59話

 順羽じゅんうが全てが霧に囲まれる中、子瑞しずいらは度重なる連弩れんどによる攻撃を受けていた。


 それを打破するには、馬の姿になっている玄龍げんりゅうを本来の姿にして、連弩を撃ち続けている禁軍を撃破しなければならない。


 しかし、玄龍を龍の姿へと変わるには桃佳とうけい玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身せねばならなかった。


 桃佳は最初躊躇っていたが、子瑞らの嘆願を受け入れ、意を決してそれを実行しようと子瑞らの前から姿を消した。


 誰も目につかないように、桃佳は玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身した。


 こうして桃佳はる紫黒の閃光に包まれ、着ていた上衣もズボンくつ下着も全て消え失せて、彼女の何もかもが露となった。


 次から次へと目まぐるしく姿を変えていき、玄龍娘々として変身し終えた。


 やがて桃佳を包んでいた紫黒の光が消えていく。


 ――――しかし、桃佳は激しく羞恥の念にかられる羽目となった。


 それは変身を終えた桃佳の周りに、順羽城へと向かう林の出口にいたはずの子瑞しずいらが、木々の隙間や灌木の陰から顔を覗かせていたからである。


 今度はただでさえ、玄龍娘々に変身した後も露出が際どい服装をしていた。

 その上、変身する際に再び全裸となった姿を男性陣3人に見せてしまった。


「キャアアアアァァァァッッ!!!何でここまで来たのッ!?」


 それに気づき、桃佳が自分の裸を露にされたので、あまり衝撃を受け絶句した。

 その上彼女は背を向けてしゃがみ込み、顔を紅潮させた手で隠し、その下から卑しいものを見る目を彼らに向けてしまう。


「桃佳、何だったんだ!?何故あんなけしからぬ姿となったのか!?」

「ウヒョヒョ!しかと目に入れたぞ!嬢ちゃんのプルンとした巨乳がたまらないんだわな!!」


 異性である3人のうち、子瑞と昌信しょうしんは思わず、桃佳が変身する一部始終を目の当たりにして、顔を両手で覆っていたが、やはり指と指の隙間が空いていた。


 そして、桃佳曰く『スケベジジィ』こと榮騏えいきは前回失神して見れなかった彼女の裸体を見ることが出来た。

 その容姿のあまりにも彼の性欲に刺激をもたらし、興奮して恍惚の笑みを浮かべ、骨抜きになってしまった。


 それを見ていた、蒙蒙モンモンは相変わらずの桃佳はしたない様子を見て呆れかえっていた。


 そして彼女を除いた女性陣4人はというと、桃佳が全裸になった姿を見て目がキョトンとしていた。


「ああアアァァ!!もうッッ!!だから言ったじゃん、変身したくないって……」

「そ……そんなことより、早く玄龍はどうなったのだ!?」


 桃佳にドン引きしていた蒙蒙モンモンは、玄龍がどうなったか疑問を発した。


 先ほどまで一行がいた場所に置かれた馬の姿の玄龍が、龍の姿になったのかどうか彼女含む全員が気がかりとなった。


 その刹那、空を隠していた林の木立から空を見上げると、真っ暗になったと思いきや紫黒の閃光が天高く煌めいた。

 それが蛇行した光となって、龍の姿となった玄龍が現れた。


「あッ!!あれが玄龍なのか!!でかいな!!」

「とりあえず、戻って見てみよう」


 蓬華ほうか茜華せんかは、初めて龍の姿となった玄龍を見て、相当驚いたようだ。

 彼女らの上げた声に合わせ、子瑞らは先ほどまでいた林の出口へと急いで戻った。


「我が君、早く我の元へ来るのだ!」

「えッ、玄龍!?ちょっと、待って!今行くから!!」


 桃佳も慌てて、彼がいる場所へと向かった。


 林を抜け順羽の城壁が見えるところまで来ると、さっきまで城内を覆っていた霧がそこより手前が晴れていた。

 それまで見えなかった順羽の東南東の城門、鶉尾門じゅんびもんが霧の間から覗かせていた。


「うわあ、なんて大きい龍なの!」

「いつ見ても、荘厳だな!」


 改めて一行は、先ほどまで木立に覆われて見えなかった龍の姿となった玄龍を見た。

 彼らのうち、その姿を一度見たことのあるとはいえ、萃慧すいけいも昌信もその姿に圧倒される。

 その崇高な雰囲気を生み出しているくろい龍は、身体をゆっくりとうねらせ、城壁に配した兵を雷を発しているような双眸で睨んでいる。


 城壁の歩哨の上にいる禁軍の兵は、いきなり霧が晴れたと思いきや、度肝を抜くような光景を目の当たりにし、動揺している様子がうかがえる。


 それまで霧で隠れていた順羽の城壁が見えるほど霧をなぜ玄龍が晴らしたのか、榮騏はその原因が分かったようだ。


「――――そうか!この霧は伯黎はくれいの術で起こしたんだ!だが玄龍はそれを晴らしたということか!!」

「それって、どういうこと?」


 それに対して桃佳は彼に問いただした。それについて、榮騏が答える。


「要するにだ、奴は陰昇玉いんしょうぎょくを使ったから、水徳の陰の流気を用いた術で霧を起こしたんだ。それに対し、玄龍は同じ水徳でも陽の流気を使う。その二つが"陰陽消長いんようしょうちょう"して陰の流気が陽の流気に転化したってことだよ!」

「そうなのか!」


 榮騏の陰と陽との流気の性質についての説明に桃佳も昌信も納得した。


 しかしそうしている暇もなく、再び禁軍が『ビュンッ』と連弩からが撃たれる音が聞こえた。それを耳にした子瑞は警告した。


「まただ、皆伏せろ!!」

「ええッ!今度は玄龍が狙われるんじゃない!!」


 一行はみな林の中に姿を消して、に撃たれないように体を伏せた。


 すると今度は、城門に姿を現している無防備な玄龍を狙って、複数の連弩から撃たれた数十本ものが向かっていた。

 それを見た榮騏が声を張り上げた。


「おい!あれは、ヤバいぞ!!」

「ああッ!!玄龍、危ない!!」


 桃佳は危機が迫っている玄龍を見て、彼の身を案じた。


 玄龍に連弩から撃たれたが刺さろうとしたその瞬間だった。


玄龍瀑流降げんりゅうばくりゅうこう!!」


 何と!!玄龍に数十本ものが刺さる寸でのところで、彼の口から目まぐるしい勢いで激流を放った。

 そのおかげで、彼に向かって撃たれた全てのが、瞬く間に瀑流降によって払われ、消滅した。


「おぉ!!玄龍が瀑流降を放ったぞ!!」

「これで私達は、に当たらずに済むね!!」


 そして玄龍が吐きだした激流は、城壁にいる禁軍の兵に向かって放っていった。

 それを見た子瑞らは、彼の能力に期待を込めた。


「よし!!このまま禁軍どもを蹴散らすんだ!!」


 しかし、ことは上手くはかどらなかった。


 城壁の歩哨にいる禁軍の兵は、玄龍の出現とその攻撃によって憔悴して右往左往していた。


 それにも関わらず、激流は城壁の外側に当たった瞬間、紫黒の障壁が出現し跳ね返されてしまった。


「えッ!?どういうことなの!?」

「これは……伯黎によって結界が張られているようだ!!」

「まるで玄龍の攻撃から、侵されないように張られているみてえだな。でもーーーー」


 子瑞と榮騏が言った通り順羽城内は結界が張られているようだ。だが榮騏はそれを案じる必要が無さそうに言う。


「ほら、見てみろ!!」

「あッ!!ヒビが入ってない!?」


 すると城壁に張られた結界は、玄龍の吐き出す激流に押されて、ヒビが入りだした。

 やがて結界が容易く『バリッ』大きな騒音をたて破られたと同時に、激流によって城壁が崩落していった。


「な!!言った通りだろう!!これも“陰陽消長”の原理でこうなったんだ」

「そういうことか!!これで、順羽の中に入れるな!!」


 榮騏と昌信、そして桃佳は鶉尾門が崩落したことで、城内に入ることが出来るようになり喜悦した。


 しかしその一方で子瑞は、顔に苦渋な表情を浮かべていた。


「あぁ……、城壁が崩れてしまった……建て直すのに、多くの民草が夫役に課せられなければならない」

「でも主上、これで順羽の外城にでも入ることが出来れば、黒智宮こくちきゅうに一歩どころか千歩も進んだじゃないですか」


 この冬亥国とうがいこくの民草のことを憂う子瑞だったが、蓬華はそれを宥めた。


「でも、主上が王位奪還すれば、民草が夫役に課せられても、快く受け入れてくれますよ!」

「そうですよ。このまま王位を奪還できないままでは伯黎は民草にロクなことをしかねないですよ」


 萃慧と茜華が言った通り、このまま伯黎に王位を簒奪されたままでは、この国も四鵬神界も崩壊してしまう。


「そうだな……、余がまた一から順羽を、冬亥国を建て直さなければならないな」


 子瑞がそう言って立ち直ると、皆王位奪還に向けて士気を上げることが出来た。


 こうして彼らは、順羽の城壁の内側の城下町である外城へと踏み込むことが出来たのであった。

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