27話

 子瑞しずいが野盗に捕らわれた桃佳とうけいを助けようと、幅約1丈半(3.45m)の川にかかる丸太を束ねただけの橋のたもとに足を運んだ途端の瞬間のことだった。


「ヘッヘッヘッ、ほらよッ」


 何と対岸へと架かる橋を子瑞が渡ろうとしたとき、対岸の橋のたもとにいた一人の野盗が橋を蹴り落としてしまった。

 それは虚しくも、川に落ちその急流に飲まれて姿が消えてしまった。


 その様子を子瑞と桃佳が川を挟んで目撃した途端、彼女の救出が不可能となった。


 ――――誰か……私を助けて!!


 桃佳がそう願っても、仰向けの状態で二人で片腕ずつ抑えられている自分の元へと野盗団の頭領がズカズカと近づいてくる。そして彼は、下目遣いで笑みをこぼしながら足元にいる桃佳を見降ろす。


 そして彼は、仰向けとなっている桃佳の上に覆い被さるように前にかがみこんで四つん這いになった。彼女の巨乳に目を付け、更に恍惚の笑みを漏らした。


「そう、泣くな小娘が。今俺が愉しませてあげるぞ」

「だめええええええェェェ!!」

「やめろおおォォ!!」


 子瑞の必死の叫びも虚しく、頭領の腕が桃佳の乳房を掴もうとしている。


 子瑞が先程桃佳を捕えた野盗に”冷迅刀れいじんとうの”氷斬撃ひょうざんげき”を喰らわせたが、その技は連続で出すことが出来なかった。


 なぜなら一度その技を繰り出すたびに、臍下丹田せいかたんでんに力を込めて全身に走る気脈きみゃくにその端から端まで流気りゅうきを流さなければない。


 そのため、”氷斬撃”を連続で繰り出すとなれば、体に負担がかかってしまい、廃人となりかねないのだった。


 橋を落とされた川を子瑞が渡ることは出来ず、自分が見惚れて生まれて初めて好意を持った桃佳も目の前で暴かれるという屈辱を身に受けた。


 桃佳も、涙があふれて自分が犯されることを覚悟してきつく目をつぶってしまった。


 ――――その時だった


 桃佳は自分の体の上に何か重くのしかかり、大量の液体を浴びたような感触がしたため目を開く。

 桃佳の胴の上の男の背中が縦一線に斬られ、そこがえぐられていそれから噴き出た血を浴びたのだった。

 彼は四つん這いの状態から体制を崩して前に倒れたのだった。どうやら彼は、上部から衝撃を受けたように思えた。


 桃佳は、意味もわからず大量の返り血を浴びてしまったので、非常におぞましく思い、全身に虫唾が走った。彼女はすぐさま自分の体の上に倒れた男の体を持ち上げて横にどかした。


 野党どもが自分たちの親玉が何者かに斬殺されたため、この状況理解して思わず汚い悲鳴を上げた。


「ひいイイィィ!お頭ァ!!」

「誰!?」

「お主、一体何者なのか!?」


 桃佳と子瑞の目の前に一人の美丈夫が立っていた。その男の見た目は4、50代ほどの壮年で、背丈は約8尺半(195cm)ほどと高く、――――逆遠近法のように手前にいる野盗どもより奥にいるにも関わらず、彼らより高く感じられた。


 その偉丈夫は、右手に自身の背丈より長くおよそ1丈(約2.3m)もある穂先の左右に三日月型の刃が両側に付いた戟を掴んでいる。


 彼の顔は獅子のような面構えで、頬と顎を覆うように髭を蓄え、鋼色の髪を頭頂部で一つに纏められている。

 そして服装は、骨隆々とした体躯に着崩した上衣を着ていて、下はズボンを穿いていた。


 子瑞も川の向こうで彼の姿を見て、驚嘆してしまう。彼の巨体よりも長い戟を使って、桃佳を捕らえていた野盗団の頭領の背中を斬ったというその力量に思わず脱帽してしまった。


「お前ら!!嬢ちゃん一人を多人数で狙ってんじゃねぇ!!特にそこのお前、その杖から手ェ離せ!!」


 偉丈夫は野盗団の全員に怒鳴り散らすと、彼らはその一喝に肝をつぶし、動きが固まってしまった。

 覚龍杖を持っていた彼らのうちの一人が、偉丈夫からの怒声に対して腰を抜かして持っていた手から落とした。


「え、榮騏えいきだ!榮騏えいきが来たぞ!!お前ら、ずらかるぞ!!」

「今何と……お主が、”榮騏えいき”なのか!?」


 野盗団は一目散に姿を消していったが、残った偉丈夫のことを彼らが”流榮騏”と呼んでいたことに、子瑞と桃佳は吃驚した。

 遠くの木陰で萃慧の祖父とともに遠目からこの様子を見ていた昌信しょうしんらも、対岸に榮騏をこの目で確かめようと子瑞の元へと向かった。


 桃佳は身体を起こすと、目の前に立っている偉丈夫が彼女に近づいて、地に落ちた覚龍杖を拾い上げる。

 その男が、今まで自分たちが探し求めていた流榮騏なのか確認しようと、質問を投げかける。


「助けてくれて、ありがとう!!さっきあいつらが言ってたけど、ほんとに”流榮騏”なの?」

「ああ、俺がかつての鳳王朝ほうおうちょう鎮冬将軍ちんとうしょうぐん流榮騏りゅうえいきだ!!」


 子瑞は豪傑とまで言わんばかりの大男に、他ならぬ威厳を纏った雰囲気を感じた。彼さえいれば、王位奪還の実現も不可能ではないと確信した。


 桃佳も桃佳で、自分の命を救けてくれたことと、その次に大事な覚龍杖を取り返してくれたことを恩に切るどころではなかった。


「ほら、受け取りな。この杖を持っているというとなると、この娘は龍召士りゅうしょうしだな」

「えっ?なんで私がそれだって知っているの!?……うっ、うわッ!!」


 榮騏は、桃佳が龍召士であることをなぜ知っているのか、彼女は疑問に思った。

 それを彼が覚龍杖を桃佳に差し向けたので受け取ったが、そのような暇もなく彼は桃佳を両手で掴んで持ち上げてしまった。


 そして桃佳の身体を彼自身の左肩に担いでしまった。


 桃佳がさっきまで野盗に凌辱されそうになっていたのを助けてくれた本人に、攫われるのではないかという勢いで担がれて、自分の身に何が起こるのか不安が増していくのだった。


「ちょっと、何すんの!さっきあんな目に遭ってたのを助けてくれたのに、ひどくない!?」

「はっはっは!じっとしてねぇと落ちるぞ。ほうらよッ」


 榮騏は桃佳をうつ伏せにして左肩に担いだ状態で、いきなり助走をつけて幅約1丈半(3.45m)もの幅がある川を一気に飛び越えた。


「ぎゃあああァァァッッ!!落ちるうううゥゥゥ!!」


 桃佳は先程とは打って変わって違う意味で、とんだ災難に見舞われた。

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