58話

 遂に子瑞しずい一行は、王都順羽じゅんうに辿り着いた。

 伯黎はくれいによって彼が王位を簒奪され、ここ順羽の黒智宮こくちきゅうを抜け出して23日ぶりにやっと帰ることが出来た。


 子瑞はこの間、流榮騏りゅうえいきを求めて、石者山せきしゃざんまで彼を訪ね、その念願かなって彼を連れてくることが出来た。


 その道中で戦闘要員として不可欠な仲間が出来た。それが、昌信しょうしん桃佳とうけい、そして後宮の女官である蓬華ほうか茜華せんか、石者山から榮騏とともについて来た半妖の蒙蒙モンモンだ。


 他にも、蓬華らと同じく女官の萃慧すいけい半魔はんまの姿で哥邑かゆうの村を襲い、子瑞が携えていた陽招鏡ようしょうきょうで人間に戻った綾菜りょうさいも加わった。


 順羽に着く前に子瑞と昌信、榮騏、蓬華と茜華は、趙蕭で身につける暇がなかった甲冑を装着している。

 

 彼らは既に武器を手にしており、彼らのうち昌信も器現輪きげんりんから自分の武器である凍牙槍とうがそうを召喚していた。


 22日ぶりに戻って来た順羽の約20丈(46m)以上もの高さがある城壁を彼らは馬から降りて窺った。しかし何もかも霧に溶け込こんでしまい、その影を窺えることが出来なかった。


「何だ!この霧は!!何も見えねぇじゃねぇか!!」

「一体どういうことなのだ?」


 子瑞らは順羽城外から1里(468m)離れた場所にいた。そこは、順羽に向かう街道の道中の林から抜け出すところだった。

 小手を額にかざして、順羽があるはずの方角を見た榮騏は、見えないその姿に驚嘆してしまう。子瑞らの周りには、不穏な空気が漂った。


 木々の陰から映るはずの順羽は、凄まじく燃える炎でもくもくと煙を焚いたかのような霧で姿を消してしまった。

 この状況を見た萃慧は、不安な気持ちを表してこう言った。


「これだと、順羽に入るにはどうすればいいの?」

「さあ……、ここから一番近い城門は、東南東の鶉尾門じゅんびもんだが……どうすればよいのか」


 子瑞がそう言ったその刹那のことだった。不意に自分達を乗せていた馬が耳を立て、急にそこから離れてしまった。


「はッ!やばい、おめぇら!!伏せろ!!」


 それに気づいた榮騏がそう喚いたと思いきや、彼以外は全員何が起きたのか分からなかった。

 ただ急に彼が発せられた警告に戸惑いながら、皆身体を伏せざるを終えなかった。


 すると、順羽の城壁から『ビュンッ』と大きな音がたったと思いきや、何かするどく尖った物が勢いよくこちらの方に放たれたのだった。


 それは、弾丸のように駿速に弾き飛ばして疾風を吹かせ、後方の樹木に刺さった。そして、その樹木は真っ二つに折れてしまった。


 樹木を倒したそれは、長さ4尺(92cm)もある図太いだった。桃佳が思わぬ事態が起きた理由を身を伏せた状態で榮騏に問いただす。


「何なの!?今のは!?」

「これは……連弩れんどだ!!禁軍が城壁の上の歩哨ほしょうからそれでを放ったというのか?俺らを待ち構えていたのか!?」

「何ッ!?連弩だと!?禁軍だと!?伯黎はそこまでして我らを狙っているのか!?いや、奴なら我らの居場所が分かるのか!!」


 その答えに対して子瑞は、驚愕すると同時に恐怖を感じた。伯黎はここ順羽から東南東に1里離れた場所に自分達の流気りゅうきを辿ることなど容易かった。

 

 そのためこの深い霧の中でも彼らは、自分たちの居場所を寸分の狂い無く突き止めることが出来ることを理解していた。


「おい、連弩って何のことだ!?兵器なのか!?」

「あぁ、そうだ。連弩というのは、城壁に設置して使ういしゆみのことだ。しかもバカでかい大きさのな。その名の通り、連続で何発も撃つことが出来る」


 連弩について昌信が問いただすと、蓬華が説明した。だがそれどころではなく、2発目、3発目と『ビュンッ、ビュンッ』と音を立てて次々と連弩からが子瑞たちに向かって撃っていく。

 

 その名の通り、矢継ぎ早に禁軍の連弩による攻撃は止まなかった。それにより、子瑞らは立ち上がる暇すらなかった。


 禁軍による攻撃が休む間もなく続けられるという事態に女性陣の悲鳴が鳴りやまない。

 このような状況に置かれた桃佳は言い放った。


「きゃああァァ!!こんなんじゃ、どうしようも出来ないじゃない!!」

「あぁ……こうなれば桃佳!お前が玄龍を召喚するしかねぇ!!」


 昌信は最後の切り札を桃佳が持っているかのように言い出した。自らが危機に瀕している中で、桃佳はそれを聞いて急に我に帰った。


「えっ……!?私がここで玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身しろってこと!?」

「そうだよ!!――――っていうかお前、変身しないと玄龍を召喚出来ないのかよ!?」


 確かに桃佳は玄龍を召喚するには、玄龍娘々に変身しなければならない。

 それを知らない、蒙蒙モンモン以外のものは、思わぬ事実が発覚し困惑した。


 しかし桃佳は、変身する際に皆の前で自らの裸体――――しかも全裸にならなければいけない。

 ここでそうするのであれば、連弩からのに撃たれる以前に、自分の醜態を晒す羽目となってしまう。

 

「このままだと、埒が開かない。桃佳、早く玄龍娘々に変身して、玄龍を召喚するんだ!!」

「そうなのだ!!早く変身するのだ!!」

「何で!!今、変身しなきゃならないの!?」


 子瑞からも蒙蒙モンモンから玄龍娘々に変身するように要求された桃佳は困惑した。

 彼女は今の状態であれば、これ耐えることは不可能だとは理解できる。

 だがこれを打破するには、自らが変身しなければならない。


 そうとなれば、桃佳自身の裸を見られてしまう。そのため彼女は羞恥の念に駆られざるを得ない。

 しかも、桃佳は蒙蒙モンモンには変身する様子を見られていたが、彼女以外の人間にまで、その瞬間を見られることは恥辱と言っても過言ではない。


「嫌だよ!そんなの!!玄龍を召喚しなきゃ、突破することが出来ないっていうの!?玄龍もなんか言ってよ!!」


 玄龍娘々への変身を要求され、窮地に立たされた桃佳は、今時点で馬の姿になって連弩の攻撃を受けないように除け続けている玄龍に話を振った。


「何を言っておるのだ!!我が君は玄龍娘々にならねば、我は真の姿にはなれぬのだ!!はやく、変身するんだ!!」

「でも、それどころじゃないよ。連弩による攻撃が……」


 すると、城壁の禁軍からの連弩による攻撃が止まった。それをチャンスだと子瑞は、桃佳に対して声を張り上げた。


「今だ、桃佳!!奴らの攻撃が止んだ隙に、早くここで、この場で変身するんだ」

「ハァ!?ここで!?嫌に決まっているじゃない!!」


 どうしても桃佳は、自身のプライドを捨てたくなかった。

 変身することで、皆から――――特に男性陣からどんな目で見られるかを想像すると、ゾッとするどころではない。


 桃佳は玄龍娘々へ変身しなければ、子瑞の王位奪還を果たせない。


 それを考えると悶々と苦悩してひどくガンガンと岩を頭部にぶつけられたような頭痛と眩暈に見舞われた。


 だが連弩による次の攻撃が再開してしまえば、変身する機会を逃してしまう。


「あぁ……桃佳が玄龍を召喚しなければ、余は王位を奪還出来ぬ。もう、余の命運は尽きてしまうのか……この冬亥国とうがいこくの民草を見捨てることとなるのか……」

「ほら、桃佳!!お前のせいで、子瑞がこんな弱音を吐いてんだぞ!!お前はこの国を、四鵬神界しほうしんかいを崩壊させる気か!!」


 子瑞は自分から王位を失うので、桃佳が玄龍を召喚するように嘆願した。

 それを聞いた榮騏は、この世界を運命が掛かっていることを理由に、直ちに桃佳の変身を凄まじく押し迫ったように要求した。


 目眩や頭痛が治らないなか桃佳は、子瑞からの請願を聞いて、玉帝ぎょくていから四鵬神界しほうしんかいに転移させた理由を思い出しす。


――――私は、子瑞の"王位奪還"を、四鵬神界を救うために……


 遂に桃佳は意を決して立ち上がり、今自分達がいる地点より、順羽とは逆方向のその城壁から自分の姿を窺うことが出来ないほど、林の奥深くまで走った。


「おい、桃佳!どこに行くんだよ!?」


 それに気づいた昌信が声を上げた瞬間、彼らは桃佳の行動を予測することが出来なかった。


 しかし子瑞はその理由を理解出来たのか、深刻だった表情が明るくなった。


「いや、そうじゃない!桃佳がやっと変身してくれるのだ!!」


 その時桃佳は子瑞の上げた感嘆を聞いて、羞恥とプレッシャーを感じ周りを見渡して、誰もいないところまで走り抜いた。


 そして桃佳は、子瑞らの姿が見えなくなったことを確認し、遂に小指に珠現輪しゅげんりんをはめた右手を上げてこう叫ぶ。


でよ、玄龍!!玄龍的威力起動ブラックドラゴンパワーウェイクアップ!!!」


 右手に覚龍珠かくりゅうしゅが現れ、それをガシッと握ると、“玄”の文字がそこに浮かび上がり水平に回転した。


やがて、桃佳の着ていた上衣とズボンくつ、そして下着が消えて、ありのままの自分の姿となり、身体中を紫黒の閃光が包んだ。

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