22話

 昨晩、子瑞しずいが自分が産まれた経緯と自身の存在について語ったが、桃佳とうけい達はそれを聞いて彼に対する憐憫の情で溢れてしまい、昨夜から続き重苦しい気分となった。


 それが翌朝まで続き、泊まった宿から出て食堂で朝食を取った。そこでは、桃佳と昌信しょうしんが幻世で食べたていた肉まんのようなもので、この世界では『包子パオズ』と言うのだそうだ。


 当然、桃佳はもちろん昌信と恵良けいりょう、そしてそれを明かした子瑞本人も、食事が味気無く思えた。

 彼らは会話も出来ず、このように浮かない気持ちでいた。


 すると、そこにいた二人の男性客からこのような話が自然に耳に入った。


「……だから、見たんだよ。そんじょそこらでは見かけないほど、べっぴんさんばかりだっての」

「んなわけあるかよ。綺麗なお嬢さん達だけで彷徨っているとか、こんな物騒な目に出くわしかねないって言うのに」


 それを聞いた子瑞は、もしやと考えた。彼はすぐさま立ち上がり、その二人の男の背中に向かって勢いよく大声で問いかける。


「それは、真実まことか!?その女性の集団はいつ、どこで見かけたのか?」


 子瑞がいきな後ろから客二人に声を掛け、彼らは肩をビクつかせて勢いよく振り向いて、勢いよく血気迫った子瑞に押されて開いた口が塞がらなかった。


 二人は子瑞を前にして、彼らはしばらくその状態で凍り付いてしまったが、先ほど話を切り出した方が戸惑いながら答えた。


「なんだお前!?あぁ……その子達なら、この東の桓桑かんそうの街中で昼頃に見たんだけど……」

「……だってよ」


 子瑞の問いに答えた方の一人と、それを聞いたもう一人がそれに続けて言うと、子瑞は桃佳達の方に向き直り、探し物を見つけ出したかのような笑みを浮かべた。


「聞いたか!早くここを発たなければならぬ。すぐに食べてしまわねば」

「子瑞くんどうしたの!?そんな慌てて」


 桃佳はそのような子瑞に対して落ち着くようになだめたが、それにもかかわらず彼は桃佳らを急かす。


「ぐずぐずしてはおれぬ。早く皆も急がなければ!!」

「わ……分かったよ、早く食ってしまわなければいけないんだろ」


 そう言った昌信も子瑞に押されて、一行はみな食べている途中の包子パオズを急いで口に押し込んで、お代を払って食堂を出て行った。


 急いでこの趙簫ちょうしょうの東門へと向かうと、既に開門していたのですぐにくぐり抜けていった。

 一行は一夜明けたとはいえ、桃佳と恵良は半日、子瑞と昌信は終日歩き続けたので、特に後者は体力がまだ回復してはいなかった。


 彼らのうち子瑞以外の三人はなぜ、彼だけが先ほどの二人の客の話を聞いてそこまで慌てなければいけないのかに対して理解に苦しんだ。それでも彼らは子瑞について行かなければならなかった。


 一行はそれから、林の中の街道を2里(936m)ほど駆けていくと、ようやく、十数人ほどのひとかたまりの人影を見つけた。

 その一団に近づいていくとやがて、顔が伺える。やつれてはいるようだが、女性であることは間違い無かった。


 子瑞は彼女らを見つけると、一目散にそれに向かって駆けていく。そして彼は、その女性達に声をかけた。


「そこの女人方、待ってくれぬか?」

「その声は……主上!?」


 彼女らのうち一人が答えてこちらの方に顔を向けると、声だけ聞いてもその風除けを被って向かってくる男が子瑞なのかどうかまだ訝しんでいた。


 すると子瑞が、自分がその本人だと証明するために被っていた風除けを外した。

 そして、彼女らはその凛々しい顔が現れ、それが子瑞だと理解した途端、女官達がそれを解ったのか黄色い嬌声を上げた。


「主上!まさか、こんなところに……!」


 彼女のその一言に気づいて彼女らはその声がする方に目を向けると、次から次に「主上!」と口々に歓声を上げた。

 女官らは子瑞の凛々しい顔が現れ、それが子瑞だと理解した途端、彼が来たことが信じられないような顔をしたが、すぐにみなこの国の王に向かって平伏した。


 その頃桃佳らは、子瑞が女性達の集団にめがけて駆けたので、昨日の疲れも残っているにも関わらず、彼に追いつくために走らなければならなかった。


「ちょっと……子瑞くん待ってよ……。誰その人達?」

「この者らは、後宮の女官達だ。伯黎はくれい萊珠りしゅ惑術わくじゅつをかけたので、其奴に痺れを切らして黒智宮こくちきゅう出て行ったのだ」


 やっと子瑞に追いついた桃佳が息を切らしながら彼に尋ねると、彼女らがまさに朝食時に食堂で客が話していた女性達がそうであると説明した。


 彼女らは女官であることがバレないように地味な服装をしていたが、どの娘も容姿端麗で女官としてふさわしい風格だと見受けることが出来た。


 平伏していた女官達が次々に酷くやつれて芳しくない顔を上げて子瑞にこのように問いかけた。


「主上!なぜこのような格好をして、こんなところにおられるのですか?それと、一緒にいらっしゃる三人はどなたなのですか?」

「皆身を起こしてもらえぬか?そのことをこれから余が話すので驚かないで聞いてもらいたい」


  子瑞の要請により女官達は身を起こすと、彼自身がなぜどのような目に遭って、桃佳らとなぜ一緒にいるのかという経緯の一部始終を告げた。


「そんな!!主上が伯黎から王位を簒奪されたなんて!!」

「もう、そいつのせいで私達一か月も順羽の黒智宮を出て以来、どこに行き着くことなく彷徨う羽目になったのよ!!」


 女官達は簒奪者に対して、悪口を次から次へと吐き出していった。置いてきぼりだった桃佳も昌信も、彼女らがこのような野宿続きの生活に不満を爆発させたい気持ちを重々理解した。


「みんなの言う通りだよね。マジむかつくよね、その伯黎ってヤツ。そいつに子瑞くんにまでこんな目に合わせてさ」

「そうだな、その女ったらしのイカサマ気術士ときたら……」


 口々に伯黎に対する罵倒が続く中、それを裂くように女官達のうち誰かが声を高々に上げた。


「お前ら!!伯黎に対する悪口ばっかり言っても埒が明かないぞ!」

「そうだ!私達はこれから主上の王位奪還を助けなければならないからな!!」

「おお!蓬華ほうか茜華せんかか。だが、その恰好は何だ!?」


 彼女らに混ざって、男顔負けの勇ましい顔つきで、甲冑を纏った女傑とも言わんばかりの女二人いた。

 肌の色は小麦色――というより桂皮のようなやや茶褐色で、蓬華と呼ばれた女官は盾と直剣を、もう一人の茜華は二つの三日月型の刃を二つに組み合わせた武器を両手に携えていた。


 子瑞は二人の身なりを見て、声に驚嘆の色を表した。しかし、内心この二人のおかげで女官達が無事でいてくれたことに安堵した。


 そして蓬華と茜華と呼ばれた二人は、子瑞の前に出て跪いて拱手した。


「主上、よくぞ無事でございました。彼の者らはこの潮蓬華ちょうほうかと妹の潮茜華ちょうせんかがお守りいたしました」

「そういうことだったとは……。確かに、おぬしらは武芸に長けるちょう家の生まれだからな」


 二人のうち自ら名を『潮蓬華ちょうほうか』と名乗った姉の方は、他の女官と違って、長い茶髪を一つに束ねただけで、『潮茜華ちょうせんか』と名乗った妹の方など、元々髪が長かったのだろうが、それを短く切っていた。


 桃佳はそれを聞いて、潮姉妹の男勝りな風体をしていることが女官に相応しくないと思ったが、彼女らが無事なのはこの姉妹のおかげだと考えさせられた。

 二人がいなければ、とうの昔に野盗に襲われていたのではないかと納得した。

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