟音ともに地響きが鳴り、甄祥のいる方向から放射状に光が放たれ、強風が起こり、それらが官吏らを煽った。


 そのさなか甄祥がそれぞれ光を放つ陽招鏡に陰昇玉をかざした。すると、それらは光を絶やすことなく、陰昇玉が陽招鏡に吸い込まれていった。

 やがてそれは彼女の手から浮き出し、やがて頭上高くあがり、やがて停止した。

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