47話

 哥邑かゆうの村に異形の魔物に襲われ、昌信しょうしん榮騏えいきが彼女の指先から出す蔓の鞭で捕らわれていた。

 彼女は子瑞しずいに二人を救けたければ、命を渡せと脅迫され、それを了承してしまった。


 彼に膝を地に付かせ、魔物が彼から奪い、鞭で縛った冷迅刀れいじんとうが振り上げられた。


 その時、日が暮れかけた空を覆うほど巨大な龍が現れた。そのくろさから、それが玄龍げんりゅうだと一同は理解した。


「待ちなさいッッッッ!!!!」

「「誰だッ!!」」


 それと同時に、どこかで聞いたことのある声が響いた。間違い無く桃佳とうけいの声だった。


 敵味方ともにはそれに気づくと、その声が――――龍がいる上の方から彼女の声が聞こえた。


 桃佳が遂に、玄龍の龍召士りゅうしょうしとして覚醒した姿を見せたのであった。


 玄龍の頭部を見ると、間違いなく桃佳がそこに乗っている。


「桃佳!!玄龍祠げんりゅうしに辿りつけたというのか!?」

「あんなところに桃佳がいるのか!やはり玄龍を召喚出来るようになったじゃないか!!」


 子瑞と昌信は、玄龍に乗って現れた桃佳に驚嘆した。そして榮騏もその荘厳さに圧倒された。


「あれが玄龍か!本当に石者山せきしゃさん玄龍祠げんりゅうしあったんだな!!」

「馬鹿な!?何故玄龍がこんなところに現れるんだ!?」


 魔物も玄龍の大きさに、うろたえてしまう。


 すると玄龍は桃佳を降ろそうと、地に頭部をつけようと首をもたげた。


「うわッと!!ちょっと玄龍!いきなり降ろさないでよね!」


 しかし、それに乗っている桃佳は立っていた状態だったので、バランスを崩して、落ちてしまいそうになった。

 彼女は落ちまいと、玄龍の角を掴もうとしたが、それよりも前に足を滑らせて、落ちてしまった。


「キャアアアアア!!落ちるゥゥゥゥ!!」

「桃佳!!」


 子瑞は桃佳が落ちてくるのを見て、彼女を受け止めようとしたが、間に合わず真っ逆さまに落ちてしまった。


「桃佳、大丈夫か?何だ……!?この格好は……!?」

「ぎゃぁぁぁ!!みんな、見ないで!!私の破廉恥な恰好を!!……んあれ?痛くない……?」


 桃佳は子瑞を目の前で、露出の激しい服装で醜態を晒したことによる羞恥の念に駆られた。

 それよりも、あの高さで玄龍の頭部から落ちても痛みを感じなかったことに吃驚した。


 彼女はこれも玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃんとしての力だと理解した。


 その頃玄龍は桃佳を降ろそうと首を下げたまま、真上から威圧的で鋭い双眸で魔物を睨みつけている。


 一方子瑞と、未だ縛られている昌信と榮騏は目を丸くして桃佳を見る。それに気づいて彼女は再び気恥ずかしい思いをした。


「うわぁぁ!!やっぱ恥ずかしいよ~~。こんな格好じゃ」

「おい嬢ちゃん、麗しいね~~!!その艶やかな肌が」


 榮騏は自分が縛られているにもかかわらず、桃佳の露出の激しい格好にうっとりしてしまった。

 昌信も昌信で、彼女の姿に対して呆然としてしまう。


「榮騏!!そのようなことを言っている場合か!!桃佳、本当に……大丈夫……か……?」

「子瑞くん、やめて!!そんな顔しないで!!」


 子瑞が桃佳に腕を差し伸べたが、思わず彼女の淫らな姿に、顔が赤くなってしまい、差し伸べた腕全体の震えてしまった。

 自分の意中の相手に対して胸の鼓動が止まらなくなり、欲情が湧きだそうになったが、理性でそれを抑えることが出来た。


「もういい!!アンタ達、本当にいやらしんだから!!」


 周りのリアクションに桃佳は、呆れながら身を自分で起こした。すると、今まで彼女の姿に何も言えなかった昌信が、声をかける。


「桃佳!お前何でそんな格好しているんだ!!」

「それはさあ……」

「貴様ら!私を無視しやがって!!」


 桃佳はことの一部始終を話そうとしたのに、魔物の方から自分を差し置いて無視され、激しく自分の存在を訴えた。


 それでやっと桃佳は、昌信と榮騏を自らの指から伸ばした蔓の鞭で縛っている、魔物に気づいた。

 魔物は桃佳に対して、探し物を見つけたかのような眼差しを向けた。


「ちょっとアンタ誰!?なぜこの村を襲ったりなんかしたの!?」

「あッ!!お前は!?星桃佳せいとうけい、いや星野桃佳ほしのももかだな!!」


 思わず魔物が自分の名前を――――幻世での名前までを言ったことに、桃佳は不審に思った。


「アンタ……なんで私の、幻世での名前を知ってるの!?」

「そうだ!違いない……フハハハ!これでお前に復讐することが出来るぞ!!」


 魔物は桃佳に何か怨みでもあるかのような言い草をした。

 しかし、言われた当の彼女は何故この四鵬神界しほうしんかいに自分の存在、そして自分の幻世での名前を知っていることに気味悪く感じた。


「玄龍を連れて来たことは計画外だったが、これまでの遺恨を晴らさせてもらうぞ!!」


 魔物は今まで縛っていた昌信と榮騏を鞭の本数を減らし。そして桃佳に向かってその本数の蔓の鞭を、伸ばして縛った。


「わわわ!何なの、もう!私のことを何ディスってんの!?やめてェェェェ!!」

「フハハハ、私が今日までこの苦難の日々を送ったことを思い知るがいい!!」


 蔓の鞭が、露出の激しい玄龍娘々となった桃佳の身体を巻きついて、縛り上げていく。


 桃佳の露出した地肌に、蔓の鞭が喰い込んでいく。それに伴い彼女は、その痛みと苦しみのあまり、はしたない喘ぎ声を上げてしまった。


「キャアアア!!……んぐあッ……ああァァん……ああァァ……」

「桃佳!!このような時に、冷迅刀があれば……こうなれば……!!」


 なんと、未だに武器を取り戻せない子瑞は、彼女が悶えて苦しむ姿を見るほど、何も出来ない自分がみじめだと思った。

 そして、子瑞は自分が恋焦がれた乙女を守りきれぬ想いが募り、魔物へと素手で必死の形相で突っかかって行った。


「放せ!!桃佳から手を放すんだ!!」

「ホホホ!!足掻いてもムダよ、泉子瑞せんしずい!!」

「……子瑞!!バカな真似は……やめるんだ!!」


 榮騏の叱咤を聞かずに、子瑞は武器を持たぬまま、魔物へと駆けて行った。しかし、彼女が縛っている冷迅刀れいじんとうを持ち主に向かって振りかざした。


「…………何ッ!?……うわアアアァァァ!!」

「だから、無駄な抵抗だってこと。解らないのかしら?」

「子瑞!!こんなときに……俺らも桃佳も……縛られていなければ……!!」


 子瑞は魔物が持っている自分の武器で斬りつけられ、その斬撃が顔にかすって出血してしまった。


 昌信と榮騏も未だに蔓の鞭に縛られて、抵抗しようとしても身動きが取れなかった。


 桃佳はせっかく玄龍娘々に変身して、玄龍を召喚出来るようになったはずだった。

 しかし、子瑞達が苦しむ様子を見て、自分はなんて役立たずなのかと不甲斐無く思わざるを得なかった。


(ああ……!子瑞くん……!!玄龍……早く……助けて……!!)


 ――――その時だった。


玄龍瀑流降げんりゅうばくりゅうこう!!!」


  遂に玄龍が声を上げて動き出した。そして魔物に向けて口を開け、滝のように大量の水を吐き出したのだった。

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