57話

 蒙蒙モンモン趙蕭ちょうしょうの城門の楼閣にいる半魔はんまどもの親玉に立ち向かっていったが、彼はそこから姿を消した。その場所に蒙蒙モンモンが着いた時にはもういなかった。

 そして親玉は子瑞しずいらの周辺を、目にも止まらぬ速さで跳び回っている。


 そのため彼らはその位置が分からないまま、焦燥するばかりだった。


 その最中桃佳とうけいは、自分の耳に先ほどまで執拗なまでに念話テレパシーを使って玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身するように要請されていたため、頭痛と眩暈がひどくなっていた。

 しかし親玉が現れてから、彼の声がしなくなった。


 その直後のことだった。


『―――そこだ!!』

『えッ!?どこにいるの!?敵が!?』


 急に玄龍の声がして桃佳が答えた刹那、城市の崩壊した建屋の瓦礫の陰から一頭の紫黒の鬣を纏ったくろい馬が、駆け上がって跳躍した。


 子瑞らはそれに気づくと、急に馬の姿の玄龍が現したことに、ハッと虚を突かれた。


「何だあれは!?玄龍か!?」

「今までどこにいたんだ!?」

 

 するとその跳び上がった玄龍の描く軌道の途中で『ドカッ』と大きな打撃音が聞こえた。


 そのあたりの空間から、親玉がまるで玄龍から突撃を喰らったかのような体勢で現れた。そしてその身体は、地面に打ち付けられた。


 どうやら玄龍は、目も眩むほどの速さで移動していた親玉の姿を捕らえていたようだった。


「玄龍!!どこから出て来たの!?」

「我が君、我が半魔の動きを捕らえきれぬとでも思っていたのか!?しかし、中々手ごわかったぞ」


 思わぬ助太刀に子瑞は予に驚愕したが、すぐさまこの機を逃すまいと冷迅刀れいじんとうを構え、攻撃態勢に入った。


「よし、今だ!余の氷斬撃ひょうざんげきの威力を見るがいい!!」


 子瑞は地に倒れた状態の親玉に冷迅刀を振るい、氷斬撃を喰らわせた。それにより、彼の身体が縦に大きく斬り込むことが出来た。

 そして、濁った血を多量に噴出した親玉の体が、雑魚と違ってゆっくりと斬り口から徐々に凍りつき始めた。


 これで、最後まで姿を現さなかった敵の親玉が、玄龍と子瑞との連携プレイによって戦闘不能とすることが出来た。


「それにしても玄龍、お前何で親玉の居場所が分かったの?」


 桃佳はその手柄を立てた玄龍に、親玉の居場所を掴むことが出来たのか疑問を投げかける。


「奴は流気を人間には感じられないほど弱めていて、いくら目にも捕らえきれぬ速さで動き回っていたが、我にそやつの流気を辿って動きを読みつかみ取る容易いことだ」

「へぇ!!やっぱり、今は馬の姿でも正体は”龍”だからそれぐらい出来るんだ!!でもアンタ、ちょっと調子乗ってんじゃない?」


 思わず自慢げ理由を告げた玄龍に対して桃佳とうけいは彼女に感謝しつつ、得意気になっていることを指摘した。


 そして子瑞は全身が凍りつく前に親玉の元へと向かい、冷迅刀を首に付けて低く唸るような声で脅迫する。


「何故うぬらのような半魔が、伯黎はくれいの命で我らを襲ったのだ!?」

「……くッ、教えてやろう……伯黎様がそうさせたというのは、我らは元々人間で、黒智宮こくちきゅうの官だったんだ。それで……」

「それでどうしたというのだ!?うぬら官どもは、なぜそのような姿をしておるのだ!?」


 そこまで言った親玉だったが、子瑞は更に声高々に脅し文句を彼に吐く。


「それは……伯黎様が5日ほど前に、我らの身体に陰昇玉いんしょうぎょくを当てて……半魔の姿に……変えて……」

「じゃあ、私と同じやり方で伯黎に半魔に変えられたってことなの!?」


 ことの詳細を親玉が吐くと、それを聞いた一行は驚きを隠せなかった。特に綾菜りょうさいは、彼らが自分と同じようにされたことに恐怖心を抱いてしまった。


 もし、彼の言う通りであれば、哥邑かゆうで半魔に変えられていた綾菜が襲撃したのが5日前だった。

 とすると、それ以前に彼女が春寅国王しゅんえんこくおう哉郭さいかくによって半魔の姿に変えさせられた。

 その時点で、伯黎から哉郭へそのことを伝えた伝鴇でんほうが届いていたのであった。


 それにより前に、ここ趙蕭を襲った半魔どもは、伯黎に姿を変えられていたというとこだった。

 そして彼らが黒智宮がある王都、順羽じゅんうから待つ女官達がいる趙簫に、子瑞ら哥邑から戻ってくる前に赴いたということとなる算段だ。


 子瑞はことの展開を把握し、横たわる親玉の首の上に冷迅刀の切っ先を下に向けて構え、凍りついた親玉の胴体を踏みつける。そして、すごい剣幕で親玉を睨みつけ、凄みを効かせて脅迫を続けた。


「そうか……そういうことだというのか――――弱き民草の命をそう易々と踏みにじるとなど、余は貴様らを、伯黎を許さんぞ!!」


 そして子瑞は冷迅刀を振り下ろし、親玉の首根っこを上から貫いた。その斬り口から噴き出した濁った血が、その頭部までもが凍りついていった。

 こうして、親玉の命は事切れたのだった。


 これにより、親玉はまだ生きていた雑魚の半魔どもとともに、全員身体が爆ぜて血を勢いよく辺り一面にまき散らした。


 こうして子瑞らは、趙簫を伯黎の命で襲った全ての半魔を討伐することが出来た。


「これで、もう半魔は皆征伐することが出来たな――――しかし……」

「嫌アアァァ!!燕寿えんじゅも……他のみんなも……」

「私達がもっと早く、ここに着いていたら……」


 この趙簫で子瑞一行が石者山せきしゃさんから戻って来るのを楽しみにしていたであろう女官達は、半魔どもに弑されてしまった。


 同じ女官である萃慧すいけいは同胞を失ったことに悲哀が募り、地に伏せ顔をうずめ慟哭した。

 蓬華ほうか茜華せんかもそれを避けることが出来ず、悔し涙を流すこと他なかった。


 いくら子瑞らによって半魔を全員撃退したとしても、女官達どころか趙簫の住民もみな彼らによって皆殺しとなってしまった。


 その輩を亡き者にしたにもかかわらず、ここにいる女官の3人はもちろん、彼女らを含めた女官達はいつも子瑞に仕えていた。


 しかし、彼女らを失った子瑞は膝を地に付け、冷迅刀を投げ捨て、戦い疲れ切った身体が折れてしまう。


 そして彼は号泣し、拳を何度も地に何度も打ち付けてしまった。


「余が……至らない王だから、伯黎のような者に簒奪され、女官達まで犠牲となってしまった。彼女らに何の罪もないのに……こうなったのも、全部余のせいだ!!」

「主上!!そのようなことを申さないでください。主上は何も悪くはないのです。悪いのは伯黎なんですよ!!」


 全ての一切の責任を自分に背負わされたと嘆く子瑞だったが、彼に対して声を上げたのは、何と萃慧だった。


「そうだよ子瑞くん。萃ちゃんの言う通りだよ。全部こうなったのも伯黎がいけないに決まってるよ!」

「確かに悪いのは、伯黎に決まっておる。このままでは多くの官が半魔に変えられ、民草が殺されるのであれば、王として許さんぞ!!」


 桃佳にも促され、このような王位の簒奪を引き起こしたという一番の原因をつくったのは、言わずもがな伯黎である。

 その為、子瑞は彼から王位を奪還せねばいけない。


 それを聞いた榮騏えいきは、思い出したように声を上げた。

 

「じゃあ、早く行かねぇと、順羽はやばいことになってるんじゃねぇか!!」

「しまった!ここで、これ以上悲しんでも、順羽に向かわねば!!早く王位奪還を果たして、死んだ民草の仇を取らねばならぬ」


 萃慧ら女官を含め周りの皆も子瑞の言う通りだと、理解したようだ。

 

 こうして、子瑞らは本来の目的である伯黎からの王位奪還の目的を達成することを、改めて心に銘じたのであった。

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