16話
現在いる
距離としては、2,894里(約1、354.392km)どもあるにもかかわらず、彼がそこにいることが分かり喜悦していた。
すると恵良が子瑞を見て、せっかく子瑞が着ていた豪奢な袍が散々に破れていて、そこからひどい傷や流血の跡が目立っていたことを見て気づく。
「あっ、主上が着ていらっしゃる服の破れや汚れがひどいので持ってきます。昌信の服も持って来るね」
そう言った恵良は、服を取りに門をくぐって靜耀の街の中に走っていった。
しばらくして、彼女が着ている服よりは汚れてはいない男物の服などの布類を抱えて、それに合わせて刃渡り5寸(約11.5cm)弱の小刀を持ってきた。
彼女は、服を一人分ずつ子瑞と昌信に渡した。
「汚い物しかありませんが、主上にはこの
どうやらこの世界では、
しかし桃佳も昌信も、それらの服をその呼び名であることを、元から知っていたようだった。
「それと昌信、あとこの紐を使って主上の髪を結んで、この小刀で長い髪を首筋までの短さまで切って、絹の布を風除けにして被せてね。主上だとバレないように」
そう言って恵良は、昌信に一尺(23cm)ほどの麻の紐と、絹で出来た紺色の一枚の布、着替える服一緒に持って来た小刀を渡した。
それを見た桃佳は、恵良にそれらを渡したことを訝しんで聞く。
「何で子瑞くんの髪を切って、更に布を被せなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。この冬亥国、ましてや四鵬神界でこのように艶やかな紫黒の長い髪をしているのは主上しかいないのよ。今は髪が汚れているけど、隠さなかったら主上だとバレるじゃない」
そして、子瑞と昌信が桃佳らの前で着替えるにはいかないので、戸惑いながら辺りに自分たちの姿が見え隠れする場所を探すと、靜耀へと入る門とは反対方向へ隔壁に沿って行った。
やがて隔壁が左に直角に折れ、その影で着替えに行った。
しばらくして、子瑞と昌信が門の陰で着替え終えたので、そこから出てきた。
やってきた二人を見ると、彼らが着替えた服が薄汚れているにもかかわらず、見違えるほど二人が凛々しく見えた。
「うわあ!二人とも見違えるほど、綺麗になったね!!」
「向こうに小川があったから、そこで着替えた服の汚れていない部分で全身を拭ったのだ」
子瑞と昌信の塵と埃まみれで汚れていた顔は、透き通った端正なつくりをしていて凛々しく見えた。
特に子瑞は、彼のざんばらになっていた髪を昌信が恵良から渡された小刀で首筋までの長さで切り、それを一つに結って、前髪を二つに分けて下ろしている。
それを覆いかぶせるように、絹製の紺色の風除けで隠していた。
彼の顔の汚れも落としたおかげで、透き通った端正な顔立ちが清々しく白皙の美男子に見えた。
そして、着替える前の方が元々豪華だったのかもしれないが、今の彼の透き通った顔立ちを引き立たせるほど、王としての風格がある雰囲気が表れていた。
昌信も先ほどまで着ていたところどころが破れて傷を覗かせていた洋服から着替えたので、見栄えが良くなっている。
すると、子瑞は陽が南中に差し掛かっているのを見て、着替えたばかりだというのに、それに気づいて桃佳らを急かすように言った。
「いつまでもこうしてはおれぬ。もう日も高く上がっていることだし。もう午の初刻(午前11時)ほどになってしまった。酉の初刻(午後5時)には、
「えッ?それまでに趙簫に着かなければならないの!?」
「マジかよ!?」
それを聞いて、桃佳らもそれに応えてすぐ行動に移した。
ちなみに桃佳も昌信も、子瑞が言った『午の初刻』と『酉の初刻』いう時刻が、幻世では前者は『午前11時』、後者を『午後5時』と転移前と後で自動的に変換されていたのだった。
こうして、桃佳らと合流した子瑞は杜州へと向かうべく、
* * *
靜耀から、趙簫までの道のりを、夕暮れに間に合うように向かっていた。先を急ぐ子瑞たちは、一刻も早くそこへたどり着かなければならなかった。
子瑞達が靜耀を発って約半刻(1時間)が経ち、日が高く上がっていた。
街道を行くと、紫黒の色をしたトキのような鳥が順羽の方面から飛んできた。子瑞はその鳥が飛んで来たことは羽音で気づいたようだ。
「
「何、それ?」
桃佳が子瑞に聞くと、伝鴇について説明した。桃佳と
それが終わる前に、紫黒の鳥は彼の目の前に舞い降りた。その脚に細長い竹の筒が括りつけられている。それを外して筒の蓋をひらくと、細く丸められた紙が入っている。
そして子瑞がその紙を広げると、桃佳は送り主が誰なのかを問いかける。
「その”恭啓”って誰?」
「この
「へぇ、そいつは子瑞の味方ってことなのか」
子瑞が恭啓について説明すると、昌信がそれに納得した。子瑞は王都
だがしかし、その文を開けた途端、一同は皆顔が青ざめてしまった。
その文面は幻世の中国語の繁体字のように画数の多い漢字の羅列だった。幻世にいた頃はそれを呼んでも読解出来なかったが、四鵬神界に転移した後は桃佳も昌信もスラスラと読み取れたのだった。
その内容は子瑞はともかく、昌信にとって虚偽だと願いたいような衝撃的な内容だった。
「やはり、
「何ッ!美由が陰昇士だって!?嘘だろッ!?もう一辺ちゃんと読んでみろよ!!」
「ひどいよ……こんなの……!!」
子瑞が文に書かれていた内容を読み上げた途端、彼とともに読んでいた昌信も桃佳も驚嘆の声を上げた。
「陰昇士となった美由が……伯黎によって傀儡として偽王に就いたと書いてあるな。恭啓の言う通りなら……」
子瑞が一番信頼のある部下からの伝鴇によって、衝撃的な事実が発覚したのだった。
そして彼は、美由に起きたとされるありのままの事実を震えた声で言い放つ。
「美由が陰昇士であれば、王以外の者、伯黎によって転移させられたのなら、そやつが美由を洗脳して、意のままに操ることが出来てしまう」
「何だって!!一体どういうことなんだよ!!」
そして昌信は血気迫った顔で、子瑞に詰め寄った。その目には、涙を浮かべている。
「おい!ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!陰昇士だって!?美由が伯黎に洗脳されだと!?」
「どうして……美由ちゃんがそんなことに……」
昌信と桃佳の詰問に答えようとした子瑞だったが、彼自身も冷静さを欠いたあまり、わなわなと震えながらもそれに応えた。
「陰昇玉で転移させた陰昇士となる条件というのが……殺人を犯す、または自殺した者が召喚されると言われている……」
「美由が人を殺したのか?それとも自殺しただと!?」
昌信は未だに恭啓からの伝鴇の内容を信じたくなかった。陰昇士なのであれば、自分の前から姿を消した後、自殺したとのではないかと詮索した。彼女が人殺しをするなんてあり得ない。
昌信はあまりのショックで、膝が折れてそのまま手ともに地に着いてしまった。
桃佳も顔を俯け涙が止まらなくなってしまう。
そして昌信と桃佳、そして子瑞は三人ともある共通した強い念が込み上がった。
そう――――伯黎に対する激しい燃え盛る憎悪を。
そのような思いが募る中、昌信はこれについて疑念を抱いた。
「でも、おかしくね?伯黎ってなんで
たしかに、先ほども子瑞から話を聞いていたが、昌信も伯黎が元々妹王派だったのに、陰昇玉を使ったのか疑問に思った。
しかも、子瑞も今回の件に関して、伯黎が妹王派だったにもかかわらず、美由を陰昇士として召喚し洗脳させ、偽王に就かせて傀儡にしたということが受け入れがたかった。
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