10話

 桃佳は玉帝ぎょくていよってここ靜耀せいように転移した。


 その場にいた少女が『服装が破廉恥だ』と言われた通り、自分の服装を確認した。

 するとそれが濡れて巨乳がブラウスが透けてその下のブラジャーがずり落ち露わになったことに気づいた時には遅く、羞恥の念に駆られ胸元を腕で隠す。


「ちょっとアンタ、こっち見ないでよね!」

「じゃあ私が、何か服持ってきてあげるから、そこで待ってなさいよ」


 すると、少女は煩わしそうに言うと、門をくぐって靜耀の街の中に行ってしまった。桃佳は、この少女が取った行動が理解が出来なかった。


 それから数10分して、嫌な顔をしながら、少女はどこから取ったのか、女性用と思われる着物のような短い上衣とその帯、そしてズボンのようなものと合わせて持ってきた。


「あのさぁ……この街全部焼かれたから、これしか服がなかったんだけど。あんたの胸大きいから、大きさに余裕があるのを持って来たわよ」


 少女が持ってきたその服は、彼女が着ている服ほどでよりも汚れている。


 桃佳は持って来た服に着替えろと少女が言っているのは分かった。


 彼女も乾く気配もないこの制服を着て、この世界の人間に醜態を晒したくなかったので、この汚れた服に着替えなければいけないのだった。


 桃佳はこの四鵬神界しほうしんかいに転移した挙句、そのようになりたくなかったため、少女一人しかいない今の状態でなければ着替える機会がなかった。


 桃佳は少女が持って来た汚れかけた上衣とズボンのようなものを受け取ると、靜耀の街から出る際にくぐった門の陰に隠れた。


 桃佳は、周りに誰もいないか確認した。自分以外の生きた人間は門の外で腕組んでいる少女だけが待っていた。


 桃佳が意を決して、制服のブラウスを脱ぎ、ブラジャーの上に着物の上着を羽織って帯を結ぶ。

 しかし、桃佳は着物など七五三の時以来着ていないので、うまく自分で着付けられなかった。この着物は持ち前の巨乳のせいでも胸元がはだけたが、ブラジャーだけでもかろうじて隠すことが出来た。


 上着を着ると、一瞬ためらって辺りに少女以外誰もいないか確認してから制服のスカートを脱ぎ、素早くズボンのようなものに履き替えた。

 桃佳が着替えると、その服の汚れが気になってしょうがなかった。


 桃佳は着替えを済ませて門の陰から出てくると、少女はふくれっ面で桃佳が来るのを待っていたようだった。

 そのような態度を取る彼女に対して、桃佳は自分のプライドが逆なでされたことに怒りをあらわにする。


「ちょっと、この場で着替えたけのがどんだけ恥ずかしかったか分かる?そんな顔しないでよね。っていうか、こんな服しか無いわけ?この世界って」

「あんたが着ていた服の方が変だから」


 桃佳は自分がこの世界の服について文句を言ったが。少女はそれを無視して、おもむろに桃佳に問いかける。


「そういえば、あんた名前はなんていうの?私は恵良けいりょうっていうの」


 桃佳は少女が恵良と名乗ったため、自分も名乗らなくてはと思い、自己紹介する。

「私は星桃佳せいとうけい……あれ、私そんな名前だったかな?」


 その辺に落ちていた小枝を拾って『星桃佳せいとうけい』と地面に書いたが、今まで元の世界では『星野桃佳ほしのももか』という名前だったことを思い出そうとした。

 しかし、彼女はごく自然に『星桃佳せいとうけい』と名乗った。桃佳は自分がやったことに疑念を持った。


「えっ……あっ、ちょっと待って。私名前違うよね?だって私そんな名前じゃなかったし、元の世界では違う名前だったよね!?」


 恵良は桃佳が名乗った二つの名前のうち、『星野桃佳ほしのももか』と言う名前の違和感を指摘した。


「あんたの名前は、『星桃佳せいとうけい』なんだよね。『ホシノモモカ』って名前おかしくない?それに『元の世界』っていたけどあんた頭狂っているわけ?」


 桃佳はこの世界になぜ来たのかということを指摘され、自分が元いた世界から玉龍によって仙空界に召喚され、そこで玉帝が自分をここに転移したことを必死に恵良に伝える。


「だから、あんたが私を『頭狂っている』って言うけど、ホントの話だから!名前も幻世ゲンセとこっちでは違うけど、自分でも分かんないの!」

「あんたさぁ、この四鵬神界に元の世界から来たとか言っていることが私には理解が出来ないんだけど」


 桃佳は10歳程の子供にバカにされたうえ、完全にナメられていることにショックを覚えた。

 しかも桃佳はこの時、仙空界で玉帝達が言っていた『幻世』と漢字で書いて『ゲンセ』と読むことを元から知っていたかのように、認識していた。


「もう……いいじゃん。私でも説明つかないし、私を変質者扱いしないでよね!私は、理由があってここに転移したの!玉帝が言うには……」


 桃佳は玉帝が言っていたことが確実なのかはどうだか解らないが、それを恵良に告げる。


「さっき言ってた玉帝がね、ここ靜耀せいように……この冬亥国だっけ、この国の王様が来ているの!!悪い奴に王位を簒奪されたの!!」

「えぇッ!?主上が簒奪されたっていうの!?簒奪した奴が禁軍にここを焼き払わせたってこと!?」


 桃佳が言うことを恵良はそれを聞くまで先ほどまでの態度とは打って変わって、顔から不安の顔が浮かび上がる。


「ど……どどどうしたの急に!?」


 桃佳は彼女に対して素っ頓狂な声を出してしまった。しかし、恵良は知っている。

 この国の王、泉子瑞せんしずいは争いを忌み嫌うどころか、臆病で何もできないただのお飾りであるということを。


 しかも母である先王、甄祥しんしょう亡き後に彼女の遺言に従い即位したとはいえ、妹萊珠りしゅとの王位継承争いの渦中にあり、萊珠を支持する妹王派の官に兄王派が劣勢を強いられている。


 ――――そのような王なら、隙あれば簒奪されてもおかしくはない。

 それは、恵良でも分かることである。そして彼女は、桃佳が先ほど言ったもう一つの事柄にも引っ掛かり、国王の行く末を案じて聞く。


「それって主上がここに向かっているって本当なの!?王位を簒奪されて順羽じゅんうから抜け出して来たってことなの!?」

「そうなの!私はその王様を救うためにここに転移されたの!!」


 恵良は桃佳が言うように、この国が苦境に立たされた状態にあることを理解し落胆した。

 それでも恵良は桃佳が言っている『この国を救うために転移された』という文言が相変わらず理解しかねた。


 すると、恵良は桃佳が持っている奇妙な杖の存在に気づく。それは桃佳が玉帝から渡された覚龍杖かくりゅうじょうだった。その持ち主は、この杖の存在をすっかり忘れている。

 恵良はこの杖を指差して、桃佳に聞いてみる。


「そんなことよりあんたが手に持っている、翡翠の玉をくわえた龍が巻き付いている杖ってあんたのじゃない?」

「あぁッ!!これ大事なものなの!これが無いとこの国は助からないの!」


 そう言って桃佳は、恵良にこの覚龍杖がこの冬亥国を救うために、必死に説明し始める。

 桃佳は石者山せきしゃざんにある玄龍祠げんりゅうしに行って、この杖に付いている覚龍珠かくりゅうしゅに玄龍の魂を宿らせて、召喚しなければならないことを伝えた。

 そして桃佳は恵良に尋ねる。


「石者山ってどこにあるか知らない?」

「石者山?それなら杜州としゅうにあるけど」


 恵良は疎ましそうに桃佳にそう告げると、それを聞いた桃佳は杜州にあることが分かり歓喜した。


「本当?そこに行けばいいんだ、教えてくれてありがとう!!」

「私、杜州の出身なんだよね。さっきも言ったけど、そこからここ靜耀に売られて連れて来られたのよ。でも、お父さんとお母さんに会いたいよ……帰りたいよ……」


 桃佳は行き先が分かると舞い上がっていたが、恵良自身は故郷が恋しくなってしまった。


 桃佳が浮かれているなか、恵良は彼女があまりの頼りなさを見てこの国を救うことが出来るのかどうか不安になった。


 だが今桃佳は、恵良とともにこの靜耀に来るはずの冬亥国王のしずいが来るのを待つしかなかった。

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