20話

 四鵬暦しほうれき22年の現在より遡ること22年前の鳳凰暦ほうおうれき6443年のことだった。


 その当時まで四鵬神界は"鳳凰神界ほうおうしんかい"と呼ばれていて、”鳳王朝ほうおうちょう”と呼ばれる一つの帝国を皇帝と皇后である"鳳皇ほうこう"と"凰后おうごう"が統べていた。


 現在の”四鵬神界しほうしんかい”にある冬亥国とうがいこくを含んだ現在の”四鵬国しほうこく”となる4つの国は、”四鵬領しほうりょう”だった。


 そして、その子息4きょうだいが鳳凰神界の東西南北の各四鵬領を"鵬主ほうしゅ"となって治めていた。

 

 そのきょうだいの末妹で現在の冬亥国の王である泉甄祥せんしんしょう冬亥領とうがいりょうの鵬主として治めていた。


 そして現在の冬亥国の王都、順羽じゅんうは"鵬都ほうと"、現在の王宮である黒智宮こくちきゅうは"鵬宮ほうきゅう"と呼ばれた。


 そのような中、甄祥が流榮騏りゅうえいき海伯黎かいはくれいを自らが寝食をする極央殿きょくおうでんの寝所に未明に官女を使って呼び出した。


 榮騏は、当時冬亥領の軍を総括する鎮冬将軍ちんとうしょうぐんに着任していた。伯黎は、時を同じくして四鵬領の行政長官である鵬刺史ほうししの任に就いていた。


 彼らのうち、武骨で上背のある偉丈夫が中へ入ろうとしたが、甄祥はまだ夜が開けていないというのに、室内で格子窓からこの外に面している庭園を眺めていた。


 甄祥は榮騏の存在に気づいたかどうか分からないが、顔をうつむけたままだった。そのため表情は分からないが、どうやら胸の内に何か包み隠しているかのようだ。


 すると榮騏の後方から、飄々とした声が聞こえた。


「何か私に用って何ですか?こんな夜も開けぬうちに」

「お前は俺とともに鵬主に呼ばれたのが分からねぇのか!いつもそうだが、その態度は自重しろ!!」


 榮騏は後ろからやってきた白皙の美青年の声に気づくと、彼に叱責してしまう。


 彼らの騒がしいやり取りを遠くから聞いていた甄祥はやっと重い口を開けた。


「すまぬが……こちらに、来てもらえぬか……?」


 二人ともハッとして甄祥がいる方角に向くと、彼女の様子に気づき、彼女の元へと向かった時に、自然と足取りが重くなった。


 そして二人が部屋に入り甄祥のそばまでたどり着くと、そのことに甄祥は既に気づいていた。すると彼女は、うつむいていた顔を上げて二人の方に向きを変えた。


「おぬしらを呼んだのは、絶対に口外してはならぬ」


 彼女は厳しい口調でそう切り出した。だが、彼女は次の言葉を出すまいと口を固く閉ざしてしまう。


 榮騏と伯黎は甄祥と対峙してみると、やはりいつもより様子が変だった。

 それは、以前にも増して下腹部が膨らんでいるということだった。しかも、目の前に立っている甄祥はそこを抱えるように抑えている。

 二人は彼女の体型に何を意味するのかが分かりそうな気がして、嫌な予感がした。


 そして甄祥は、いつにも増して暗く深刻な顔つきで閉ざしていた口を開く。


「もう、前から気づいておると思うが……わらわの姿を見てどう感じておるのだ?」


「「……まさか、鵬主は子を孕んでいるというのですか!?」」


 彼らは、甄祥の懐妊に驚愕を表さずにいられなかった。


 二人は同時に驚嘆のあまり、思わず揃いも揃えて同じ言葉を吐いてしまった。

 改めてそれが事実なのかどうか聞く暇もなく、皇帝の末子はゆっくりと静かにうなずいたのだった。


 彼女の唐突な自白によって、開いた口が塞がらなかった。


 だがこうしていられず、それが事実ならば、彼女に訊くことはただ一つしかなかった。

 そして、榮騏が先に口火を切る。


「それはまさか伯黎、お前が鵬主と逢引したのでは……」

「違うッ!!伯黎とは何も関わっておらぬ!静かにせぬか!」

「そうだ!鵬主のおっしゃる通りだ!私もそれを今知ったのだから……」


 伯黎は、甄祥が懐妊したという事実が初耳だったと主張し、必死に潔白を表明した。


 彼女もそれに同意したが、それでもその孕んだ子の父は誰なのか、まだ根本的に解決していない。


 榮騏も伯黎もそのことが頭から消え去ろうともしない。それでも甄祥は二人に顔をまっすぐ向けると、目力がこもっていた。しかしその眼にも何か光るものがこぼれているのが分かった。


「とにかく、伯黎ではないということは確かだ。だが、誰と交わったのかは言えぬ!!」

「「なぜです!?」」


 甄祥は次第に涙を流しながら開き直ったかのように言い放った。

 しかし、二人はその理由を聞こうとしたが、彼女はそれに応えようともしなかった。


 彼女はそれを棚に置いて、二人に対して、縋るようにこう切り出した。


「それは言えぬと言っておるであろうが!!それよりも、二人に頼みがある。まず伯黎、わらわの執務に詳しい官女を、そやつをおぬしの変化術へんげじゅつでわらわと同じ姿形を変えてくれぬか?」


 甄祥が言う官女とは、その名の通り女性でありながら官職に就いている者である。数では男の官に劣るがこの黒智宮には官女もいたのだった。

 官女は後宮の女官と違い、甄祥の身辺の世話や雑用をこなす者のことではない。


 伯黎は何やら自信あり気に、笑みを浮かべた眼で甄祥を見据えている。

 そして、彼女の無理な要望に対して榮騏は反論する。


「何を言うのですか!?こいつの変化術で鵬主と瓜二つに官女の姿に変えるだと!?ふざけないでください!!ばれるのも時間の問題……」

「御意ッ!是非、承ります。この海伯黎、我が気術を使って差し上げましょうぞ!!」


 伯黎は甄祥からの命で自身が得意の気術を使えと言われると、その能力を発揮させたいがために潔く引き受けたのだった。

 それにまだ、根本的な問題が残っていたのである。


「鵬主がおっしゃる通り、官女を鵬主の姿かたちに変えるのはたやすいです。ですが、鵬主自身はどうやってでも身を隠さなければなりませんよね。そこで名案があります」


 伯黎はこの無理難題に取り組む意欲が湧き、甄祥の提案を飲み込んで承諾してしまった。

 榮騏は、彼の調子の乗り方に度が過ぎると思うと、苛立って歯ぎしりしてしまう。

 具体的な対策を述べようと、伯黎の口がますます止まらない。


「私の幻術で、この黒智宮内に誰も気が付かない場所に結界を張ります。そしてその内部で出産されるまでそこで過ごすのです」

「でもそうとあれば、わらわに女官を一人だけでも付けなければぬな」


 すると甄祥は、今度は榮騏に向かってこのように言いつけた。


「そして榮騏、わらわに身籠った子を産んだ暁には、おぬしの屋敷に預って、おぬしの妻に育ててもらえぬか?妻や下男、下女にはどうにかごまかしておいてくれ」

「そのようなことを言われても……んむむ、そこまで鵬主もせがむのであれば……止む負えぬわな」


 甄祥から必死の懇願されたことで困惑した榮騏は、この難題に取り組まなければならないと考えると、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、渋々承諾した。


 最終的にこの件は本人以外自分達二人と、彼女の身辺の世話をする女官、そして甄祥に姿形に変化させる官女の合わせて4人しか知られてはいけないのであった。


 伯黎は自分の気術を使ってその日の内に、黒智宮の内宮の東端に並べて建てられた倉庫の隙間から入った奥の塀に幻術の呪符をそれに埋め込んで結界を張った。

 そして、その先にあるはずの無い塀に囲まれた空間をつくった。


 そこにはもう既に見た目は豪華だが鵬主が住むには小さ過ぎる御殿が建てられていた。その日から、官女と出産までそこで過ごした。

 そこへは、決められた呪文を唱えなければ隔壁を透り抜けられないようにした。


 同日、甄祥と政務に携わることの多い一人の官女を、伯黎の変化術で彼女そっくりに化けさせた。


 官女には甄祥の政務の引き継ぎを行い、それがあまりにも過多にも及ぶため、官女は翌日まで寝込まねばならず、事情を知らない官達は、甄祥の影武者の姿を見ることは無かった。


 そして甄祥の影武者の官女と、彼女の身辺の世話をする女官については、他の者に彼女らから一身上の都合で黒智宮を出ることになったと偽って取り繕っていた。


 伯黎の気術を使った策が功を成したのか、不思議なことに甄祥が数多の官にバレることなく、無事に子瑞しずいを出産した。翌年の鳳凰暦6444年5月21日のことだった。

 甄祥はその後、無事政務に復帰した。


 子瑞を出産した甄祥から榮騏に命で、彼自身の住まいで妻に子瑞を預かることとなった。榮騏は妻に自分の部下の兵が妻を亡くしたため預かることとなったとごまかした。


 しかし、この6443年続いた王朝が崩壊するという忌まわしい未曾有の災厄によって崩壊した――そう、陽裂ようれつが起こったのだ。

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