11話

 星桃佳せいとうけいが四鵬神界に転移して半刻(一時間)後の辰の初刻(午前七時)。この国の王、泉子瑞せんしずいと、彼が陽招鏡ようしょうきょう幻世げんせから陽招士ようしょうしとして転移させた日昌信ひしょうしんの二人が靜耀に到着した。


 彼らは昨晩から朝にかけて一睡もせず、何も食する暇もなく街道を走り抜けた。そのため、今にも倒れ込みそうになるほど体フラフラし、目に映る像がぼやけて上手く見ることが出来ないほど疲れが溜まっていた。


 やがて、焦点が合致して目に映る景色を捉えた瞬間、彼らは絶望した。

 その光景は、靜耀に入る隔壁に穿たれた門の楼閣は焼け、崩れかけていた。そしてそこから覗いて見える街並みも焼かれ壊滅していた。


 子瑞の脳裏に王都順羽じゅんうからここへ向かう道中で、ここ靜耀から禁軍の兵士の一隊が順羽に戻った理由を理解した。

 道理でここに向かう道中の全ての町や村も焼き払われていたのだった。行く先々で靜耀がどのような事態が起きているのか不安が増していき、それが的中したのだった。


 それはつまり、伯黎によって禁軍に命じて、靜耀および順羽より向かう街道を経由する町村を全て焼き払わせていたのだった。


「おい……子瑞どうなっているんだよ……俺達ここで匿ってもらえるんじゃなかったのかよ……!!」


 昌信に肩で息をしながら残った力の限り子瑞に訴えたが、この惨状を見て言葉を失った子瑞の耳に入らなかった。

 彼らはこの現実を受け入れることが出来なかった。そして、子瑞は言葉を失ってしまう。


 子瑞は、今まで王としての役目を果たせていなかったことに引け目を感じた。

 伯黎はくれいが自分の王位を簒奪したことで、民草がこのような惨状に遭わなければならなかったことを不甲斐なく思った。そして、この原因をつくった張本人である彼を激しく恨んだ。


 やがて、彼らはくたびれて思うように動かせない足で、門へと向かった。そこを潜り抜け靜耀の焼け焦げた死臭が漂う街へ入ろうとすると、この場ではあり得ない事態が起きた。

 

 それは、門の手前の右の方から昌信が聞き覚えのある声が耳に入ったのだった。


「だからぁ、ここに来るんだってこの国の王様が!何度言えば分かるの?」

「本当に主上が来ると思っているの?あんたがそう言ってから、もう半刻は経ってるんだけど」


 子瑞と昌信はこの誰一人いないはずの場で、喚声を聞いて違和感を覚えた。子瑞は――自分達とは限らないが何者かがここに来るのを彼女が予知したのかと気づきハっとした。

 昌信も、まさかと思いつつ子瑞と互いに顔を合わせ頷き、ともに声がする門の外へと踵を返しそこへと向かった。


 すると、昌信が門から声のする隔壁の右の方に行くと、そこに自分たちに気づかず未だに言い争っている二人の少女を見つけた。

 

 昌信は彼女ら二人のうちの一人を見て、一気に疲れが吹き飛ぶほど驚嘆した。

 なぜなら彼女は着物のような服を着ていたが、橙色の長髪にふたつのお団子シニヨンが付いており、胸がふくよかだったので桃佳だと分かったのである。


 彼女と一緒にもう一人少女がいて、互いに甲高い声を上げている。しかし昌信は桃佳がここにいることに疑念を抱き、そして彼女らに声をかける。


桃佳とうけい!お前もこっちの世界に来ていたのか?……あれ?」


 昌信はやはり自分の名前といい、後輩を元の世界と違う呼び方で自然に声をかけてしまった。


 昨夜も自分が子瑞に転移された時に名乗った名前と言い、彼女のことまでごく普通に、当たり前のように『桃佳ももか』では無く『桃佳とうけい』と幻世と違う呼び名で呼んでしまった。


 昌信はそのことに疑問に思っていたが、そんな暇はなく桃佳は昌信、そして子瑞を見ると黄色い声を上げた。


「あぁ良かった!!やっと来てくれた!!あれ?ひょっとして昌信しょうしん……?それともう一人の方は、この国の王様なの?」

「えッ!?あそこにいるのは主上なの?」


 恵良けいりょうは子瑞の存在を確認すると、即座に平伏した。

 桃佳は彼らがやっと来て安堵していたので、大袈裟なリアクションをした恵良に目もくれなかった。


 そんなことより桃佳は、門のがある方に昌信達が目に入ったと同時に、彼と互いに呼び合った名が違うことに疑問を持った。


 そして彼と一緒にいるのがこの国の王だと信じた。この国の王を見て彼女は、彼の姿が自分の予想と違ったので、意外だと思った。


 桃佳が考える王の肖像は、身体が太っていて顔が醜い容貌で、酒池肉林を好む愚鈍な男か、玉帝のようにいかつい顔をした堅物のうちのどちらかだとずっと先入観を抱いていた。


 この国の王の姿は、足首まで伸ばしていた長い髪がざんばらになっていて、顔がひどく汚れ、かつて豪華だっただろう服もいたるところが破れていた。しかもそこから覗く傷の痕が目立っている。


 しかし、そのような状態にも関わらず彼を注視すると、年が若くて、凛々しく端正な顔立ちの美成年であることを認識すると、彼に興味をそそられ羨望の眼差しで見つめた。


 彼の容姿を見て興味津々になった桃佳は、この国の王に声をかける。


「ねえ、あなたが……この国の王様でしょ?結構イケメンじゃない!?想像していたのと全然違ってかっこいいんだけど!!」

「……!!」


 すると、子瑞は彼女のその嬌声に気づくと、疲労が溜まった状態であるにもかかわらず、今まで自ら感じたことがなかった欲求が芽生えた。

 そして胸が灼熱のように熱くなるのを感じたのであった。

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