2話
その
伯黎が陰昇玉を使って、文官も武官も関係なく洗脳させ、子瑞を亡き者にしようと禁軍が襲ってくるのも時間の問題だった。
それでも子瑞は、身に迫る危機を脱するべく、この
子瑞はここにいる
その前に
そして彼は、その道中に陽招鏡を使って
そのような中、寝所の窓辺の緞帳の陰から何者かがすぐに飛び出した。それはさっきまで子瑞とこの部屋にいた彼の身辺の世話をしている女官だった。
どうやら彼女は、子瑞の恭啓とのやり取りを聞いて内容を掴んだのだろうかその動きは、反射的なものだった。
彼女は天蓋から絹の帳が張られた子瑞の紫檀でできている
そして、彼女が革袋を
彼女はすぐさま膝をつき、埃まみれになって握った左手に右手を添えて差出した。
子瑞は今までそこにその革袋があることに気が付かなかった。
「主上、このような時の為に隠しておりました。お許しください。僅かばかりしか用意出来ませんでしたが……」
「これは……余がもらっても良いのか?」
子瑞は戸惑いを隠しきれなかったが、年端のいかない若い女官は王の身を案じていたのだろうか。
今まで陰で隠れて彼女が稼いだ賃金を溜めていたと思われる大量の貨幣の入った革袋を持ってきたのだった。
その中に金貨も数枚混ざっていた。
子瑞はこの女官が自分をそこまで信用してくれていたのかと感無量になり、今置かれているこの緊迫した状況に反して、笑みが浮かびあがった。
それから間もなくして禁軍の兵の足音、そして身に着けた甲冑が立てる金属音が響いた。
「ほれ!主上をお守りせぬか!」
恭啓は廊下に控えた護衛兵を呼び出すと、廊下にいた五人のうち一人が寝所に入って、子瑞の前に背中を向けて立ちはだかり、彼を護衛するように剣を構えた。
次第に足音が大きくなっていくにつれ、それに合わせて段々と子瑞の心臓を打つ鼓動が大きくなり、次第に過呼吸となった。
彼はそのような状態となりながらも、武器を持たなければこの寝所に迫ってくる兵に弑されてしまう。
そのような危機が迫ったため、咄嗟に壁に掛かっている鞘に納められた刀を手に取った。
その刀は鞘に紫黒の鵬の象眼が施されており、すぐさまそれを腰に
「主上、どうかご無事で……」
子瑞を憂慮して声をかけた恭啓の顔は涙ぐんでいた。
子瑞は帯佩した刀の柄を握って引き締めた表情になる。そして廊下に控えていた残り四人の護衛兵が寝所へと入り、計五人の護衛兵が子瑞の周りを取り囲んだ。
そのうちの一人の兵が子瑞に声をかける。
「主上、私たちが何としてでもお守りいたします」
恭啓自身が自分のために靜耀の県令に匿ってもらえるよう、段取りしてくれたことに感謝した。
この黒智宮を抜け出すために、召宝庫へと護衛の兵とともにこの極央殿の地下のそこへ向かい疾走した。
寝所を出ると、回廊の両側から各十数人ずつ子瑞に向かって敵兵が襲い掛かってきた。
五人の護衛兵は右側に三人、左側に二人立ち向かった。
子瑞は召宝庫がある地下に降りる階段が右側にあるのを知っていた。
その方に三人もの兵が敵兵に対抗してくれたおかげで、彼らによって活路が開かれそこを抜けることが出来た。
子瑞が地下へ下る階段へと向かう角を曲がったその刹那、寝所から逃げた自分を追っかけてくる足音が近づいてくる。
子瑞は逃げながら振り返ると、敵兵ではなく自分に活路を開いてくれた三人の兵の内の二人だった。
その姿はもう既に、身に着けた甲冑が脱げていて、その下に着ていた戦袍の破れた生地から、生身の傷を覗かせていた。
「主上、どうか私達のことはお気になさらず。早くこの黒智宮を抜けることに集中してください」
息を切らしながら逃げつつそう言った彼らに対して、子瑞は思わず破顔して頷いた。彼らはすぐ子瑞の後方から付いて行った。
しかし、子瑞と二人の護衛兵は間一髪逃げ切れたと思いきや、追ってきた敵兵が追い詰めていく。
すると子瑞の方を向いていた護衛兵二人はすぐさま振り返り、最後の力を出し切って敵兵に迎え撃った。
子瑞は彼らの方を見る暇もなく、地下へと降りる階段を蹴る力が込みあがった。
敵兵を捨て身の覚悟で迎撃した護衛兵のおかげで、逃げ切ることができ、やっと召宝庫の入り口に出る手前の角にたどり着いた。
召宝庫の入り口を見ると、王である子瑞が残った陽招鏡を取りに来ることを読まれていたのか、その入り口の鉄扉に禁軍の兵が十数人現れている。
子瑞は先ほど手に収めた、"
子瑞は、今度は自分が戦う番だと覚悟を決める。この王器があれば、難なくこの状況を抜け出すことが出来ると自分に言い聞かせた。
そして、子瑞はその刀を右腕で鞘から抜いたと同時に兵の前に躍り出た。
子瑞は普段は使うことのない"
「もう来たか、飛んで火にいる夏の虫とは重畳だ……」
子瑞に斬りかかった兵は、余裕を持ってそう口から漏らした。
同時に、冷迅刀から繰り出された氷で覆われた黒曜石の刃で空を斬り、尖った氷の刃が敵兵を斬っていった。
その"
それと同時に彼は大量の血を放ち、それとともに体が凍り付いたのだった。
そしてその氷の刃は切られた兵を貫通し、一度に何人もの兵を斬って血を噴かせ、それごと凍っていった。
彼を含めた兵達はこの国の王が持つ武器に驚きを隠せずにいたが、部下より派手で丈夫な造りの甲冑を付けた上官から怒声が挙がる。
「こんな虫ケラ一匹に何怯んでおる!!さっさと駆除してしまえ!!」
「余はこんな下賤な輩に『虫ケラ』呼ばわりされるほど成り下がったものだな」
子瑞はこのような時に、思わず皮肉を独りごちると、冷迅刀を掴んでいる右腕がちぎれるほど降り、兵という兵に斬り込むと、その身体も返り血とともに凍ってしまった。
やがて、自分を『虫ケラ』呼ばわりした上官も、子瑞による怒涛の斬撃によって、部下と同じように凍ってしまった。
子瑞は肩で息をしながら、自分に抗う者を殺したことによる快楽を得た。
それと同時に、初めて殺人を犯してしまったことの後悔という今まで味わったことのない矛盾した気分を味わった。
しかし、子瑞にはそんな気分に浸る暇はなく、自分を狙う兵達の足音が近づいて来るのを聞くと、自身の命も危うくなることを思い出す。
労力を使い果たした子瑞は、召宝庫の鉄扉の前に立つと、その両開きのそれの右に龍が、左に鵬が彫られていることに気づけないほど焦っていた。
その状態で鉄扉の右の戸を両手で手前に引いて開けようとしたが、その重さが禁軍の兵を斬って消耗した身体に応え、上手く力が入らず苦労した。
力の限りを尽くして思い鉄扉をあけると、入り口に張られていた結界が波を打ち、やがて解けていって中に入ることが出来た。
その内部は、壁も天井も黒曜石の煉瓦で造られており、正面の壁には紫黒色の鵬"
そして彼は召宝庫に入って右側に、両極器の一つである、黒曜石で出来た1尺半の丸い円板――ーーすなわち冬亥国の陽招鏡が、同じく黒曜石で出来ている祭壇の上に未だ置かれているのを確認した。
だがこうしてはならない、召宝庫に入った子瑞は、すぐさま踵を返し、あとから追ってくる兵が入って来れぬように鉄扉を閉めた。
子瑞が陽招鏡を手にすると光を放ち、それが治まるとただの黒曜石の円盤だったのが、次第に自身の姿を映し出した。それを祭壇の上から取り上げて、小脇に抱える。
――――もうこれさえあれば、余も一人ではなくなる。
そのように思えると、不安が少しでも和らいだような気がした。これを使って
そして、もう一方の左側には、既に魁瑠が奪った陰昇玉があったと思われる、もう一つ祭壇があった。
そして子瑞は、その二つの黒曜石で出来た祭壇との間にしゃがみ込んで顔を床に近づけた。
すると床の煉瓦の隙間から風が吹き込む箇所があるのに気づいた。
そこから黒智宮、王都
その床の煉瓦を持ち上げるように開けると、激しい追い風が自分の顔をつたって、まだ生きているのだと実感した。
子瑞は床に空けられ梯子がかかっているこの穴の中の暗い闇に足を踏み入れた。
やがて四鵬神界へと転移させる陽招士と『
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