19話

 子瑞しずい達は襄郡じょうぐん鴦県おうけん靜耀せいようから隣の索郡さくぐんの郡都で苣県きょけんにある趙簫ちょうしょうへの46里(21.528km)の長い道のりを歩いた。


 靜耀を発ったあと彼らは、黒智宮こくちきゅうから兵相へいしょう波恭啓はきょうけいによる伝鴇でんほうを使った書状の内容に衝撃を受けて落胆している中、次の町にたどり着いた。


 その町の食堂で彼らは昼食を取った。食べたのは”煮餅ツァオピン”と呼ばれる麺料理だった。桃佳とうけいはその味が幻世げんせの日本で食べていたラーメンよりもスープが味気ない分、ニラなどの具がたくさん入っていてその味しかしなかったのでがっかりした。


 趙簫へと向かう街道を歩いていると、恵良けいりょうの足では限界に達していた。子瑞と昌信は今日未明から歩き疲れている中で、流石にくたびれていた。そのため桃佳が恵良を背負わなければならなかった。


 やっと趙蕭に辿り着いた時には、城内へと入る門が閉まる酉の初刻(午後5時)寸前に入ることが出来た。


 もう歩けないほどヘトヘトにくたびれていた子瑞らがその門をくぐると、まず、正面に幅広い道路が貫いた。

 それを街路が何本も交差し、碁盤の目状の区画で構成されているようだった。


 しかしそこは、閑古鳥が鳴いているように人の数が少なく、何故か街の人達の誰しもが浮かない顔をしている。まるで、病にもかかったかのようだった。


 それに城壁に沿って、襤褸を纏った数多の浮浪者が地面に敷いた筵の上にたむろしていた。

 これを見た一行は、心が痛ましくなってしまう。特に子瑞は、王である自分がこの目に直接入ったことに、彼らがこうなったのも、自分のせいだと自責の念に酷くかられてしまった。


 彼らは、自分たちが着ているように、着物のような形状の服を着ている。そして、彼らの髪の色は茶髪や赤髪といった黒以外の髪色をしている者もいた。

 更に、顔つきも人によって、平たい顔つきだったり、彫りが深く鼻が高かったりと違いがあった。


 門からいくつか交差点を過ぎて、右に曲がってしばらく行くと、通りに面して二階建ての木造建築が連なっていて、それに沿って屋台も並んでいた。

 そこには商店が売られていたが、趙簫に着いてからと言うものの、街の様子が寂れていた。

 その商店にも品物が多くは並んでおらず、客足もまばらだった。


 この時点でもう、桃佳は恵良を背負っていたことによる疲労のあまり彼女背中から降ろして地に膝をついた。


 そして、子瑞と昌信しょうしんはそれ以上に足が思うように動かせず膝が笑い、目眩を起こしてしまって、足を放り出してしまった。


「あー、もうダメ。これ以上歩けない。ハァハァ……ちょっと恵良、あんた重いんだけど。なんで背負わないといけないの?」

「失礼ね、私そんな重くって言わないで!仕方ないでしょ、まだ子供なんだから。もう歩けるわけないし」


 桃佳と恵良は互いに文句を言うほどに体力が残っていたが、昌信と子瑞は喋るといった行動をとることが出来ないほど、疲労がピークを過ぎていた。


 彼は幻世から転移したばかりで、この世界で右や左も分からない桃佳や昌信に代わって、動き出そうとした。


「はぁ……子瑞、すまないがまずは、夕食を食べに行かなければならないな。そして宿に泊まろう。部屋は俺と子瑞、桃佳と恵良の二人ずつを二室に分けて泊まることにするか」

「……大丈夫だ。まずは、余が店を探してやろう」


 子瑞が残りの力を振り絞って立ち上がり、辺りを見渡した。子瑞は未だ王だとバレぬように紫黒の髪を短く切り、それを隠すために風除けを被っていた。

 すると、食べに行くところを見つけたのか、疲弊を浮かべていた表情が明るくなった。


「あそこに酒楼があるぞ。余は酒は飲めないが」


 子瑞は『酒』と書かれていた看板を立てている酒楼を指さしていた。

 早速桃佳達は、疲労で重くなった腰を上げて地面から起き上がり、子瑞と共にその酒楼へと入った。


 桃佳達が中へ入ると、幻世とは違いカウンター席は無く、四人掛けの卓子テーブルが複数配置されていた。ほとんどの席に、酔っぱらった客が大声をあげたのが、それに対して桃佳達は過度の疲労のため脳に響いて、それが割り増しした。


 桃佳達四人はそれらのうち空いている席に座り、子瑞が給仕の女性に注文した。そして、給仕が持ってきたのがは粟や黍を使った稀飯シーファンというお粥と、小松菜のような葉野菜などが入っているスープだった。


 桃佳らは居酒屋で食事を終え、宿へと向かった。宿へ入ると4人のうち子瑞と昌信、桃佳と恵良とで二部屋に二人ずつ泊まった。


 桃佳は部屋に入ると置かれたベッドに突っ伏してしまったが、その矢先に部屋の入り口から子瑞のおぼつかない声が聞こえてきた。


「と……桃佳、恵良よいか、余……余の部屋に来て、くれぬか?」


 どうやら子瑞は、桃佳と恵良の二人の女性がいる部屋に彼女らを呼ぶのを恥じていたのか、ためらっているような声の掛け方になってしまったようだ。


 桃佳と恵良は、子瑞の声に反応し部屋に出ようと外を覗き込んだ。すると子瑞がそのような桃佳の様子を見て顔を赤らめて、態度がドギマギしていた。

 彼の横には、何食わぬ表情をした昌信が立っていた。


 桃佳は子瑞を見て笑いが吹き出しそうになったが、なんとか堪えることができた。桃佳と恵良は子瑞の呼び出しに応えて、自分たちの部屋から出ていった。


 部屋を出て行くと、子瑞は一息ついて落ち着きを取り戻して自分たちの部屋に桃佳達を案内した。

 4人全員が子瑞たちの部屋に入ると、子瑞は周りを見渡し、そこの窓の外を覗き誰もいないことを確認した。そして、置かれている背もたれのない床几いすにそれぞれ座った。


 そして、それまで深刻な面持ちとなっていた子瑞がため息をついたと思うと、うつむけた顔に悲哀を表に出した顔でこう告げた。


「余はずっと、周りから気味悪がれていた。“忌み子いみご”だと散々言われていたのだ。物心ついた頃から、それなのに余は本当は自分が何者なのかが分からないまま王になったのだ。本当は王の息子に余は生まれたくなかったのだ」


 やがて、子瑞の目尻には涙が次第に溢れ出したのだった。彼は、嗚咽を漏らしながらさらにこう続けた。


「余は確かに、母である前王泉甄祥せんしんしょうの長男として生を受けたが、自分は未だに……誰が父親なのか判明しないまま王となってしまったのだ!!」


 桃佳たち3人は、子瑞が告げたことに理解に苦しんだが、やがて彼の王としての血統に問題があることに気づいた。


 そのような3人の反応をよそに、子瑞は自分が壮絶な生い立ちを過ごしたことを悲壮感のこもった声音で語りだした。


 ――――それは、子瑞が産まれる前年のことだった。

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