45話

 桃佳とうけいらが玄龍祠げんりゅうしへと向かって一週間。その間子瑞しずい昌信しょうしんは、榮騏えいきとの修行に励んでいた。


 この日までに修行を始めて、二人は榮騏の指導のもと周天法しゅうてんほうを我が物とすることに成功した。

 それにより彼らの臍下丹田せいかたんでんを活発化し、流気を全身の気脈に流すことが出来るようになった。

 さらに、外功がいこうによって攻撃の破壊力が増し、自前の武器で木を真っ二つに斬れるようになった。


 加えて彼らは、軽功けいこうによって目にも止まらぬ速さとは行かないがスピードを上げて走ることができ、1丈(2.3m)の高さまでは跳躍することが出来た、


 そして子瑞と昌信は、それぞれの武器の扱い方にも板についたようだ。

 子瑞は自分が王位簒奪されるまで冷迅刀れいじんとうを握っておらず腕が鈍っていたが、榮騏と伏妖戟ふくようげきを使って打ち合って、だいぶ以前のように扱えるようになった。


 また子瑞は臍下丹田を鍛えたおかげで、氷斬撃ひょうざんげきを何発か連続で撃てるようになった。


 一方昌信は、陽招器ようしょうきの槍に”凍牙槍とうがそう”という名を榮騏に付けてもらった。それにその武器の流技として氷の破片を放つことが出来るので、その名を”凍牙翔連突とうがしょうれんとつ”と榮騏が命名した。


 榮騏のこのようなダサすぎるネーミングセンスに昌信はドン引きしたが、名付け親本人が採用しろと脅迫するので、その名を仕方なく了承した。


 昌信が凍牙槍が扱えるように、榮騏がタンポ槍を用いてかわし方や受け方、そして槍としての突きや払いなどを指導してもらった。

 そのため昌信はタンポ槍で榮騏に対して何合と打ち合い、一本取ることが出来るほどになった。


 ちなみに榮騏は頬を囲むようにたくわえていた髭を、子瑞がここ石者山せきしゃざんへ来てすぐ剃るように指摘されていたので、嫌々ながらきれいさっぱり剃らざるを得なかった。

 彼は髭をここに来て以来21年間剃っていなかった。


 そして今日は、子瑞と昌信の二人に対して、榮騏一人が対戦した。榮騏は昌信に対してでもタンポ槍ではなく、伏妖戟を使っての打ち合いだった。


「よォし、お前ら俺を殺す気で掛かって来い」

「遠慮なく行かせてもらうぜ。てやァッ!!」


 昌信が榮騏の真正面から突っかかり、一突きお見舞いすると、榮騏はそれを戟で防いだ。

 すぐその右から子瑞が迫って下段から、迫って相手の利き手とは逆となる彼の左側から冷迅刀を斬り上げた。


 昌信からの一撃を受けていた榮騏の戟はいったん払いのけ、子瑞からの一閃を防いだ。

 それにより昌信は、相手からある程度距離を取って後ろに下がった。


「とりゃあッ!やるな!」

「せやッ!凍牙翔連突!!」


 榮騏から突き放された昌信は、いったん引いて自らの凍牙槍から、何本もの氷の破片を彼にお見舞いした。

 榮騏は子瑞からの斬り込みを防いだ後、それに気づくと、すぐさま軽功を使って自らの右後方に下がった。


「昌信、あぶねぇじゃねえか!」

「じゃあ、こちらからも行かせてもらうぞ!」


 そう言った子瑞は、冷迅刀を縦に構え、それを勢い良く振って榮騏に氷斬撃を2発放った。


 榮騏は、本当に殺されるのではないかという危機感が生じ、子瑞からの氷斬撃を掠れるか否かのタイミングで、左に避けることが出来た。


「お前ら!本当に俺を殺す気か!」

「殺す気で来いと言ったのは榮騏ではないか。だから言ったまでのことだ」

「そうだよ。戦力外だった頃の俺達と比べ物にならないだろ」


 どうやら子瑞と昌信のことをたった一週間で、ここまで成長しきったことに榮騏は気づいていなかったようだ。


「はっはっは!お前らも俺のおかげで強くなったもんだな……ん!?」

「何だ……!この怪しげな流気は!?哥邑かゆうの方からだ!!それにしても……気分が悪くなるな……」

「だとしたら、蓬華ほうか茜華せんか萃慧すいけいも危ないぞ!!」


 3人は突如起きた違和感に気づきハッとした。

 榮騏はもちろん、子瑞と昌信もこれまでの彼との修行で流気を察知することが出来るようになっていた。

 

 その流気は、彼らの身体に異常をきたすほどの、今まで感じたことの無いような異様なものだった。


「この気色悪い流気は……人間のものでも、妖怪のものでも無い。一体何者なんだ!?」

「これは異形の者では無いのか?そうとなれば、急いで哥邑に向かわねばならぬぞ」


 榮騏はその奇妙な流気を探り、分析する。


「その流気は辰星泉しんせいせんからの水徳でのものはなく木徳のようだ。それも陰と陽のうち前者が圧倒的に優勢になっているぞ」

「ということは、そやつは春寅国しゅんえんこくから来たということか!そこには木徳の流気源、歳星樹さいせいじゅがあるのだからな」

「でも何でこの冬亥国とうがいこくに!?」


 榮騏が告げたことが事実なのであれば、なぜ春寅国からわざわざこの国まで、不可解な流気のある者が侵入したのだろうか?


 子瑞の頭の中で不安がよぎる。

 まさか、自分から伯黎はくれいが王位を簒奪し、そして春寅国王、樹哉郭じゅさいかくに書状を送り、刺客を送り込むように記したのではないかという憶測が飛び交った。


 伯黎なら、ここ石者山に自分がいることを突き止めても、おかしくはない。


 子瑞は自分のことを、なぜこんなに被害妄想が上手いのだろうかと自嘲するのだった。

 もしそうであれば、どのような手段を選ばない哉郭のことだから、何か謀略があるようだ。子瑞は嫌な予感がして、陽招鏡ようしょうきょうを持って行くことにした。


 すぐさに子瑞と昌信、そして榮騏は軽功を駆使し、地を力強く蹴って一目散に速さを増しに増して哥邑へと駆けて行った。



        *  *  *



 凄まじい速さで、石者山山麓の哥邑へと降りて行けば行くほど、敵の者と思われる邪悪な流気が濃く強くなっていった。


 そして日が暮れる頃になって、ようやく哥邑の村へと辿り着いた。

 すると、子瑞らはそこの様相を見て喫驚した。


「何だこれは!?」

「一体、どういうことだ!?」


 黒い甍を葺いた民家は見るも無惨に崩され、村人達が何かから逃げまどっていた。しかし彼らの中にはもう既に、敵に襲われ倒れている者がほとんどだった。


 村人たちがどこから、何から逃げているのかその根源を突き止めた。


 そこにはここ哥邑で護衛として滞在していた蓬華ほうか茜華せんかを何かで縛って叩きつけている。その犯人が発覚したときは、腹の底がひっくり返るほど驚嘆した。


 その姿は、顔と手足が干からびて、髪の毛は逆立った朽葉色をしている。そしてその眼は、こめかみまで吊り上がった褐色の虹彩を持ち、瞳孔は猫というよりヘビやトカゲのように縦長に伸びていた。


 そして肌の色は人間のものとは思えないほど、どす黒く干からびていた。

 それは妖怪というより、魔物に等しかった。


 どうやら蓬華と茜華は、その異形の者の指先から伸ばした植物の蔓のようなもので縛られていた。


 彼女らはその蔓で身体を縛られた上、地に叩きつけられ、あまりの苦しさに悲鳴にならない金切り声を立てていた。


 すると、どこからともなく誰かが子瑞達の目の前に姿を現した。


「主上、来てくれたのですね!良かった」

「これは萃慧すいけい、どういうことなのだ!?」


 それは萃慧だった。彼女は少しでも早く石者山を登って子瑞らに助けを求めに行こうとしていたのだろうか、ちょうど哥邑の村へと着いて早々に合流することが出来た。


「それが、あの化け物が1刻(2時間)も前からこの村を襲ってきたのです。それで蓬華と茜華が立ち向かっていったのですが……あなたが流榮騏りゅうえいき様ですね。お願いです、助けてください!」

「あぁ、そうだが。そんなことよりあの子たちを助けてやらねぇと!!しかし……」

「二人ともあんなに無茶しやがって!!」


 榮騏が自己紹介する間もなく、彼女らを救出するべく昌信とともにそこへ向かって行ったが、気がかりなことがありそうだった。


「萃慧、すまぬが余も榮騏とともに戦わねばならぬ。そこで、この陽招鏡を持ってもらえぬか?」

「承知いたしました。主上、無理をなさらぬように気をつけください」


 子瑞が左脇に抱えている陽招鏡を萃慧に渡した。それを受け取った彼女は大事そうに両腕で抱え込む。


「お主はこの建物の影に隠れて、身を潜めた方がいい。余も加勢せねばならぬが、お主が敵に襲われればすぐに助けに来るからな」

「そんな……私のような者のためにそこまで……」


 それというのも子瑞は、冬亥国王として萃慧を含め哥邑の村人達、ましてや冬亥国の民草全てにこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかなかった。


「よいな、余は絶対に伯黎から王位を奪還せねばならぬのだからな」


 萃慧が自分に心配かけぬように告げた子瑞は、勇ましく颯爽に、醜く人にも妖怪にも似つかない奇妙な身なりの者に榮騏と昌信とともに立ち向かって行った。

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