53話

 子瑞しずいらは、哥邑かゆうの村での半魔はんまと化した葉綾菜ようりょうさいによる襲撃をうけた。

 彼女は陽招鏡ようしょうきょうで人間の姿に戻ると子瑞に見惚れ、彼について行きたいのか、一行に加わった。


 そして、念願叶って石者山せきしゃざんから流榮騏りゅうえいきが子瑞一行に加わった。


 一行は哥邑をその翌日に発って、子瑞の王位奪還のため、王都順羽じゅんうへ向かう街道を辿った。


 子瑞は哥邑にいた時は風除けを被っていなかったが、そこを発った時から艶やかな紫黒の髪を隠して、冬亥国とうがいこく王だとバレないように被っていた。


 綾菜は半魔だった頃から着ていた服がボロボロになっていたので、萃慧すいけいが祖父の家から上衣とスカートを持って来てそれに着替えていた。


 蒙蒙モンモンも、榮騏が子瑞とともに順羽へといくので、自分を石者山に戻らずに彼ら一行に加わった。


 哥邑から順羽に向かう街道が通る哥邑と同じ杜州としゅう彭郡ほうぐん塘県とうけんの県都降渡こうとへと向かった。


 榮騏が降渡に着くまで徒歩だったので、馬屋で一頭の黒鹿毛の体格の大きい馬を購入した。


 彼以外は子瑞と昌信しょうしん蓬華ほうかと綾菜を、茜華せんかと萃慧をそれぞれ後ろに乗せ、二人一頭ずつ騎乗していた。


 そして桃佳とうけいは馬の姿になったままの玄龍げんりゅうに乗っていた。

 しかし桃佳は、何度も玄龍から落ちそうになった。かと言って彼は、桃佳以外の者を背中に乗せることを許さなかった。

 そのため桃佳は上手く乗りこなせないので、徒歩だった榮騏に玄龍の手綱を引いてもらわなければ乗れなかった。


 それでも馬になった玄龍は、榮騏に対して桃佳を乗せた状態で抵抗したため、手懐けるのに一苦労した。


 ちなみに蒙蒙モンモンとは自前の体力と脚力を駆使し、徒歩で子瑞らについて来ていたのだった。


 一行は宿へと向かい彼らが乗っていた馬を、そこの厩につないだ。


 馬の姿になった玄龍は自分の主である桃佳にこう告げた。


「我が君。玄龍娘々になっておらぬ時はあの姿ではいられぬが、今の我の背中におとなしく乗れぬのは勘弁してもらいたい」

「もう龍の姿になれないんだよね?。それにアンタ、馬になってくれたのに、私以外乗せないから仕方なく乗ったんだけど。乗せるのが嫌だったわけ?」


 玄龍は乗馬体験ナシの桃佳に苦言を吐いた。それに対して桃佳は、彼に文句を言い返した。さらに、間髪入れずに玄龍に不満をぶちまける。


「それとさぁ、玄龍は今はずっと馬の姿だけど、私が玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身するときは龍の姿になるよね。そうじゃないときはいつも馬の姿なわけ?」

「……それはだな、我が君が玄龍娘々になっておらぬ時は、この姿でなくても我が君の珠現輪しゅげんりんを嵌めた右手を我にかざせば、それに付いたぎょくに収まり、姿を現さずに済むぞ」


 桃佳は玄龍がいつまでも、馬の姿でいられると煩わしいかのように聞いた。玄龍はちゃんと自分の姿は消せることが出来ることを教えてやった。

 更に玄龍は話を続ける。


「それと我を馬の姿で召喚するときは、我が君が珠現輪を嵌めた右手を差し出せば、我が君の意のままにそうすることが出来るぞ」

「そういうことは、早く言ってよね」


 玄龍は桃佳がそれに気づいていないのて、どうにかしたいと思って聞いたのだった。

 こうして桃佳は、馬の姿の玄龍を珠現輪に収めようと、右手を玄龍にかざした。すると、彼の姿がゆっくりと消えていった。



               * * *



 子瑞一行は宿に入ると、彼と昌信と榮騏、桃佳と蒙蒙モンモンと萃慧、綾菜と蓬華と茜華で三人ずつ各一部屋ずつ泊まることになった。


「私が桃佳と蒙蒙モンモンと泊まる部屋ってどこかしら?」

「この回廊の先の角を曲がったところにあるのだ」

「あっ萃ちゃん、蒙蒙モンモンもちょっと待ってよね」


 桃佳らが泊まる部屋へ萃慧と蒙蒙モンモンが行ったので、桃佳もそこへ行こうとした。

 しかし、それを見計らったのかのように何者かが桃佳に声をかける。


「桃佳、ちょっといいか?あと子瑞も。お前らに話をしたいことがあるんだ。来てもらえないか?」

「え……?」

「昌信、お主は何を言っている?余と桃佳に話があるとは」


 子瑞は呼び止められた桃佳とともに昌信から話したいことがあることに疑問に思った。

 だが昌信は、二人に何かを意味しているかのような眼差しを向けた。


 昌信の目を見て、子瑞と桃佳はどのような意味を示しているのかが理解できないままだった。


 それでも昌信は二人に対して背を向けて、そそくさと何処へと姿を消していった。


「おい昌信、どこへ行くのだ!?」

「ちょっと待って!?」


 昌信を見失うまいと、子瑞と桃佳の二人は慌てて彼の後ろについて行った。


 すると綾菜が自身が呼ばれていないにも関わらず、そのやりとりを目撃していた。


(何よ昌信ったら、子瑞にも桃佳にも話があるってどういうことなのよ?)


 子瑞と桃佳まで連れて行った昌信を怪しんで、綾菜はこっそり彼らについて行った。


 昌信は宿の建屋を出て、その敷地の裏にある建屋と倉庫との隙間に入っていったので、子瑞と桃佳もついて行った。


 後ろについてきた綾菜は、ばれぬように彼らが入った隙間の手前の壁に背を向けて様子を見た。


  昌信は辺りを見渡し、人目につかないことを確認して、自らのそばにいる子瑞と桃佳に向き直って切り出した。


「子瑞、お前何で石者山の榮騏の家で、桃佳を抱き寄せたのか?」

「…………!!」


 昌信からの急な発言に子瑞は、驚愕のあまり唖然となったが、すぐ黙りこくってしまった。

 確かに子瑞は桃佳と会ってから見惚れていたが、そこ滞在していた際に思わぬ行動を取ってしまった。


 今まで異性に興味なかったが、桃佳を見た時から常に子瑞の頭の中でいつも彼女のことでいっぱいになっていた。


 子瑞はつぐんでいた口を開いた。


「なぜそのようなことを余に言ったのか!?」

「そうだよ昌信こそ、なんで子瑞くんにそんなこと言うの!?」

「桃佳、お前も子瑞がおかしいとは思わないのか!?いきなり子瑞にこんなことをされて嫌じゃなかったのか!?」

 

 子瑞がその時に起こした行動に対して昌信は、桃佳にも同意を求めたのだった。

 

 確かにあの時桃佳は玄龍祠げんりゅうしにたどり着けるかどうか不安になり、子瑞に泣きついてしまった。

 その張本人は自ら恋焦がれた女性を、好奇心というより情欲に押されて抱きとめたのだと、昌信の主張によって今更気づかされた。


 当時昌信はそれを見て美由びゆうにフラれて傷心していたため、桃佳に心を寄せかけていた。

 にも関わらず、子瑞は自分から彼女を奪い取ったように思えて、嫉妬してしまった。


 桃佳も子瑞に対して今までずっと嫌悪感を抱いたことは無いし、それどころか彼とは親しい仲でいたいとは思っていた。

 ただし、あの時は彼女も不安でいっぱいになって誰かに縋りたかったのから、それを受け入れたのだった。

 だがそんなこととは裏腹に、昌信は自分がその時から溜めていた心情を吐き出した。


「美由にフラれた俺の前で、こんなことをしでかしたものだな!!」

「昌信……そんな風に思っていたの!?」

「余がそのようなことをして、何がいけないというのだ?」


 子瑞が自分を正当化しているかのような、言い草に昌信はカチンと来て声を荒げた。


「ふざけるな!!いけないに決まってるじゃないか!?それに、お前は桃佳のことをどう思っているんだ!!」

「…………!!」


 昌信に訊かれたことに対して、子瑞は唇をかみしめ顔を俯けた。

 昌信が子瑞が石者山での行動が、どういういきさつで起こしたのかどうか確かめるように、彼の顔を覗き込んだ。


 桃佳も何も物を言えなくなった子瑞の顔を伺う。


 それに気づいた子瑞はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「――――昌信、お主は本当に鋭いな……そうだ。余は今まで女子おなごには興味なかったが、桃佳と会って初めて“愛しさ”という感情が芽生えたのだ」

「え……!?子瑞くん、それって……私が、すすす……"好き"だって……こと!?」

「何だって!!それ、本気で言っているのか!?」


 桃佳は子瑞から衝撃の告白を受けて、昌信とともに開いた口が塞がらなかった。彼女は余りにもショックを受けて、身も悶えるような気分になってしまった。


 桃佳のそのような反応を見た子瑞は、それに応じず深くゆっくりと頷いた。

 彼のかおは、普段は色白な地肌を紅く染めいていた。だがその目つきは、彼女に対して隙を見せつけないほど鋭かった。


 その様子を見ていた綾菜も、驚きを隠せずにいた。子瑞らとともに付いて行ったのは彼に見惚れていたからだった。

 にも関わらず子瑞の大胆な行動に綾菜は、自分の何全てが奪われた気分となり愕然とならざるを得なかった。


 そしてその当の本人は、続けてこう切り出した。


「余は……靜耀せいようで桃佳と会った時から、今まで自分と一緒にいた宮女とは違い、何か惹かれるものがあった。それはなんと言えばよいか……」

「突然、私が『好き』だって言うなんて……」

「お前!桃佳をそんな風に思ってたのか!?」


 子瑞は桃佳をこよなく愛しているという気持ちを、最後まで言葉に出すことが出来なかった。その上彼は、赤らめていた顔を俯けてしまう。


 桃佳は今まで自分を救ってくれたことや彼のやさしさが、桃佳自身に対する気持ちがこの時点でやっと伝わった。

 その証拠に、彼女は自分の胸の鼓動に拍車がかかっていくのが分かった。


 昌信から見れば、子瑞が石者山で起こした行動や、この告白といいあからさまな態度を取っているとしか思えなかった。

 彼の突拍子もない言動に、昌信は呆れて何も言えなくなってしまった。


 そして、ここに来て子瑞は、今まで桃佳に取った行動を昌信が咎めたことに対して反論が始まった。

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