12話

 桃佳とうけい子瑞しずいに話しかけた途端、彼女に驚嘆を表したような眼差しを向け、言葉を発することが出来なくなっていた。

 しかも彼女が、自分を『かっこいい』と言われ更に胸の熱さが増してか息切れしそうになった。

 

 そのようになった子瑞をよそに、昌信しょうしんが桃佳にこう言う。


「おい桃佳とうけい、何でお前ここにいるんだよ……ってあれ?」

昌信しょうしんこそ……って、あなたはそんな呼び名じゃなかったよね?」


 桃佳が、昌信を自然に幻世とは違う名で話しかけたことを怪しんだ。


桃佳とうけい、お前だって……そんな呼び名じゃなかっただろ?」


 彼らは呼び名の違いに納得いかなかった。だがそういうことをしている場合ではない。


 すると、桃佳に見惚れて立ち尽くしていた子瑞は、その会話を聞いて改めて二人にその名前が正しいのかを確かめようとする。


「お……お主らの名前は、それで良いのだな。余も名乗って無かったな。冬亥国の王、泉子瑞せんしずいだ」

「じゃあ私の名前は、星桃佳せいとうけいでいいよね……」

「それなら、俺の名は子瑞も桃佳も知っているが、日昌信ひしょうしん……だよな?」

「わたしは、江恵良こうけいりょうよ。桃佳にもさっき言ったけど、昌信もその名前で正しいと思うよ」


  彼ら一人ずつ自己紹介したが、やはり桃佳と昌信は自分たちが名乗った名前が正しいのかと納得できないようだった。


 すると、昌信の方から桃佳に何故ここに幻世からこの世界に来たのか知りたくて、彼女にそのことを問う。


「桃佳、お前は何故ここにいるんだよ!!お前も幻世からここに転移したのか?」

「それは――――」


 桃佳は昌信が尋ねたことについて、自分がこの四鵬神界しほうしんかいに転移した経緯の一部始終を聞かせた。


「――――というわけで、今日の明け方ここ靜耀に転移されたわけなんだよね……」


 子瑞は桃佳から事の顛末を聞いて、彼女に惚れて以来、あまり動きが無い口を開いた。


「それは、お主は玄龍げんりゅう龍召士りゅうしょうしなのか!玄龍を召喚出来るようなるために玄龍祠げんりゅうしがある杜州としゅう石者山せきしゃざんに行けばよいのか。さすれば、我も王位を奪還することが出来るのか!!」

「でも……私なんかに出来るわけないじゃん……そんなこと」


 子瑞は桃佳からの話を聞いて、まさか彼が自分が王位を奪還するために、桃佳に玄龍を召喚出来るように力添えていたことを知り思わず歓声を上げた。


 しかし、桃佳は自分がそれを出来るかどうかわからず、投げやりな気持ちになり黙りこくってまった。

 すると、昌信は桃佳に近づいて笑顔を向けた。


「なに黙ってんだよ、桃佳。俺達も、子瑞の王位奪還に協力しなければなじゃないか。俺もお前に出来るだけ助けてやりたいんだ」

「うん……昌信、ありがとう。これも子瑞しずいくんのためだもんね」

「……!!」


 桃佳は昌信に励まされて、子瑞のためになりたいという思いが強くなり、彼のことを『子瑞くん』と言ってしまった。

 そのため恵良が、急に身を起こして桃佳にこう言いつける。


「ちょっと、あんた。主上に向かってそんな呼び方したら、失礼極まりないわよ!」

「よいのだ恵良。桃佳がそう呼んだことが嬉しいのだ」


 どうやら子瑞は、目下の人間に自分が見下されたとは一切思わなかった。

 それどころか桃佳が自分に親近感を込めてそう言ったのかどうかわからないが、それでも嬉しくてつい下を向いてモジモジしてしまう。


 昌信は桃佳から幻世に転移した経緯に対して疑問が残り、そのことについて聞いてみる。


「そういや桃佳、お前幻世で死んだんじゃなかったのか!それなのにお前もこの世界に転移されたのか!」

「えッ!?昌信は幻世で死んじゃったの!?だから、こっちに転移されたの!?」


 昌信が言ったことを聞いて桃佳は、驚きを隠せずにいた。今度は昌信が自分が幻世で死んでここに転移した経緯を話した。


「俺はあの日、トラックに轢かれて事故に遭って死んでしまったんだ。それで、子瑞が持っている陽招鏡ようしょうきょうで俺を四鵬神界に転移させるために使ったんだ。それで幻世から仙空界の北辰聖君によってそこに召喚されて、ここに転移したんだ」

「そうか、幻世で昌信は事故で死んでしまったのか。それで北辰聖君が昌信を選んで仙空界に召喚させたのだな」


 子瑞は、昌信の話を聞いて納得した。すると、桃佳が思い出したように昌信に聞く。


「それじゃあ、美由びゆうちゃんも……私が仙空界で玉帝から召喚された時に『2刻半前に転移した若い男女』って言っていたから……」


 昌信は、彼女がまさか玉帝にこのように告げられていたことにハッとした。

 それに桃佳が月隈美由つきくまみゆのことをごく当たり前のように美由びゆうと呼んで、昌信も同じように捉えていた。

 昌信は桃佳の問いかけに答えようとしたが、彼女が間髪入れずに続けて昌信に聞く。


「それを聞いてさ、こっちの世界で『2刻半前』って元の世界で5日前ってことだよね。時間の流れがここと違うって玉龍ぎょくりゅうが言ってたし。私が転移する5日前に昌信は事故で死んだんだよね?美由ちゃんも5日前にいなくなったから、美由ちゃんもその日に死んじゃってこの世界に転移したってこと!?」


 桃佳が立て続けに昌信に聞くと、彼は桃佳の推測が的中したのではないかと、焦燥にかられた。


「まさか……美由も幻世で俺と同じ日に死んでここに転移したってお前は言っているのか!?」


 そして桃佳自身も、自分の推測が事実なのかどうか言い切れることが出来なかった。

 やがて、それを理解した昌信はこう言った。


「あぁ、そうか。確かに俺は、あの日死んでここに転移したんだ。ここの時間では昨夜のことだが……やっぱりあの時、美由も死んでしまって、ここに転移したのかよ!?」

「そんな……!!」


 それを聞いた桃佳は、昌信は幻世で死んで更に美由も死んだことで、この四鵬神界に転移されたのではないかと思い戦慄した。

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