29話

 既に日が暮れた頃、榮騏えいき本人による案内によって、子瑞しずいらはさらに山道を登り、彼の住む家に辿り着いた。


 その建物はあばら家で、土壁に穴がいくつも空いており、屋根の甍も崩れていた。

 子瑞らは、その有様に唖然とせずにいられなかった。


 彼はこの家を自分で建てたのか、最初から建てられていたのかどうかは分からないが、このようなあばら家に21年も住んでいたかと思うと子瑞らは呆れるどころか、彼の鋼のメンタルを持っているのだと感心させられた。


「お主は本当にここに住んでおるのか……?」

「はっはっは!お前らをもてなすには、不釣り合いなのかもしれないな!ほら、入れよ」


 そう言った子瑞らを無理矢理自分の住処へと入ってもらおうと、榮騏はその入り口の木板で出来た引き戸を、キイキイと不快な音を立てながら開いて、入っていった。


「お邪魔します……」


 遠慮がちな子瑞と昌信しょうしん、そして桃佳とうけいは、何やら得体のしれないところへ連れて来られたかのような気分になりつつ家の中に入った。


 家の中も中で、日が暮れたというのに土壁や屋根が崩れ落ちていたため、そこから月明りが降り注いで灯をともす必要はなさそうだった。

 ただ、子瑞らは雨や雪が降った時はどうするのだろうかと、思わないわけが無かった。


 家具の方も一つの卓子テーブル床几いすが四脚、壁にとう(長椅子)が置かれ、そして奥にもう一つ引き戸があり、その右に簡素な作りの棚があった。

 その棚に、全長約6尺(138cm)、刀身の幅は1尺(23cm)以上もある大剣が立て掛けられていた。それは紫黒の鵬の象眼が施された黒い鞘に収められていた。


 この家の内部を目の当たりして、外観を見た時から想像した通りだと、子瑞らは呆れてしまった。


「まあ、お前らここに座れや」


 榮騏は子瑞らにそれぞれ床几に一人ずつ座るように、そのうちの一つにを叩いてそれを促した。


 彼らはそれに従って、それぞれ床几に座った。それを見た榮騏は、今いる部屋左側にあるくりやと思われるところへと入った。

 と思いきやしばらくすると、盆に具が無く味もしなさそうな稀飯シーファンをついだ器と匙を四人分、そして青銅の酒器と杯を載せて持って来て、卓子テーブルに置いた。


「すまねぇな。こんなもんしかうちに無くてよぉ。あっ、肴は無ぇが酒は呑まねぇか?」

「余は下戸だが……」

「俺は未成年だから」

「私もだけど」


 酒器から杯についだ酒を呑めと促す榮騏だったが、子瑞らはそれを拒否した。それに対して彼は、辛気臭い顔をして、口をとがらせる。


「お前ら情けねぇな。子瑞も昌信も酒が呑めないようじゃ女にモテないぞ!特に子瑞、お前はもしかして、後宮から正室どころか側室も娶ってないのか!」

「余は後宮の女子おなごに興味など持たぬ!」


 榮騏から異性との関わりの有無を聞かれ、子瑞は顔を赤らめずにはいられなかった。

 彼がこんなセクハラ発言をしたことに、桃佳も昌信もドン引きした。


「ったくよぉ子瑞は。王位を奪還したとしても、いい加減にきさきを娶って、世継ぎを産ませねえとこの国が持たねぇぞ」

「榮騏!それよりも余が王位奪還することが先決であろうが!!」


 自分が未だ妃を娶っていないことを揶揄された子瑞は拳で「ドンッ」と卓子テーブルを叩きつけ、赤く熟れた顔から火を吐くように反論した。

 そして彼はそのことを指摘され、羞恥を覚えた上、焦燥にかられた。


「あと、榮騏よいか。お主は髭を剃っておらぬではないか。お主が黒智宮こくちきゅうから去って以来、髭を生やすことは御法度だったのを忘れたというのか?」

「そんな昔のこととっくに忘れちまった。それに、男が髭を剃れだと?俺の顔から髭を剃っちまえば、何も残らねえよ」


 子瑞は榮騏の剃らずに顔の輪郭を覆うように茫茫と生やしたままの髭に対して苦言した。


 それは彼の言う通り、かつての鳳王神界ほうおうしんかいの時代でも、現在の四鵬神界しほうしんかいでも、男は髭を生やすことは兵や官、それどころか民も髭を生やさず剃らなければならなかった。


 なぜなら、かつての鳳王朝の皇帝、鳳皇ほうこう、その子息で現在の四鵬国王しほうこくおうのうち男の王である春寅国王しゅんえんこくおう夏午国王げごこくおう、そして孫の冬亥国王とうがいこくおうの子瑞も皆、不老のため髭は生えないのだった。

 

 そのため、四鵬神界の男性は髭を剃らずに生やすことは、髭が生えない王に対する冒涜として、刑に処されるのであった。

 

 その様子を見た昌信も桃佳も、彼らがしている話題を無理矢理変えたかった。


「そんなことより子瑞には言ったが、俺と桃佳は幻世げんせからこっちの世界に転移したんだ。俺は仙空界せんくうかい北辰聖君ほくしんせいくんによって召喚されたんだ。そこでそいつから子瑞がお前のことを探しているって言ってたんだが」

「そうそう、私が玉帝ぎょくていから龍召士りゅうしょうしだって言われて、そこへ召喚されたときに子瑞くんのことを聞いたの」


 青銅の杯についだ酒を一杯呷ろうとしていた榮騏は、昌信と桃佳の言ったことに反応して、手を止めた。

 そして、何か含んだような笑い方をして榮騏が得意気に話す。


「はっはっは!お前が今さっき言った通りなら、あの仙空界の“北辰聖君”が俺の名前を出したというのは。多分そいつも、子瑞が簒奪されたことを知ってて俺が必要だと言うとはな!!」

「その者も余にどのようなことが起きているかを十分承知しているということだ。そういえば榮騏は、余が簒奪された経緯を詳しく話してなかったな」


 こうして、子瑞は自分が王位簒奪されたいきさつを説明した。それを語る子瑞の口調は今までより悲哀の色が濃くなってきた。

 やがて彼は、涙ぐみながら語り終えた。


「うむ。海伯黎かいはくれい瀧魁瑠ろうカイルに陰昇玉を盗ませたのか。伯黎はそれが魁瑠が出来ると知っているということは間違いない。気術士だからな」

「――――ということは、魁瑠に陰昇玉を伯黎が盗ませたというのはまことなのだな」


 確かに榮騏の言う通りであることは、子瑞らも納得した。彼は伯黎と魁瑠が起こした反逆について冬亥国とうがいこくの行く末を案じた。


「それで伯黎が昌信と付き合っていた月美由げつびゆうを召喚し、そやつとともに官も兵も洗脳させ、偽王に就かせたのか……」

「だから、王位奪還を達成を実現するため、お主が協力してもらうようにここまで来たのだ」


 この冬亥国が存亡の危機が迫っていることを、榮騏は重々承知した。


「確かに、この国がそいつに簒奪されたのか。そいつらについては、俺が21年前にここに来た理由を語らねばな。それより、この件は他の四鵬国しほうこくにも影響出るわな。この世界『四鵬神界しほうしんかい』にとっても一大事ということだ」

「それって、どういうことなのか?」


 榮騏が言ったことが、桃佳と昌信どころか子瑞まで意味が分からなかった。


「それはこの四鵬神界、かつての鳳凰神界ほうおうしんかいがどのように成り立っていることから教えねえといけねえな。桃佳と昌信にも、お前たちがいた世界がなぜ“幻”の“世”、すなわち“幻世げんせ”とこちらでは言う訳もな」


 深刻な面持ちでそのように告げた榮騏は、この世界が成り立った過程の詳細を語りだした。

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