24話

 子瑞しずい一行に後宮の女官である潮蓬華ちょうほうかとその妹の潮茜華ちょうせんか、そして”流榮騏りゅうえいき”の居場所を教えてくれた湖萃慧こすいけいが加わった。


 蓬華ら女官達と合流した地点から、3,689里(1,794.4km)東にある”流榮騏”が住む石者山せきしゃざんの麓の村哥邑かゆうへと向かった。


 桓桑かんそうで馬を4頭買ったので、子瑞と昌信しょうしん、蓬華と桃佳とうけい、茜華と恵良けいりょう、そして萃慧がそれぞれ1頭に騎乗している。

 ちなみに萃慧は馬に乗ったことが無いので、蓬華が彼女の馬の手綱を引いてくれた。


 道中に立ち寄った、城市の宿屋で泊まりながら、東へ2,846里(約1,331.9km)の旅路を5日間かけて、ようやく杜州へと辿り着いた。


 それから5里(2.34km)ほど進むと、道が右と左に分岐していた。すると、恵良が声をかけた。


「あっ、みんなちょっとここで止まって。私が住んでいた村はこの分かれ道から左に行ったところにあるの。哥邑は右の方に行ったところだよね」

「おい恵良、ここで降りるのか?」


 茜華はそのように声を恵良にかけると、彼女は頷いた。茜華は振り向いて後ろの自分にしがみついている彼女を抱えて地に下ろした。恵良はその際、茜華に「ありがとう」と一言添えた。

 恵良が言う通り、左への分かれ道は、ここから東南にある哥邑とは真逆の方角となる。

 すると、子瑞が恵良に穏やかに声をかける。


「恵良よいな、王である余と一緒にここへ来たことを言うでないぞ。おぬしと一緒にいて楽しかった時間は決して忘れはせぬぞ」

「はい主上、分かりました。今まで私のような民草を助けてくださってありがとうございました。桃佳がいなかったら主上に会うこともありませんでした」

「まぁ、私が幻世げんせから靜耀せいように転移した時に、アンタがたまたまいただけなんだけどね」


 桃佳は、恵良が自分のおかげだと言ったので、思わず得意気に答えた。そのような彼女に対して恵良は顔をうつむけてしまった。


 どうやら恵良は、子瑞らと過ごしたほんの6日間という短い時間で、今まで自分が感じたことのなかった人のぬくもりを実感できたようだった。

 彼女は子瑞らと別れるのが名残惜しいのか、次第にしゃくりあげ、嗚咽が漏れ、やがて号泣してしまった。


「どうやら俺達と別れたくないようだな」

「そうみたい……私、始めて会った時生意気な子だと思っていたけど、もうこんなに泣かれるとこっちまでもらい泣きしちゃうじゃん……」


 そして昌信と桃佳が恵良に対して何の思い入れも無かったくせに、過ごした日々が懐かしく感じた。

 蓬華と茜華も恵良との別れを惜しんで、自分達の想いを語った。


「恵良、お前が主上に懐いていたから、別れるのは辛いよな」

「そうだな。私の背中からいなくなると寂しくなってきたよ」


 皆がしんみりしている中で、恵良の涙がおさまらず、遂に大声を出して号泣してしまう。

 それに対して桃佳が彼女を気に掛けた。


「もう、いつまで泣いているの?でも私さ、アンタがいなくなったら淋しくなるんだけど……」


 恵良は大粒の涙を流して泣き声が響き、嗚咽は止まらなかったにもかかわらず、次第に涙が治まった。


「ごめんなさい。ついみんなとお別れになってしまうとなって、泣いちゃった。もう、私一人じゃないよね。私のことを見捨てたけど、早くお父さんとお母さんに会いたいよ。二人とも元気にしていれば……」

「そうだな、両親も元気であればよいのだが……」


 恵良との別れを惜しむ一行だったが、子瑞は彼女の両親のことを気遣った。それに対して恵良は俯いて涙が止まらずにいたが、すぐに顔を上げてそれをぬぐいながら、改めて別れの言葉を向けた。


「主上、今まで一緒に過ごしていただいてありがとうございました。みんなも私を助けてくれてありがとう。主上が王位を奪還できることを心から願っております。それでは……私はこれでさよならだけど、みんな私のことを忘れないでください」

「それでは、我らは哥邑へと向かう。いつまでも達者でいてくれ」

「じゃあね、元気でね……」


 子瑞と桃佳は恵良の言葉に応じた。彼女は子瑞一行を振り向いて、手を振りながら左の分かれ道の方へと言ってしまった。

 それに対し、子瑞一行は、みな恵良に向かって大きく手を振って見送った。


 そして、恵良が子瑞一行に背を向けると、再び大きく泣き声を上げてしまったが、次第に彼女の姿が小さくなるにつれて、やがて聞こえなくなった。

 生まれ育った村へと彼女が駆けていく様子を見て、桃佳と昌信も共に過ごした6日間の出来事が走馬灯のように脳内に駆けていった。


「私も、玄龍げんりゅうを召喚出来るようにならないとね」

「その前に、流榮騏の元へ向かわなければいけないな」


 こうして子瑞一行は、気を引き締めて哥邑への道を辿っていった。



                 * * *



 あれから2日後の午前中、東南に進むこと838里(約392.18km)、そろそろ哥邑へと着く頃だった。


 子瑞一行は森の中の哥邑へと向かう街道を通っていて、ようやくそこを抜け出した。

 そこまで行くと、萃慧が何か思い出したかのように、声を発した。


「ここまで来れば、あともう少しよ。目の前の向こうにそびえるのが石者山ね。その麓に村が見えるでしょ。そこが私のおじいさんが住む哥邑になるわ」


 彼女の言う通り、目の前を見ると、約5万5千じん(約9487.5m)級の兌震山脈だしんさんみゃくに連なるようにひときわ高くそびえる岩山が石者山に違いなかった。


 そしてその麓には、緑の木々に混ざって黒い甍が葺かれた民家と思われる建物が点在していた。


「この長い間、順羽じゅんうを抜け出しようやく哥邑に辿り着くことが出来た。萃慧、本当に感謝する。そなたの祖父に早く会わなければならぬな。それッ!!」

「おい!子瑞、そんなに慌てるなっての!落ちるじゃないか!!」

「主上待ってください!!そんなに急がなくても……」


 子瑞がそう言うと、昌信を後ろに乗せているにもかかわらず、自分達が騎乗する馬を走らせ我先にと哥邑に向かって行った。

 それに驚いて、蓬華と茜華は焦って彼に着いて行こうと、馬を急に走らせた。


 もちろん、蓬華の後ろに乗っていた桃佳は急に馬がに走り出したので、あまりの振動のひどさに心臓が止まらなくなった。


 そして茜華は後ろに恵良がいなくなって萃慧が代わりに乗っていたが、いきなり速度を上げたので、馬から落ちそうになった。

 それまで萃慧が乗っていた空馬は、茜華が右手に手綱を握っていたので、それに繋いだ綱を左手に握って引っ張っていた。


「ちょッ、子瑞くん何急いでんの……そんなに早く行かなきゃ、いけないの!?」

「桃佳しゃべるな、舌噛むぞ。冗談抜きに」


 蓬華の急な忠告に我を取り戻した桃佳だった。しかし、子瑞があまりにも凄まじい速度で馬を走らせたので、蓬華と茜華はそれに追い抜こうと馬を急かせた。


 やがて、哥邑と思われる村の入り口に子瑞が一足先に到着して馬を停めた。すると、後ろに乗っていた昌信が彼の頭部に自分のそれとぶつかってしまった。

 昌信はぶつけた頭を押さえながら、子瑞を注意する。


「いたた……、ったく子瑞……お前の慌てようは自重したほうがいいぞ」

「はッ、すまぬ昌信。余があまりにも哥邑に早く辿り着きたいがため、焦ってつい馬を速めてしまった。おかげで、おぬしに怪我を負わせてしまい申し訳ない」


 それから後ろに桃佳を後ろに乗せている蓬華と、萃慧を後ろに乗せている茜華の馬が子瑞に追いついてきた。

 彼女らのうち桃佳は、自分がとんだ災難に遭ったことに対する心情を吐露する。


「ハァ、ハァ……もう、子瑞くんったら何で急に私達を置いて行くわけ?マジ半端ないほど酔ったんだけど……」

「おい萃慧、主上がここを哥邑だと思っているが、本当にそうなのか?」


 茜華は後ろに乗る萃慧に尋ねると、ゼイゼイと激しく息をついていた彼女が狼狽えながらそれに答える。


「そ、そうよ。ここが……私の祖父が住む哥邑になるわ……」


 子瑞は、自らはやる心を抑えながら萃慧の告げたことを聞くと、安堵したのだろうか破顔してしまう。


「萃慧、本当にそうであるのだな。良かった。後はお主の祖父に会えば”流榮騏”の居場所も分かるはずだ」

「はい主上……確かにここが哥邑となります。私が祖父に会って来るので主上達はここでお待ちください。きっと祖父は主上が来たと知ると驚かれると思いますので。茜華、私をここで降ろしてくれる?」


 そう言った萃慧は馬を降りようと茜華に頼んで先に降りてもらい、彼女に降ろしてもらった。地に足がついたところで、萃慧は哥邑の村へと駆けこんで行った。


 こうして、子瑞達は流榮騏がいるという石者山山麓の哥邑に辿り着けることが出来た。

 この時点で、彼が王都順羽じゅんうを抜け出して既に9日が過ぎていた。

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