23話

 女官達は子瑞しずいの無事を確認するとともに彼に近づいて労いの言葉をかける者と、昌信しょうしんに目をつけて近寄ってくる者と半々に分かれていた。


「主上、無事で何よりですわ。私達、黒智宮こくちきゅうを出て行った後も心配しておりましたわ。主上と萊珠りしゅ様との継承者争いで、圧倒的に不利だったものですから」

「こちらの方、昌信っていうの?まぁ、なんて端正で整った顔をいているの」


  子瑞と昌信の周りに女官達の人だかりができ、昌信の方は戸惑って苦笑いを浮かべていた。そして、それを桃佳とうけいは快く思わなかった。


「あのさぁ、馴れ馴れしく昌信に近づかないでくれる?本人も困ってるしさ」

「そうだな……ちょっと落ち着いてくれよ」

「そんなこと言って。お兄さんみたいな美男子、順羽じゅんうにはそうそういないわよ」


 昌信は女官達に『美男子』と言われて、自分に彼女がいる……いや、いたとはいえもどかしい気持ちになってしまった。

 だが、そうしている暇もなくまだ子瑞一行にはまだ知らなければならないことがあった。


 桃佳がそれを思い出し、女官達に問いかけようと大声を上げた。


「ねぇねぇ!私達今から”流榮騏りゅうえいき”って人を探しに、その人がいる杜州としゅうに行かなければならないんだけど、知ってたらでいいからさ、誰かその人の居場所を教えてくんない?」


 すると、黒髪を後頭部で結っていた女官が黄色い声を上げて応えた。


「私知ってるわ!その人なら石者山せきしゃざんにいるわ。その山の麓の哥邑かゆうの村におじいちゃんが住んでいるの」


 女”流榮騏”の居場所を告げた女官した対して、子瑞達は一気に歓喜が湧きあがった。


「おお!萃慧すいけい、本当にそこに”流榮騏”がいるのだな!?」

「本当なの!?萃慧、あっ”萃ちゃん”って呼んでいいよね?その人はそこにいるんだ!私もその石者山にある玄龍祠げんりゅうしに行かないといけないんだけど。よかった!教えてくれてありがとう!これで子瑞くんも王位奪還出来るよ!!」


 特に桃佳は玄龍祠があるという石者山に榮騏がいると分かり浮かれ気味になった。


 子瑞が”萃慧”と呼ぶ女官が、”流榮騏”の居場所を知っていると答えた途端、桃佳が彼女に近寄り両手を取って喜びを表現した。萃慧は、変なあだ名で呼ばれ、手を取ってはしゃぎまくる桃佳に戸惑った。


「えぇ、でもおじいちゃんが昔に言っていたことだから本当かどうかわからないけど。あっ、私湖萃慧こすいけいっていうの。桃佳と昌信、それと恵良、三人ともよろしくね」

「萃慧、本当に感謝する。さすれば、流榮騏の居所へ我らが行って、彼の者に加勢してもらい、桃佳も玄龍を召喚出来るようになれば、余の王位奪還が達成出来るかも知れぬ」


 子瑞はその手掛かりを与えた萃慧に厚く礼を述べる。しかし、彼女は顔をうつむけて考え込んでしまった。


「でも、哥邑までここから更に東の方に3,689里(約1,726.45km)ほど先にあるわ」

「おい子瑞、そこまで何日までかかるんだ?」


 昌信は子瑞にそう尋ねると、彼は顔をしかめて顎に指をあてて考え込んだ。


「そうだな……我らが来た靜耀せいようから趙簫ちょうしょうまで46里(約21.528km)を歩いてほぼ半日かかったはずだ。この次の街の桓桑かんそうで馬を買うとして、そこからそれに乗って行っても、たどり着くのは早くて1週間ほどかかるな……」


 王位を簒奪されて2日もたっているにもかかわらず更に1週間、順羽まで往復で16日も費さねばならないことを考えると、一刻も早く奪還することが難儀となることが予想された。


「そんな遠いところにあるの?3,689里先なんて……」

「それに、こんな大人数だから出来るのかしら……」


 子瑞が告げたことに対して、女官達は口々に不安を漏らした。すると、それらに割り茜華せんかが割り入って声を上げた。


「お前ら!ここで諦めたら、順羽に戻ることが出来ずに路頭に彷徨うことになるぞ。野盗に襲われてもいいのか!主上のためにお力添えするんだ!」

「……でも、そんなの無理ですわ」

「そうだよ、茜華。みんなこんなに疲れているんだしさ」


 茜華の言うことに、女官達も桃佳もやはり賛同することが出来なかった。だがそれでは、子瑞の王位奪還が達成が不可能となってしまう。

 それでも子瑞は、女官達が野盗などから襲われたら、彼自身に責任が重くのしかかることを考えてしまう。

 そして、子瑞はこのように後ろ向きな発言をしてしまった。


「もういいんだ、王位なんか。余は母上の遺言通りとはいえ、王位に就くのは間違っていた。美由びゆうが偽王に就かされたものだから。萊珠りしゅだって余と同じだと思う」

「主上、そのような弱気を言ってはいけません。あなたは王に相応しいのです。先王のご遺言の通りでございます」


 子瑞の自分の立場などどうでもいいという弱気な発言に対して慰めたのは、蓬華ほうかだった。彼女は子瑞を何としてでも王位を奪還に対して使命感を感じているのだった。


 蓬華の言う通り王位を簒奪されたままであれば、美英を傀儡として偽王に就かせれば、伯黎によってこの冬亥国とうがいこくという王国自体が彼のやりたい放題となってしまう。

 そうなれば、彼は禁軍の兵を思うままに動かすことができる。子瑞一行は桃佳が玄龍を召喚出来ず、且つ榮騏がいなければ太刀打ち出来ないままである。


 蓬華に励まされた子瑞は、自分に与えられた使命があるにもかかわらず、それでも女官達の立場を考えてやらねばと思い、彼女らにこう告げた。


「それでは、余は哥邑に行かなければならぬが、お主らがそこまでついて行くのは無謀だと思う。茜華、先ほどお主が言ったように我らについて行かなければ、路頭を彷徨う羽目になるといったな」

「そうですね、主上の言う通りだと思います。みな、そのようなことを言って済まなかった」


 茜華は子瑞に対して拱手すると、彼の言う通り自分の言動を慎まなければならぬと気付かされた。

 そして子瑞は、女官達がそうならぬようにこう提言した。


「お主達は路銀を持っておらぬであろう。趙簫で我らが哥邑から戻ってくるまで待っててほしい。そうすれば、今までのように彷徨わずに済むだろう。宿賃はここにたんまりとあるぞ」


 そう言った子瑞は、腰に提げている金貨も混ざっている大量の貨幣が入っている革袋を取り出した。

 それを見た女官達は自分たちの給料ではもらえないほどの、貨幣を見て思わず息がこぼれそうになった。


「分かったわ。私達はこれから桓桑から主上達がいた趙簫に向かうところでした。主上が必ず哥邑から戻ってくると信じて、お待ちしております」

「今は、黒智宮こくちきゅうに戻れないなら、そうすればいいじゃない。きっと主上は王位を奪還してくれるに違いないわ」


 女官達は子瑞からの提案に次々と賛同の意を表した。一文無しでなくなった彼女らはもう彷徨うことなくて済むのだった。


 子瑞は女官のうちの一人に、革袋の中から貨幣を何枚も渡そうとすると、すぐ彼女自身の所持している腰に提げている、麻袋に入れていく。

 しかしその袋が小さくて、次から次へと子瑞が渡してくる貨幣がすぐ入らなくなると、別の女官が自分の麻袋を差し出していった。


 こうして女官達は子瑞から大量の路銀をもらうと、子瑞が王位を奪還して、この国に平穏をもたらしてくれると彼女らは心の底から信じた。


 すると蓬華と茜華が子瑞のそばへと駆け寄って、二人とも膝を突いて拱手した。二人のうち、蓬華の方から先に口を開いた。


「主上、私たち姉妹も哥邑へと参ります。必ず主上が伯黎から玉座を奪還できるよう全力を尽くします」

「私も、姉上と同じく主上を誠心誠意お助けいたします」

「二人とも……本当に余のために……」


 そのやり取りを見ていた、”流榮騏”の居場所を教えた萃慧が彼らに声をかける。


「主上、私は何の役にも立ちませんが、哥邑までみなさんをご案内いたします」

「萃慧、そなたがいなければ流榮騏の居場所がつかめぬままであった。これから長い旅となるが頼んだぞ!!」


 子瑞一行は一刻も早く哥邑までの約2,950里先にある杜州の哥邑へと向かわねばならない。

 彼はこれからそこへ発とうと、自分達を趙簫で待つこととなる女官達に王位奪還を目指すために意気込んで声をかけた。


「これから余は、哥邑へと向かう。女官の御仁方には、趙簫でしばしの辛抱となるが、必ず榮騏を連れて戻って来るぞ!!」

「はい!!私達、主上が戻ってくることを心からお待ちしております」


 子瑞らは女官達に手を振りながら、次の街である桓桑へと向かった。彼女らは蓬華と茜華、そして萃慧が加わった子瑞一行を、歓声を上げて両手を大きく振り見送った。


 やがて、子瑞一行は桓桑にたどり着くと、馬屋の4頭の馬を購入して哥邑へと向かうのであった。

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