43話

 ようやく桃佳とうけい蒙蒙モンモンは、玄龍祠げんりゅうしに向かう旅に出発して一週間が経ち、一番の難所である高さ約60じん(103.5m)もある崖を登りきった。


 その頂上のさらに上に聳える崖に穿たれた、高さ約3丈(6.9m)、幅約1丈(2.3m)の黒曜石で出来た左右の戸に龍の彫刻が施された両開きの門扉が立ちはだかった。

 彼女らが崖の頂上に辿り着いた時点でもう日が暮れていて、その存在に気づいたのは更に四半刻(30分)も経った後だった。


「……はぁ、はぁ。何……これ……?黒ッ!」

「この中に……玄龍祠が……あるのだ……」


 夕日に照らされて黒光りしている門扉は、その二つの両開きの戸が開けられないように、龍の彫刻が彫られた黒瑪瑙が嵌められている。

 ――――どうやらその黒瑪瑙が、この門扉を封印しているようである。


 桃佳はやっと極限状態になるまで疲労した身体を起こし、その門扉に近づいた。蒙蒙モンモンも細い腕を立てて置きあがった。


「これ、くろい龍……玄龍だよね?」


 門扉に嵌めれた黒瑪瑙を桃佳が見やると、その黒瑪瑙で出来た龍の彫刻が紫黒しこくの光を放った。

 すると、蒙蒙モンモンが何かが起きたように驚嘆の声を上げた。


「おい、桃佳!その門扉の黒瑪瑙みたいに、背負っている荷物の中から同じような光が出ているのだ!」

「あッ!もしかして、覚龍珠かくりゅうしゅのこと!?」


 桃佳は急いで背負っている荷物を降ろし、背負子しょいこに乗せていた行李から紫黒の光を発していた。

 急いで龍の頭がくわえているその光の発生源が付いた覚龍杖かくりゅうじょうを勢い良く掴んで取り出した。


「ああッ!やっぱりそうだ!!ここってホントに玄龍祠なんだ!!」

「だからそうだと言ったのだ!!」


 両手で覚龍杖を持って、覚龍珠をまじまじと桃佳は見つめる。

 それを見ていると、桃佳は意識が完全に乗っ取られたかのように、勝手に身体が動きだし、門扉の方へと歩み出した。


「えっ、なになに!?身体が言うこときかないんだけど!!」


 意のままに動きを制御出来ない桃佳の身体が、自然に門扉へと歩き出したのだった。


 すると門扉の前で桃佳の歩みが止まり、今度は覚龍杖を掴んでいた両腕が動き出し、それに付いた覚龍珠と門扉の黒瑪瑙の龍の彫刻が、互いに紫黒の光が増していく。


 遂に桃佳は自分の意思とは反して、門扉の黒瑪瑙に覚龍珠を当てる。


 すると龍の彫刻はまばゆく光を放ったため、桃佳は目を閉じざるを得なかった。光を放った黒瑪瑙の彫刻は、雲散霧消した。


 その間目を閉じていた彼女だったが、ギギギ……という重い物を引きずるような音が耳に入った。


 それが耳に入った桃佳が目を開けると、目の前の黒曜石で作られた門扉が、内側に開いていた。


「えっ……勝手に開いてる。入っていいのかな……?」

「この扉が開いたことなんて、今まで一度も無かったのだ!桃佳、中に入ってみるのだ」


 恐る恐る玄龍祠内に桃佳らは脚を踏み込んだ。

 門扉のその中は、天井から壁まで黒曜石で出来ていた。玄龍だろうか、その壁にも天井にも延々と奥の方まで龍の彫刻が果てしなく続いている。


 その光景に息を呑みながら桃佳と蒙蒙モンモンが吸い寄せられるように進んで行く。

 その間桃佳の心臓の鼓動が奥行けば行くほど、それが高鳴っていくのを感じた。


 そして進んでいる方向から、眼を刺すほどのけたたましい紫黒の光が桃佳らを襲った。彼女らが本当に鋭い物が眼に刺されると判断して瞼を閉じなければならない程だった。


 しばらくして光が止み眼を開けると、全長約5丈(11.5m)もあると思われる黒曜石で出来たまさに“くろい龍”――――玄龍の像が身体をうねらせて正面を向いて置かれていた。


 その龍の像が鎮座している場所は方形の広間となっており、周囲が門扉から入っていった通路と同じように壁も天井も黒曜石で出来ていた。


 それらのうち壁には、手前の通路から続いて龍の彫刻が施され、天井には桃佳達を見下ろすように玄龍が描かれていた。


 その広間にある玄龍の像は、2本の角を生やした頭部が桃佳達がいる入り口に向かうように、腕を伸ばせば届く位置にこうべを垂れている。

 額には黒瑪瑙が嵌め込まれている。


「……え?これって、あの、玄龍なの……?えっ、なになに……!」

「桃佳、見るのだ!」


 すると、覚龍珠がその実像がわからなくなるほど輝きが増していった。


 それと同時に目の上にある玄龍の像の額の瑪瑙が、覚龍珠に呼応するように輝き出した。

 その後すぐ黒曜石の玄龍像のそのものが眩い光を放ち、広間中がそれに包まれてしまった。


「うわっ!眩しいッッ!!」

「また、こうなるとは思わなかったのだ!!」


 今度こそ眼が潰されるほどの凄まじい閃光が放たれ、桃佳らはきつく目をつぶり、それに加えて顔を覆い隠せざるを得なかった。


 しばらくしてやがて桃佳らが目を開くと、目前に黒づくめの甲冑を着込んだ身長1丈(2.3m)の男が立ちはだかっていた。


 桃佳は遂に玄龍の石化した肉体を覚醒させたのだった。


 その男は銀色の肌で、人間でいう白目の部分が黒く、紫黒の虹彩をしていて、その顔は仏頂面を覗かせていた。

 そして髪は肌よりも濃い色の銀髪で、それをくるぶしまで伸ばして、そこ以外は逆立っていた。

 額には先ほどの玄龍の像と同じように黒瑪瑙が嵌めこまれ、2本の角を生やしていた。

 彼の周囲に紫黒の光に包まれており、まるで結界を張っているかのようだった。


「我は玄龍だ……ん?何だと?まさかお前が来るとは思わなかったぞ」


 この人間の姿となった玄龍と思わしきこの男は低く腹の底から響くような声で、開口一番に桃佳のことを人違いしたかのような物言いをした。

 その発言に、桃佳は思わず戸惑ってしまう。


「えッ!?私は玄龍・・龍召士りゅうしょうしなんだよ!!何言ってんの!?」

「ああ、そうか……いや、それどころではない!お前には早く我を召喚出来なければならぬ」


 桃佳は自分が玄龍・・の龍召士でないと否定され、そのような図々しいことを言われて、苛立つどころか呆れて物も言えなかった。

 すると玄龍は、いきなり急かしたように猛々しく声を張り上げた。


「……早く額に嵌められた黒瑪瑙に覚龍珠を当てるんだ!!この冬亥国とうがいこくの王に危機が迫っている!!」

「えッ!子瑞しずいくんが危ないって!なんで分かるの!?」


 玄龍に警告された桃佳は、焦りながらも身体を揺さぶられたかのように驚嘆した。


「そそそ、それってホントなの!?だから早くあんたを召喚出来るように……!?」

「そうだ!そやつの流気が著しく弱くなっているからな。このままでは助からぬよもな。さあ早く、お前が持つ覚龍珠に我を宿らせるんだ!!」


 確かに、玄龍自身がそれを実感してもおかしくはないと桃佳は理解出来た。だからと言って、子瑞を助けなければならない状況にある桃佳は迷っている猶予はない。


「どどど、どうすればいいの?早くしないと子瑞くんが……」

「我の額に嵌められた、“ぎょく”に覚龍珠を当てるんだ!そしてお前は、”玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃん”に変身して、我を召喚出来るようになるんだ!!」


 玄龍の言った”玄龍娘々げんりゅうにゃんにゃん”に変身するように言われ、自分のことなのかどうか桃佳は分かりかねた。


「えっえっ……!?”ゲンリュウニャンニャン”……?何それ?――――って、私がそれに変身しなきゃ召喚出来ないってこと!?」


 このような危機が迫っている時に桃佳は、玄龍から言われたことが理解出来なかった。

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