14話

 トラックに轢かれて事故で死んだと思われた昌信まさのぶを包んでいた光が、やがておさまった。


 昌信の目前のきざはしの中央に、円で囲った3本足のカラスのような鳥と、別の円で囲ったウサギが彫られおり、その上にある玉座の前に一人の青年が立っている。


 その青年は階の上のから光を放つ円板を持って、そこから見下ろしている。


 彼の身長は自分より一回り小さな背丈で、幼い顔付きをしていた。


 彼が持っている円板の光がおさまるとに自分の姿が映り、それが鏡だということに気づく。

 それを見ると事故に遭った際に服が破れていて傷を覗かせてていたが、それが無くなっている。

 そして、頭部からの流血も消えている。

 

 昌信はやっと自分が異様な空間にいることに気づいた。


 彼が立っている背後の壁に、北斗七星と北極星だと思われる一つの大きな星が描かれている。

 そしてその周りを円で囲むように28の星座が描かれている。


 青年は煌びやかな金色の上衣を羽織っており、髪はウェーブが掛かった紫色をしている。

 その上に中国の皇帝が頭の上にのせている、数珠のようにつなげた玉を垂らした冠を戴いている。

 そして、首には紫色の管玉と金色の勾玉をつないだ首飾りをしている。


 昌信は豪華絢爛たる目前の光景だけでなく周りを見渡すと、更に一面に紫の柱が立ち並び、壁と天井、そして床までも目も眩むほど金色に輝いていた。


 昌信は幼顔の青年の方に向き直り顔を合わせると、彼の眼に昌信の額に光り輝く何かが見えたようだった。

 彼の慈悲のこもった顔だったが、それを見て驚嘆の表情をしたので、昌信は何故そのような顔で自分を見るのかと訝しんだ。

 すると、青年は穏やかな声音で昌信にこう言った。


「おお、冬亥国王とうがいこくおう泉子瑞せんしずいよ!よくやったぞ!!遂に我が探していた者を、立て続けに見つけることが出来たぞ」

「えッ!?それって俺のことなのか?」


 昌信は青年が言っていることに理解が追い付かなかった。何故自分を探していた者なのかという根拠が分からなかった。

 青年は一呼吸も置かずにこう言う。


「我が今手にしている"六星鏡ろくせいきょう"が、"四鵬神界しほうしんかい"の冬亥国王、子瑞がおぬしを陽招鏡を使ってそこへ転移させるためにこの"仙空界せんくうかい"に召喚することができたのだ」


 青年は昌信に向けていた鏡を懐にしまう。その際、鏡の裏面が見え、六つの星が描かれていた。

 昌信は気を取り直すと、自分はトラック事故で死んであの世に行ったのだと改めて認識した。昌信はそのことを、彼に問いただす。


「俺さぁ、死んだんだよね?ここあの世だよね?君さ、なんかそこにいる神様的なものなわけ?」

「なんと無礼なッ!ここは冥界では無い!うぬがいた幻世とうぬが転移する四鵬神界との狭間にある仙空界であるぞ!この紫微殿しびでんの主、北辰聖君ほくしんせいくんに向かってそのような口の利き方を!」


 自らを"北辰聖君"と名乗る青年に叱られた昌信は、美由にフラれたことで傷心していた。

 その上自分より年下の人間に舐められたので無性に腹立たしくなった。


「おいガキ!エラそうな口で俺につべこべと指図してんじゃねえ!大体、俺死んだんだよね?なのに、"四鵬神界"の"冬亥国"の王が転移させるために、俺がここに召喚されたとか訳の分からないことぬかしやがって!!」

「黙られい!この小童め!うぬには一刻も早く四鵬神界の冬亥国王の元へ転移せねばならぬのだ!」


 それを聞いた昌信は、北辰聖君がさっきから訳の分からないことをグダグダと言い聞かせるために、嫌悪と怒りの念が湧いてくる。


 昌信は彼に対して、自分より年下に見える青年に上から目線で怒鳴られたので、皮肉を込めたように彼を睨め付けた。

 しかし、彼はそのような顔をする昌信に対して落ち着きを取り戻して告げる。


「うぬが転移する四鵬神界にある四つの国のうちの一つ、冬亥国王、子瑞が王位を簒奪された。彼の王位を奪還するために陽招鏡ようしょうきょう陽招士ようしょうしとして召喚したのだぞ」

「何さっきからおんなじこと、言ってんだよ。寝言は寝てから言えよ」


 北辰聖君は、昌信にそんなに大事なことなのか何度も同じことを繰り返し言い放っていた。

 そしてまた、北辰聖君は話を続ける。


「それに子瑞は、流榮騏りゅうえいきなる者を探しておる。うぬも子瑞と一緒に榮騏の元へ行かなければならぬ。そこで、うぬが得るべき物があるからの」

「要するに俺は、その王と一緒に"流榮騏"の元へ行かなければならないのかよ。めんどくせ」


 昌信は、北辰聖君の言う通りにしなければいけないことが煩わしく思えた。

しかし、北辰聖君は昌信にまだ伝えるべきことがあることを付け加える。


「そのようなことを言うでない!それから先程もう一人、うぬより先に"陰昇士いんしょうし"が召喚された。そやつも、我がずっと探しておったのだ!」


 北辰聖君はそう告げると、昌信が彼に抱いていた嫌悪感が吹き飛びハッとさせた。

 昌信は北辰聖君が言っていた自分より先に召喚した者とはどのような経緯で、召喚されたかどうかはどうでもよかった。


 北辰聖君が言った"陰昇士"は自分と同じように転移したが、彼にとってその世界に昌信自身とその"陰昇士"がどれだけ必要なのかは計り知れなかった。


「その"陰昇士"って誰なのか分かんないけど、そいつも俺と同じところに転移すんだよな?」

「左様。子瑞から王位を簒奪した不届き者が、陰昇玉いんしょうぎょくを使って陰昇士を召喚したのだ。さすれば、そやつはどうなるのだろうか……では、心してかかれ。」


 昌信が北辰聖君が述べたことに疑問を抱いていると、北辰聖君が素早く佩帯はいたいしている全体が自身と同じ長さの剣を抜き、昌信に向かって差し向けられた。


 昌信は咄嗟に刃を向けられたために口をつぐんでしまい、身体がのけぞってしまう。そのため、昌信は北辰聖君に対する自分の口の聞き方をしたことを後悔した。

 ジリジリと自分に向けられたその刀身を見ると、七つの星が刻まれている。


 昌信は息をのみ、自分自身に何が起きるのか分からなかった。すると、昌信は北辰聖君が差し向けたこの剣で、自分を斬り殺すのではないかと。


 しかし、昌信に予想だにしていなかった現象が起きた。北辰聖君が自分に差し向けた剣の刀身に刻まれた七つの星がそれぞれ一つずつ光りだす。


 その瞬間昌信は、それらの光が輝いたと思いきや、自分の身体がそれに包まれ周りが何も見えなくなった。

 この時、昌信の体中が温かくなり、安らかな気分となった。


 こうして、子瑞が陽招鏡ようしょうきょうを用いて昌信を陽招士ようしょうしとして四鵬神界に転移させたのだった。

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