25話

 子瑞しずいが王位を簒奪され、王都、順羽じゅんう黒智宮こくちきゅうを抜けて1週間後の昼前に、ようやく”流榮騏りゅうえいき”がいるという石者山せきしゃざんの山麓の村、哥邑かゆうに辿り着いた。


 道中と遭遇した女官達のうちの一人、湖萃慧こすいけいが哥邑に住む祖父から”流榮騏”が石者山にいることを以前教わったと彼女が手掛りをくれた。

 こうして哥邑に着いた子瑞らだったが、その入り口で萃慧が祖父にその件を伝えに行くので待機するように言われていた。


 それから半刻(1時間)も経たないうちに、萃慧が村の入り口から一人の白髪の老爺を連れて来た。

 彼は見た目が60から70歳ほどで、白髪を一つに結っている。顔は穏やかな表情をしている好々爺といったところだ。足腰はしゃんとしていて、動きに衰えを感じさせなかった。

 するとその後ろから、数十人の人だかりができており、彼らは何やらざわざわとどよめいていた。


「主上、紹介します。こちらが私の祖父です」

「これはこれは、おいたわしや。まさか孫娘が主上をお連れなさるとは思いませんでした」

「ここにいる余が冬亥国王とうがいこくおう泉子瑞せんしずいだ」


 子瑞は自分が王であることを述べ、被っていた風除けを脱いだ。すると、それを示す艶やかな紫黒の髪をなびかせた。

 そして萃慧の祖父も、その様子を後ろから窺っていた人々も、彼がこの国の王に向かって平伏した。


 子瑞は自分の前に地に伏した哥邑の村人達を見て、自分が王としてここまで慕われているのかと思うと、思わず心に深く感じ、目を静かに見開いて笑顔を表した。

 子瑞は自分のことを尊重する萃慧の祖父、そして哥邑の村人達に声をかける。


「哥邑の村人達よ、皆面を上げてもらえぬか?そなたが、萃慧の祖父君なのだな。余に石者山に”流榮騏”の居場所を知っていると、女官である萃慧が教えてくれたのだ」

「それは、先ほど萃慧から聞いとります。さぁ、村の中にお入りください」


 萃慧の祖父は平伏したまま顔を上げ、恭しく子瑞に対して接する。そして彼は、子瑞達を村の中へと案内してくれるそうだ。


 子瑞らは馬から降りて、それを引きながら、哥邑の村の中へと入っていった。


 入り口にできた村人達による人だかりは、子瑞の姿を見るなり、平伏した状態から立ち上がる。そして彼らはその道の両側に並び、再び子瑞に向かって平伏した。


 萃慧とその祖父は子瑞らの前に立ち、自分の住まいへと連れて案内してくれた。

 しばらく村の中を歩くと、ようやく一軒の黒い甍を葺いた民家のうちの一つの前で止まった。どうやら、ここが彼の住まいのようだった。


 平伏していた村人たちも立ち上がり、後ろから付いて来た。


「それでは、ここが我が家となりますゆえ、どうかこちらの厩に馬を留めてください」

「それは、かたじけない」


 子瑞らは、萃慧の祖父が指し示した厩に自分達の馬を留めた。


 そして子瑞は、萃慧の祖父に改めて要件を自ずから要件を切り出した。


「改めて、お願いしたいことがある。先程も言ったことだが、石者山に”流榮騏”がいることは、萃慧から聞いておる。それが真実であれば、居場所を教えてもらいたいのだが……」

「左様でございますか。確かに”流榮騏”はここから石者山へと登ったところにおりますゆえ、無事にたどり着けるかどうか分かりません。主上にわざわざここまで赴いてもらったのに、そのような無茶をするというのですか」


 萃慧の祖父は、”流榮騏”の居場所がどうしても知りたい子瑞に対してそれが困難であるとでも言いたいのか、重苦しい口調となってしまった。

 それを聞いてか孫である萃慧も、この国の命運がかかっていることを鑑み、自らの祖父に嘆願する。


「おじいちゃん、主上が王位を奪還するには、”流榮騏”って人の助けが必要なの。なんとか主上に協力してあげて!」

「そう言われてもな。山道は険しく、狭くて通れない場所があるから、この人数では行けぬぞ。20年前の"陽裂ようれつ"が起きて以来、石者山どころかこの村にも野盗……それだけでなく、人を喰らう恐ろしき妖怪が襲ってくることがあるからの。」

「え……マジで……!?」


 萃慧の願いに対して、彼女の祖父が告げた言葉を聞いた桃佳とうけいは、身の毛のよだつ思いをした。それが本当なら”流榮騏”の元へ行くには、自分の命に危機が迫ることを理解したようだ。

 周囲にいた村人達もその件に対して、再びどよめいてしまった。


 子瑞もそれを聞いて、”流榮騏”に会いに行くことに苦難が待ち受けていると考えると、眉間にしわを寄せて顔をうつむけて黙ってしまった。

 それにつられるように、桃佳以外にも昌信しょうしんらは神妙な面持ちとなってしまう。


 そしてようやく、子瑞が決意を決めたのか面を上げて答える。


「余にはこの冬亥国とうがいこくの王であるが、余の力では伯黎から王位を奪還することは不可能だ。そのためには、”流榮騏”の力が必要だ。萃慧はともかく、すまぬが蓬華と茜華には哥邑に残ってもらわなければならぬ」

「そんな!?私達はそのためにここまでついて来たのです!主上の身に危険が迫るとしたらどうするのですか!?」

「主上、どうして一緒に行ったらいけないのですか!?」


 蓬華と茜華は子瑞が告げたことに対して、子瑞を護るという自分の役目を果たすことが出来ないと彼に嘆じる。

 しかし子瑞は、彼女らに哥邑に残らなければいけない理由を詳しく説明する。


「それは、この村にも野盗や妖怪が出ると言ったな。そこで村人達がそやつらに襲われないように、哥邑の護衛をしてもらえぬか?さすれば彼らも安心するだろう」

「私達はそれなら引き受けますが、桃佳はともかく、昌信は主上と一緒に行かなければならないのですか?」


 茜華は桃佳が石者山の玄龍祠げんりゅうしへ行かなければならないということを理解できても、昌信が武器を持たないにもかかわらず、”流榮騏”の元へ行くことに不満があるようだった。

 しかし、昌信も彼なりに理由があるようだ。


「俺は四鵬神界この世界に転移する前に、仙空界せんくうかい北辰聖君ほくしんせいくんから『”流榮騏”の元へ行って得るべき物がある』と言われたんだ。だから、今の俺は戦力外だが、そこへ行かなければならないんだ」

「そのようなことを、仙空界で北辰聖君に言われたのか!?そうか……」

 子瑞は昌信が述べた理由に驚くと、やはり彼にも北辰聖君から何やら委ねられたのだと感慨深く思った。


 すると桃佳は、道中に野盗やら妖怪やらに遭遇した際のことを考えると、だんだん不安が強くなってきた。


「ちょっと待って!”流榮騏”って人のとこへ行くのは、私と子瑞くんと昌信だけだから、昌信も私も武器とか持っていないし、持ってるの子瑞くんだけだから私達襲われたらヤバくない!?」


 ヒステリックを起こした桃佳に対して、子瑞はなにやら使命感を感じたのだろうか、彼女に対して自信有り気に言い聞かせる。


「大丈夫だ、昌信と桃佳は余が守ってみせるぞ。余がこの冷迅刀れいじんとうを携えておるからな」

「子瑞くん本当!?マジ嬉しんだけど!!頑張って私達を護ってくれるんだよね?」

「おい子瑞、大丈夫かよ!?どんな目に遭ってもいいのかよ!?」


 子瑞が言ったことに桃佳は安心したが、それでも昌信は不安だった。そのような彼を見て、蓬華は自らが佩帯はいたいしていた長さ4尺(96cm)の直剣を抜いて、それを昌信に差し出した。


「昌信、よかったら私の剣を渡しておく。これならお前でも、扱えるだろうからな」

「うわ、重ッ!!こんなの俺が扱えるのかよ!?」


 それを彼が受け取ると、この世界に転移して武器を扱ったことが無かったため、その重さに驚いた。

 今の自分は未熟なので、子瑞に任せるしかないが、昌信にも課せられた役目があるのなら彼に自分と桃佳の命の保証を一任するしかないと考えた。


 その様子を見ていた萃慧の祖父は、改めて子瑞らに”流榮騏”の元へ行くのかどうかを問いただした。


「主上、本当によろしいですな?そこの桃佳と昌信とやらも。この先は危険が潜んでおるぞ。それでも行ってもよいのか?」

「余が王位奪還を果たすためならば、もう後には退けぬ」

「うん、私は子瑞くんの王位奪還のために、石者山に行かないといけないから」

「ああ、俺も”流榮騏”に会わないといけないからな」


 このように子瑞らが決意を固めると、萃慧の祖父がさっそく行動に移ろうとする。


「では、今からでも発たねば日が暮れてしまいます。早速行かなければなりません」

「さあ、行くぞ。時間が無いからな」


 子瑞が了承すると、彼らは萃慧の祖父の案内で『流榮騏』の元へと哥邑から石者山の『流榮騏』の元へと発ったのである。

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