51話
それを聞いた、
その視線の先の桃佳の顔は俯き、目をきつく閉じて涙を流していた。そして嗚咽を漏らしながら、震わせた声を上げる。
「
「その名前で呼ぶな!!みんな、どう?これを聞いて、こいつがどんなゲス野郎か分かった!?」
綾菜から話を振られた子瑞達だったが、彼らは目を伏せたまま口を開くことは無かった。
彼らを見下すかのような下目遣いで綾菜は睨みつけていたが、その目線はやがて桃佳に向けられた。
「おい!!今度こそ私に土下座するんだろ!?2学期の終業式の日の下校中の時出来なかったよな!?」
「……確かに……その時、土下座しようと思ったんだよね……でも、私が出来なくて……
綾菜は桃佳に土下座を要求する。しかし、桃佳がそれを受け入れるのかどうか、子瑞らは動揺して何も口に出せなかった。
「それは、お前がグズグズしてたからだろうが!!この卑怯者!!」
「じゃあ、すればいいんだよね?今ここで……」
桃佳はそう言うと、ただしゃがんでいた状態から跪いてた。
子瑞ら三人は、未だ桃佳に何も声をかけられないまま、信じられないものを見るような目を向ける。
一方綾菜とはいうと、自分の思惑通りにことが進むのを愉楽しているのか、満面の笑みをこぼしていた。
「さぁ、そのままひれ伏せるがいい。これまでの恨み晴らさせてもらうから」
「桃佳……こんなことになるとは……」
子瑞はいたたまれない気持ちで、桃佳を見つめる。
――――そして、こう思った。
(このままでは、桃佳は綾菜とやらに屈することとなってしまう。それでも、桃佳はきっと綾菜に申し訳なく思っているに違いない。しかし綾菜はいじめられたのを桃佳のせいにして正当化しているのではないのか?)
子瑞は桃佳が本当に綾菜に土下座してまで詫びる必要があるのかどうか詮索した。
しかしそれも虚しく、彼女は手までも地に着いて体をかがめようとしている。
すると、桃佳がひれ伏す寸前となった瞬間、昌信が綾菜に声を張り上げた。
「待てよ!綾菜。本当に桃佳が悪いのかよ?悪いのはクラスの連中だろ!?」
「黙れ!!お前に私の何がわかる。全部こいつが悪いんだよ!」
「そうだよ、昌信。綾菜の言うことは間違っていないから……」
昌信が綾菜に反論しても、彼女はそれを受け入れるはずがなかった。桃佳もこの状況で、自分の非を認めざるを得なかった。
昌信の諫言も虚しく、桃佳はやがて胴体を地に着かせ、綾菜の前で土下座したのだった。
だが綾菜以外の者は、桃佳に対して情けをかけようとしても、話しかける隙すらなかった。
遂に綾菜に完全に屈して、頭までを地に付けた桃佳だったが、綾菜がこの後取った行動が周囲の者が彼女らに目を向けられないほど悍ましかった。
何と、土下座した桃佳に対して、綾菜は右脚を上げたと思いきや、何と桃佳の背を踏みつけてしまった。
「さっきも言ったけど、お前のせいでいじめを受けて、3学期の始業式の日に自殺したんだ!だから、
更に綾菜は、桃佳の背中を踏みにじって話を続けようとする。桃佳はこのような苦痛を受けながら、彼女を救うことの出来ない子瑞らとともに綾菜の話に耳を傾けた。
「哉郭が
「綾菜、止めるんだ!!このままでは、桃佳が……」
今度は綾菜が話を続けながら、桃佳を何度も踏みつけた。そのため、桃佳の背中にいくつもの
子瑞の綾菜への警告も虚しく、彼女の耳には入っていないようだった。
桃佳はひれ伏せた状態で涙が出続け、嗚咽が収まらなかった。
それにつられて綾菜の目に、涙が浮かんでくる。
「そ、それは……哉郭に召喚された後、私はそいつの慰み者にさせられたんだよ!!」
「えっ…………!!」
綾菜の衝撃の発言によって一同は、開いた口が塞がらなくなった。桃佳は綾菜がそれを口に出したことで、驚愕のあまり顔を上げてしまった。
泣きじゃくりながら告げた綾菜だったが、桃佳はその様子が彼女はその際どこかよそよそしい言動をしているようにも見えた。
子瑞は綾菜にこのような恥辱を味合わせた哉郭に対して、ひどく憤った。
「何だと!?哉郭がお主にそのようなことを……なんて酷い仕打ちなんだ!許さぬぞ!!」
「ひどいよ……綾菜がこんな目に遭っていたなんて……」
「私が転移される前からその後も、今までどれだけ私の人格を否定されてきたか分かった!?」
綾菜は全てを桃佳や子瑞らに、自身の口から曝け出した。
そして彼女は、桃佳の背中を踏みつけたまま、悔し涙を流して子瑞らに同情を求めるかのように見据えた。
それを見た子瑞は、彼女がひどく恥辱を受けたことに対して、尋常ではないほどの憐憫を表した目で見つめ返した。
それと同時に、彼女のいじめの原因をつくったのが桃佳ではないという主張も含めて……
するとそれに気づいた綾菜は、自分の思いが彼に伝わったことに感づき、目つきがやわらいでいく。
自分の心が通じたと確信したのか、子瑞は彼女に声をかける。
「だから、悪いのは桃佳では無い。綾菜、桃佳は決していじめられるように仕向けたわけではないのだ。桃佳、違いないか?」
「うん……そうだよ……」
子瑞から桃佳に自分が原因でないと諭されそれに答えた。それと同時に、
それによって桃佳も平伏していた身体を起こした。そして、涙が止まらない中で子瑞、そして綾菜を見て頷いた。
しかし綾菜は、まだ桃佳を見下すような目つきを向けていた。
「あなた、何言っているの……?桃佳が悪いんじゃない!?」
「悪いのは周りの連中が、思慮分別の欠けた不肖の輩だったことだ。それにお主の"個性"を否定するなど下衆の極みがすることだ!」
子瑞が言ってのけると、自分は今までいじめの原因をつくったのが桃佳だけの責任を押し付けていたことに気づく。
あの時、綾菜は"
だが子瑞も言っていた通り、それも綾菜にも綾菜の"個性"がある。にも関わらず、周りのクラスメイトはそれを否定した。
「何が"個性"よ。そんな風に言われても、あの時誰も私のことを異端だと思わないわけないじゃない」
「……あのね綾菜、私が"
桃佳は子瑞も言ったように"
「私もクラスのみんなも綾菜の"個性"を認めなかった。クラスのみんなからの同調圧力でどうすることも出来なかった。私は、本当は綾菜を救いたかったのに……」
「そうだ、桃佳の言う通りだ。綾菜、桃佳を許してもらえないか?こんなに桃佳に責めても、何も解決しないではないか。それにお主はこのずっと"孤独"だったと思う。でも"もう一人では無い"のだ。我らがいるではないか」
その時綾菜は、子瑞の"もう一人では無い"という言葉を聞いて、"孤独"という立場にある自身の気持ちに寄り添ってくれるのだと胸を打たれた。
子瑞がそのように言ったのも、彼自身が"孤独"を今までかかえていたということだろうか。
彼の過去をよく知る桃佳と昌信はそれを聞いて、納得せざるを得ない。
「余もかつてそうであった。お主と同じように目下の者から蔑まれ、誰からもとして必要とされず、存在を否定され続けた。誰もが余を"忌み子"だと罵り、生きるのも辛かった」
「そうなの……?」
「子瑞くんもね……みんなから"王"として、認めてくれなかったんだよね……」
綾菜は自分だけがこのような"孤独"を味わってきたのだと思っていたが、子瑞もそうであったことを告げた。
桃佳は彼も綾菜と同じ境遇だったのだと諭した。
それを聞いて、彼がどれだけの人間から疎外されたのかを綾菜は分かったようだ。
子瑞が"孤独"という彼が置かれていた立場と、綾菜のそれとを共感してもらえたことに彼女は心が安らいでいった。
そして、綾菜は桃佳に対して仇を討つようなことをしても、何も解決しないことが理解できたような気がした。
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