13話
その課題を全て終わらせるまで、寝ないつもりでいた。
すると突然彼の携帯に恋人の
『今、ちょっといい?公園に来てくれる?お願い。』
もう午後10時も過ぎているのにメッセージを送ったことに気づくと、一瞬理解しかねた。
だが、この時間に自分を呼ぶのであれば、よほど伝えたいことがあるのかということだと気づいた。
彼女と昌信との出会いは今年の4月、入学した美由と会った時に見惚れて好意を持ち、付き合うことになった。
その仲睦まじい様子は、校内で理想のカップルだともてはやされるほどだった。彼女の親友の桃佳も羨ましがっていた。
その美由に何かあったのだろうかと、不安になって仕方がない。
昌信をそのような思案を巡らしつつ、すぐさまパジャマからシャツとズボンに履き替えた。
そして親に何も言わずに玄関を飛びだし、美由が待っている公園に周囲の景色に目もくれることなく駆けて行った。
その公園は昌信の自宅からの距離と美由の自宅からの距離とほぼ変わらなかった。
とはいえ、彼女が自分の携帯電話にメッセージを送った時、もうすでにそこにいたのではないかと考えると、長い間待たせたと言うことになる。
そうであれば、昌信は一刻も早く公園へと着かなければならなかった。
昌信が息を切らしながら公園にたどり着くとそこにショルダーバッグを膝に抱えた美由がベンチに座っていた。
しかし、何やら様子がおかしい。彼女は涙を流しているのかうつむいて鼻を啜っており、それを両手で拭っている。
どうやら、何か伝えたくても言い出すことが出来ずに泣いているようだった。
こんな夜遅くに自分呼んで待っていたことを気にかけて、なぜ彼女が泣いているのかがわからず理解に苦しみながら、昌信はすぐさま美由に声を掛けた。
「どうしたんだよ!美由?何があったんだ?」
美由は昌信に対して、声をしゃくりながらこう答えた。
「昌信……ごめん……」
美由は、嗚咽してうまく言葉を発せずにいた。
昌信はずっと待たせてしまった美由にも、申し訳ないと思った。
夏だというのに、彼女は肩を震わせて泣きながらもここで自分を待っていたのだった。
そして不意に、美由は携帯電話を膝に乗せていたショルダーバッグから取り出して何か操作をしていた。
すると、震えた右手に掲げた携帯電話の画面に、写真が映っている。
それは、昌信にとって衝撃的な光景が写っていた。
その写真は、美由と一緒に見知らぬ男と自撮りしたものだった。美由は横に写っている男とともに満面の笑みをしている。
それを見た昌信は、それがどういう意味を示すのかを理解したのである。
――――まさか、美由が他の男と付き合っていたなんて
昌信は自分の頭が、『ガンッ』と大きな岩がぶつけられたようにショックを受けた。
そして、顔に驚愕の表情が消えなかった。彼女とともに写る男の顔を見て憎悪の念が込みあがる。
そして、携帯電話の画面に映った写真から顔を逸らす。
それでも昌信は男の顔が頭の中から消えないので、彼に対する邪念が晴れなかった。
この事態というのは、彼にとって"屈辱"という他では無かった。
昌信は、愛する美由が他の男と付き合っていることに気づかなかった自分自身が不甲斐なく、みじめだった。
そのうえ、彼女が本当は今までずっと、自分のことを嫌っていたのではないかという被害妄想を起こしてしまう。
美由は、その写真が映った自分の携帯電話を、昌信が認識したと分かったと同時に右手から携帯電話が離れ地に落ちていった。
携帯電話が落ちても画面にはまだ昌信が一番見たくない光景が映っている。
すると、美由の目尻から大粒の涙があふれて顔を両手で覆い隠し、膝にうずめてしまった。そしておぼつかない声音で言った。
「もう、私たち終わりにしよう……
昌信は『
そうはさせまいと顔を上げて美由に声を掛けようと思ったが、彼女は顔をうずめたまま押し黙っている。
昌信は、美由自身がこのような状態になってしまうほど、彼女は取り返しのつかない過ちを犯したことを自覚しているように思えた。
昌信は美由に対して悔しさとむなしさ、そして怒りの念によって力が込み上がった。
そして自分も顔をうつむてしまい、拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。そして自分までもが涙が出てくるのだった。
二人は互いに沈黙し合い、彼等の間に張り詰めた空気が漂うまま数分後、不意に美由は立ち上がると、昌信に目もくれることなく彼がここに来た方向と反対側へと走っていった。
「さようなら……今までありがとう……」
「おい、美由ッ!!どこに行くんだよ!?」
立ち去った美由に昌信が気づくと、すぐさま顔を上げて足を勢いよく踏み込んで、彼女の方へ追いかけて行った。
しかし美由の逃げ足は速く、あっという間に暗闇に紛れ込んでしまった。
「美由、待てよッ!!」
昌信は闇夜に消えた美由を追い続けた。
彼は自分が失恋したという事実を受け入れることができないまま、必ず自分が取り戻す気持ちで彼女を探しだそうと躍起になった。
その後、一時間費やして探し続けたが美由の姿は見つからず、昌信は失恋したことによる傷心し、そして走り続けたことにより半端無く疲労してしまった。
おかげで足は棒のように思うように運ぶことが出来なかった。
その時、横断歩道が目の前に現れた。それは信号も無く、闇の中から切り取ったようにポツンと一つの街灯のみが照らしている。
周囲を確認する気力も無く、おぼつかない足取りでそこへ踏みいれた。
その刹那、昌信自身の右目から眩しい光が差し込んできてそちらの方を見る。
そして、激しいブレーキ音が鳴ったかと思いきや、右半身に自分が今まで感じたことのないほど大きな衝撃と激しい痛みを受けた。
彼の身体に大型トラックが右方向から衝突したのだった。
昌信は、トラックとぶつかった右側とは逆方向へ引っ張られるように跳ばされて宙に浮き、今度はアスファルトに自分の身体が落ちていく。
そして、今度は左側に衝撃を受け、全身の骨格にまんべんなくひびが入るような激痛が走った。
やがて昌信はアスファルトの路面に打ち付けられ、勢いよく転がっていった。その時彼の着ている服全体が破れ、そこから数多の傷を覗かせた。
自分の眼の端に衝突した大型トラックが遠目に映るとともに、頭部から流血が額をつたい、そこへと入る。それが解ると同時に意識が遠のいていく。
やがて、昌信は悟ったのだった。ーーもう自分は死ぬのだと。
だが昌信は、何故か自分の周りが光に包まれ、今感じている痛みが引いていく。
それどころか、痛みが癒されて感じなくなっていく。そして、その光によって自分の周囲が見えなくなった。
――そう、この時
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