46話

 人間とも妖怪とも違う異形の者の流気が哥邑かゆうの村から漂ってきた。

 それを子瑞しずい達は気づき、陰と陽のうち前者が優勢な木徳のものだと感じたので、急いでそこへ駆けつけた。


 すると予想していた通り、奇妙な身なりの者が村を襲っていた。


 ここにたどり着いた時に魔物は、留まっていた蓬華ほうか茜華せんかを戦闘不能にさせていた。


 彼女らは敵の指先から伸ばした植物の蔓のような物で縛られていた。


 榮騏えいき昌信しょうしんは、彼女らがこのように苦戦しているのを見て颯爽と、戦闘態勢に掛かった。

 子瑞も陽招鏡ようしょうきょう萃慧すいけいに預け、自らも昌信らに加勢した。


「貴様ァ!!よくもこんなか弱い嬢ちゃん達をひどい目にあわせやがって!!」

「蓬華、茜華、いま俺らが助けるからな」


 振り向いた魔物は、口角を耳まで吊り上げてニタリと笑って、濁っているようだが、どこか艶絶な声を上げる。


「あぁら、いい男が二人も。いいわ私が可愛がってあげる……あッお前は!?」

「榮騏、昌信すまぬ。余も加勢するぞ」


 子瑞が遅れながら魔物の前に表れると、そいつは目を大きく開けて驚いたと思いきや、満面の笑みを漏らした。どうやらこの魔物は、喋り方からして性別は女であろう。


冬亥国王とうがいこくおう泉子瑞せんしずいだな!王位を簒奪されて可哀そうに。お前を亡き者にしてあげるわ」

「余を愚弄する気か!お前のような奴が王位奪還を妨げるのなら許さぬぞ!!」


 魔物に名指しにされた上、自らのことを罵倒したことに子瑞は腹を立てた。

 子瑞は周天法しゅうてんほうで鍛えた臍下丹田せいかたんでんに力を込めて彼女との距離を軽功けいこうを使って縮め、冷迅刀れいじんとうで斬り込んでいった。


 魔物は指先から伸ばしていた蔓で縛っていた、蓬華と茜華を解放した。彼女らはその場に倒れ、肩で息をしていた。


 子瑞はムキになって両手で縦に構えた冷迅刀を振り上げたのち斬り降ろそうとしたが、それに対して魔物が指で伸ばした蔓を鞭のようにして弾き飛ばされてしまった。


 攻撃を跳ね返された子瑞は、一度後ろに下がって魔物から少し距離を取って態勢を取り直し、再び臍下丹田に力を込めた。


 すると、冷迅刀の黒曜石で出来た刃が紫黒に輝かせ、それを空で斬って氷斬撃ひょうざんげきを魔物めがけて放っていく。

 しかし、それを見た榮騏は彼に向かって叫んだ。


「子瑞、やめろ!そいつには氷斬撃は逆効果だ!!」

「はッ!しまった!!」


 榮騏が子瑞に言ったことは事実であった。氷斬撃を喰らった魔物は後ろにのけぞったが、凍りつかない上に斬り口が何一つ無く、それどころか放つ前よりも勢いよく蔓を飛ばしてきた。

 子瑞はそれに弾き飛ばされそうになったが冷迅刀で受け止め、その原理を忘れて氷斬撃を放ってしまったことを後悔した。


「奴は木徳の流気を使っているのだったな。水徳の武器である冷迅刀だと、五行の相生の関係で“水生木”となり、その攻撃は相手に有利になってしまう」

「つまりそれを与えれば、水徳の流気が吸収されるってことだ。もっと早く言っておきゃあよかった……」

「ホホホ!ご名答!だからお前達が使う水徳の流技を喰らわせれば、私の糧になるということなのよ!!」


 この事態に一行は衝撃を受けざるを得なかった。榮騏を告げたのが遅かったことを後悔する。

 昌信は気絶している蓬華と茜華、それぞれ一人ずつ両肩で担いで敵から遠ざける。


 こうなると、味方は圧倒的に不利になる。それどころか一人に対してこちらは三人もいても同じことだった。

 なぜなら、そのうち二人の武器が水徳の流技しか繰り出すことが出来ず、もう一人は流技すら使えないのだった。


「じゃあ、俺たちには勝ち目はないのか……」

「そうとなれば、お前らは流技を使わずに戦わなければならねぇな」


 昌信が民家の陰に蓬華と茜華を担いで連れたあとに戻ってくると、この魔物に勝つことは絶望的であることを理解して言った。


「やっと解ったかしら?これで私が子瑞の息の根を止めてあげるわ!!フフフ」

「そうはいかぬ!!こちらが流技を使わずにでもお前を葬ってやる!!」


 子瑞はそう言ってのけたが、彼女は蔓の鞭をさらに伸ばして広範囲に振り回した。

 そのため哥邑の民家がその鞭によって、打ち崩されていった。


 しかもその鞭の勢いで風が起き、それに煽られながら子瑞らはそれぞれの武器で敵の攻撃を防がねばならなかった。

 そのため、こちらから攻撃を与える隙は無かった。


 敵は一人であるにもかかわらず、その攻撃範囲の広さに三人でかかっても彼女には敵わないのだった。


 更に鞭は蔓で出来ているのにもかかわらず、打たれれば打たれるほど激しく身を切り刻んでいき、その傷から流血が止まらなくなってしまう。


「この悪鬼め!お前は誰に余を弑するように言われたんだ!?」

「教えよう。私が春寅国王しゅんえんこくおう樹哉郭じゅさいかくより頼まれたのだ!!彼の元に海伯黎かいはくれいより、お前の妹の萊珠りしゅを即位させ、彼女の署名で、伝鴇でんほうが届いたのだ。ここ哥邑にいるお前を討つためにな!!」

「しまった!!何をするんだ!!放せ!!」


 衝撃の事実を知った子瑞は、驚愕して手を緩めてしまい、その隙に相手から蔓の鞭で冷迅刀が縛られてしまった。

 子瑞はそれを鞭に取られぬように、きつく握った。  

 しかし彼は、他の鞭を防ぐことが出来ず、彼の身体が打たれて続けた。

 それにより、子瑞には傷が増えて、体力が摩耗していく。

 

 一方榮騏と昌信は、鞭の本数が減ったとはいえ、彼女の広範囲に及ぶ攻撃は続くため、それを防ぎ続けねばならない。


「哉郭は己が孫である萊珠様が王位に就いたことを伯黎が知らせたのだから、喜んでお前を討ち取ろうとするのが目に見えているだろう?」


 彼女はそう言ったが、自分が靜耀をたった後、波恭敬はきょうけいが伝鴇で伝えた事実と異なっていることを主張する。


「違う!伯黎は幻世から召喚した陰昇士いんしょうしを偽王に就かせたのではないのか?春寅国王は伯黎から騙されて、お前に余を討ち取りに来たのだな!!」

「へぇ、そうなのか?でも哉郭の元には伯黎がさっき私が言った通りのことを書状に記してあったぞ」


 魔物は驚く風でも無く、あっさりと受け流していった。彼女に取ってはどうでもいいことなのだろうか。

 すると今度は彼女からの攻撃を防ぎながら昌信が、自分がずっと疑問に思っていたことを問う。


「お前は、なぜ子瑞がここ哥邑にいると突き止めたというんだ?」

「それは、伯黎が子瑞おまえの流気を辿れば分かる。伯黎は哉郭を騙したとは言え、そいつがここにいると教えたのだ。感謝しているぞ」


 確かに、気術士の伯黎であればそれは可能だった。そう告げた彼女の言い方は、自身に命を下した春寅国王の哉郭のことをないがしろにしているように聞こえる。

 どうやら彼女は、彼に対して恩義を尽くすつもりは無いのだろうか。


 魔物がそうした態度を取ったことに対して、昌信と榮騏は蔑む。


「おめェのような、恩知らずに負けてたまるか!!」

「そうだ!俺達は子瑞の王位奪還を成し遂げるんだ!!」

「何とでもほざけ!哉郭は私をもてあそんでいるとでも言うのか!?」


 彼らに事実を見抜かれた魔物は、気が動転したのか、一度蔓の鞭を振り回す速度を落とした。


 その隙に昌信と榮騏が、地を蹴って上から斬り落とそうとした。


 しかし、それに気づいた魔物が彼らの武器だけでは無く、身体ごと鞭で巻きつけた。

 子瑞は冷迅刀を離さずに持っていたが、思わぬ事態を目撃したおかげで、油断してそれを持つ力が緩んで、巻き付いていた鞭に取られてしまった。


「しまった!!」

「フフフ、もうお前らはどうすることも出来なくなったな。この二人を助けたいのなら、お前を縛ってお前の武器で私が亡きものにしてあげるわ!!」


 魔物は昌信と榮騏を人質にして子瑞に対して、自分の命を差し出すように脅迫した。しかし二人は彼がこうなるべきではないと、こう告げた。


「子瑞、おまえは正真正銘の冬亥国王なんだぞ!俺達の命なんかどうでもいいから……」

「伯黎から王位を奪還して、冬亥国に四鵬神界に平穏を取り戻すんだ……!!」

「何故だ……!!お主らの命を見捨てて、余だけ助かるなんて……民草一人たりとも殺されてはいけないんだ!!」


 自分の命か、二人の命か、どちらかを差し出さなければならない状況に置かれた子瑞だったが、自分自身より二人の命を守りたかった。彼は両手で拳をつくってきつく握りしめ、わなわなと振るわせた。


「さあどうする?冬亥国王。こいつらの命が惜しいか、それとも自分だけ助かりたいか、さっさと決めろ!!」

「……んぐっ……分かった」


 大切な二人の命と比べれば、冬亥国の王位、ましてや自分の命をくれてやる方がマシだと考えがついた子瑞は膝を折って地に付けてしまった。


「子瑞!!やめろ!!」

「さあ、交渉成立だ。これでお前の命をありがたくいただくぞ!!自分の刀で殺されることを後悔するがいい!!」


 こうして魔物は、子瑞から奪った冷迅刀を掴んだ蔓の鞭が、彼めがけて振り落とされるその刹那だった。


「待ちなさいッッッッ!!!!」


 辺りから風が吹き渡り、それがひどくなったかと思うと、日が暮れかけた空に長い影が浮かんだのだった。

 それと同時に聞いたことのある声が、村全体に響いたのだった。

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