49話

 先程まで魔物に襲われていた哥邑かゆうの村は、玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんに変身した桃佳とうけいが召喚させた玄龍によって撃退された。

 しかし魔物による襲撃によって、大半の民家が崩壊を免れることができなかった。そのため、哥邑の村は瓦礫であふれてしまった。


 すると石者山せきしゃざんの方から、何者かここに飛び出て来た。その正体はすぐに判明した。


「もう、追いつけないのだぁ!玄龍ってば、早すぎるのだ!!――――ってこれは、何が起きたっていうのだ!?」

「あんた来るの遅いよ」


 まだ体力が回復出来ていない桃佳は、遅れてやってきた蒙蒙モンモンにツッコミを入れる。


 魔物の蔓の鞭に縛られていた桃佳は開放されていたが、露出の多い地肌に締め付けられた跡がくっきりと現れ、多くの傷がつけられ、流血も目立っていた、


「あれぇ!?さっきまで蒙蒙モンモンが追っかけてた玄龍がいないのだ!どこに行ったのだ?」

「あれなんだけど……」

 

 桃佳は荘厳な龍の雰囲気を残しながら今は馬と化していることを蒙蒙モンモンに教えると、彼女は驚愕した。


「さっき玄龍祠げんりゅうしからここに来た時までは、しばらく龍の姿だったのだ!遠くから見えたのだ!」

「……でも、玄龍もいつまでも龍の姿でいられないのかも?」

「それは違うぞ………我が君」


 馬の姿に変わった玄龍の方から声がして、桃佳はハッとした。確かに彼の声は玄龍祠で聞いた声と全く変わらない。


「この哥邑の村人達を見るのだ。皆恐れているのかも知れん。我の龍となった姿を見て」

「そうね。あの半魔もそうだけど、みんな玄龍のことも怖がっていたみたい」


 萃慧すいけいの言う通り、周りの民家に隠れていた村人達が、桃佳達の様子を見ていた。 すると、次から次へと村人が姿を現し、馬となった玄龍に群がった。

 

 その人ごみの中から、萃慧の祖父が先頭を切って彼の前に駆けつけてすぐに平伏せた。


「あなた様が五龍王のうちの一つ、玄龍殿でございますか!!この石者山に玄龍祠げんりゅうしがあるというのを噂に過ぎないと信じておりませんでした。この哥邑の村を救っていただきありがとうございます!」

「「ありがたや、ありがたや!」」


 村人達は、萃慧の祖父に続き皆平伏して玄龍を称えた。

 彼らは玄龍、それどころか玄龍祠の存在自体信じていなかったくせに、彼を村の救世主として、賞賛して崇めたようだ。


「みんな本当に大げさなんだけど」

「でも、良かったではないか。桃佳が玄龍の龍召士りゅうしょうしなることが出来たのだぞ。おかげで哥邑の村人達を救うことが出来て、余も桃佳に感謝している」


 子瑞しずいは、この冬亥国とうがいこくの王として、玄龍娘々となり玄龍を召喚し、哥邑の村人を救った桃佳を褒めたのだった。

 桃佳は自分が何もしていないのに子瑞に感謝され、照れざるを得なかった。


「そんな……私自体は何の役に立たなかったのにさ……そんなに大したコトしていないのに」

「おぉい!!あの魔物を取っ捕まえたぞ!」


 桃佳がお世辞でも言われているように感じていると、榮騏が魔物と同じ服を着ている少女を抱えて戻ってきた。


「榮騏!!戻って来たのか!!その娘は何なのだ!?」

「それがよぉ、あの化け物に陽招鏡に映してみたら、人間の女だったんだわな!!」


 そう言った榮騏は、桃佳らの元へと抱えていた少女を地に降ろした。


 彼女は服はボロボロでのままで身体も汚れていたが、魔物だった時と違って、地肌は汚れていても雪のように白く、吊り上がっていた目尻も下がっていて、逆立っていた髪もベージュの艶やかなものになっていた。


 どうやら彼女は意識を失っているようだ。


 すると桃佳が彼女の元へと駆け寄ると、その姿を見て何か見覚えがあるようだった。

 そして桃佳は自分の記憶を辿ってみると、まだ魔物だった彼女が自分の幻世での名前を言っていた理由が解った。

 それに気づいた桃佳は、驚嘆して大声を上げる。


「もしかして……あやちゃん!?この人、私の中学生の時の同級生の葉崎綾菜はざきあやなちゃんじゃない?まさか、私達みたいに四鵬神界しほうしんかい転移されたってこと!?」

「「何だって!!」」


 桃佳によって、半魔の正体が発覚したことで、子瑞らも驚愕を隠さずにはいれなかった。


 元魔物だった少女は、桃佳の叫び声によって気がついたようだ。彼女が一度目を薄く開けたが、すぐに大きく眼を剥き出しにして身を起こした。


 その刹那、何と彼女は桃佳を押し倒したのだった。


星野桃佳ほしのももか!お前が何故この世界にいるんだよ!!」

「痛ッ!!えっ、何で!?それはこっちが聞きたいよ!!」


  そう言った綾菜に対し身を起こした桃佳は、彼女が言ったことが理解出来ず、逆に自分から聞き返した。


 綾菜は桃佳に対して、軽蔑と憎悪を表したような目つきで睨み続け、彼女を無視して、更に罵声を張り上げた。


「とぼけてんじゃないよ!!私が今でお前のせいで、どんなに苦しんだと思っているんだよ!!この世界に来てもう1ヶ月半ぐらいになるけど、それより前から今日までずっとそうだった!!」

「ここに来て1ヶ月半ぐらい……?私は今高1で、最後に綾ちゃんと会ったのは中1の2学期の終業式の日だったから、2年半も会っていないはずだよね?それってどういうこと!?」


 綾菜が告げた期間と桃佳が言ったそれとは、約2年と3ヶ月もの差がある。桃佳は自分と彼女の背丈を比べる。


 やはり自分は綾菜よりも、一回り背が高くなっていた。


「えっ待って!?そういえば昌信しょうしんがこっちの世界に転移したのは私よりも5日早かったよね?」

「あっ、そうだったな。でも、俺がこっちに転移したときは真夜中だったが、お前はその日の夜明けに転移したんだろ?」

「そんなことどうでもいいわよ!!とにかく私達がいた世界と比べて、この世界とは時間が遅いとういうことだよ!!あとこの世界では私の名はこう書いて葉綾菜ようりょうさいっていうの」


 綾菜にとっては幻世との時間差などどうでもよかった。

 それより綾菜は、自分のこの世界での名前をその辺に落ちていた小枝を拾って"葉綾菜"と書いて教えることに話を持って行った。


 すると子瑞が、綾菜と春寅国王しゅんえんこくおう樹哉郭じゅさいかくとはどいう関係なのかについて彼女に聞いてみる。


「すまぬが綾菜、お主は哉郭が伯黎はくれいから書状をもらって、余がここ哥邑にいることを伝えたと言っていたが――――」

「その通りよ!!私はそいつに1ヶ月半前に陰昇玉陰昇玉で幻世から四鵬神界に転移させられたのよ!!そして書状が届いた今日、そいつにその陰昇玉を私の体に当てて半魔はんまに変えられたのよ!!」

「半魔……?ってことはお前が、半分人間で半分天魔てんまの姿に変えられたってことかよ!?」


 綾菜が発言した衝撃の事実に、一同は驚愕せざるを得なかった。それを聞いた榮騏は“半魔”という得体のしれない存在に違和感すら覚えた。

 綾菜は彼の問いに答える。


「そういうことよ。あなたの言う通り、私は哉郭に半魔に変えられ、ここにいる冬亥国王とうがいこくおうの子瑞を襲撃するようにと奴に言われたの」


 自分がなぜ哉郭に半魔にさせられ、子瑞を襲ったいきさつを語った。

 今度は昌信が綾菜に疑問を投げかけた。


「綾菜が半魔だった時から、桃佳のことを恨んでたのは何故なんだ?それに桃佳も言っていたが、お前が1ヶ月半前、幻世で2年半前の中1の時に何があったんだよ?」

「昌信やめて……それを聞かないで……!」


 桃佳は昌信が発した疑問に対して、反射的に綾菜自身にとってそれが禁句でもあるかのようになじった。

 そして綾菜は大きく息を吸って、今まで抱いていた桃佳への恨みを晴らすかのように言い放った。


「いいわ。教えてあげる!私は幻世で中1の時に桃佳コイツのせいでクラスメ亻トから執拗にいじめを受けて、そのせいで不登校になったの!そして、私は生きる意思を失い自殺したのよ!!だから、哉郭に陰昇玉でこの世界に転移した!!」

「やめてェェェェ!!言わないでェェェェ!!」

「「…………!!!」」


 綾菜がこれほどにまで、桃佳のことを憎んでいたことを言い晴らした。

 桃佳はそれを避けたかったようだが、耳を塞いで何も聞こえないように喚き、その場にしゃがんでしまった。


 そのおかげで子瑞らから驚異を示したまなざしが彼女に向けられた。


 綾菜はこの世界に転移する1ヶ月半前の自分の身に起きた、ありのままの過去の出来事を語り出した。

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