第10話 出発前にどうして喧嘩するかな~

 出発当日。


 お紅茶に、クロックムッシュ、薄切りしたラディッシュに、オリーブオイルかけて塩ひとつまみ、デザートはオレンジ


 と、ちょっと豪華な朝ごはん。


 良きかな~♪ なーんて……、朝から向かいの席で不穏な空気。


 ケネス君とグラハム少尉さん……。


 ケネス君は氷の無表情で、お上品にナイフアンドフォークを優雅に使いこなし、時折グラハム少尉と目が合えば、ギロッと睨む。

 グラハム少尉は始終ピリピリした空気を出し、せっせと手を動かし皿を平らげる。

(意外なことに、この人もナイフアンドフォークが様になってる。岩のような見かけからは、想像できないが……。)

 そして、グラハム少尉もケネス君と目が合えば、相手を見下し圧をかける。


 二人の間で一体何が……。


 それに、今まで解ってなかったが、教会の時に同伴していたグラハム少尉の不機嫌は、通常運転で、今が、キレてる時なのだ。と、今のグラハムを見てよーく解った。


 佳代子はダリスにこっそり耳打ちした。


「あの二人、どうしてあんな仲悪いんですか?」


「あの……それが、実は、聖女様のお衣装のことで……。」


「え、衣装? 着替えはありますよ?」


「…………。聖女様は素朴で親しみやすい素晴らしい方です。ですが、各国を回る間、聖女様は注目の的となりましょう…………。さすがに普段着は…………。」


「あ、そうか。私は各国からするとご来賓という立場なのですね?」


「えぇ。それで――――。」


 ダリスが先日の出来事を話し始めた。


 出発も迫ったある日のこと、知らん間に警備隊長になってたグラハム少尉と、教会との窓口担当ケネス君と、調整役を務めるダリスさんの3人で、旅の行程を確認する会議を行った。

 それまで会議は終始和やかな雰囲気だった。


 しかし、話が、私の身の回りのことになった途端――――。


『ケネス殿! それはどういうことか!?』


 グラハム少尉が怒りを露わに。


『どうもこうも! 

 私は聖女様にお仕えせよという使命を全うしているだけでございます!!』


『貞操を神に捧げた身とはいえ、紳士が淑女の衣装を用意するなど!! 女性神官に任せれば良いことではないのか!?』


『残念ながら、貴族の事情に詳しく、マナーに精通した者は、そう簡単には見つからないのです!!』


『で、ではっ!! 私が見繕うても良いということでは!?』


『は!? 

 剣ばかり振り回しておいでの、騎士団長が、女性の装身具など、皆目検討もつかないでしょう!? 無茶言わないでください!! 

 第一、あなたこそ独身男性なのですから! 

 そんなあなたが、年嵩とはいえ、独身女性の衣服を選ぶなど!! あらぬ嫌疑をかけられようというものっ!!!』


『と年嵩等と無礼なっ!!! 聖女様はっ、おいくつでもお美しいっ!!!』


 と、言う具合で、喧嘩が勃発。

 今に至るというのだ。


「ナニソレくだらない。」


 私、呆れを通り越して虚無となる。


「申し訳ありません。」


「ダリスさんは謝らなくていいんですよ。

 しょうがない……。」


 私、ケネス君とグラハムさんを、机越しにひと睨みし、


「2人とも……そんなしょうもないことで喧嘩するんだったら、ここで私が返ってくるまでお留守番を命じるわよ!!」


「なっ!?!?!?」


「せ聖女様! しかしなが――。」


 グラハムさんが何か言い訳がましい事を言おうとしたが、


「黙らっしゃい!! いいですか!? これから長旅になるのです! それなのに、二人のギスギスした空気に振り回される周囲の迷惑も考えなさい!! 全く子供じゃあるまいし!!」


 その横でケネス君が、軽ーくザマァ顔をさらしてたので、


「ケネス君も!! しょうもない事でいちいちムキにならないの!! 妥協案なり折衷案なり考えられたでしょう!? 」


 と、こちらにも漏れなく説教しておいた。

 気分的に、の◯ママだわ。


 そして、出発の時がやってきた。


「聖女様……。今までほんに、ほんに、世話さなったべ。」


 村の皆が涙ながらに、手を握り別れを惜しんでくれた。


 村の子供達も


「聖女様、みんなで作っただ。」


 と、刺繍入りのハンカチに花冠、川魚の燻製なんかもくれた。


「皆、ありがとう……。」


 四十路手前のおばちゃんは涙腺ゆるゆるです。


 その後ろで、ケネス君はやや不服気に、グラハムさんは平常運転に戻って後ろから随伴。


 というのも、説教後、


『せ聖女様!! せめて! 一着でも某からドレスを送らせてはいただけぬだろうか!?』


 と、食い下がってきたので、次の中継地で一着だけいただくことにした。


 すると、


『僭越ながら! 精一杯聖女様にお召し物を! 選ばせていただく所存でありますっ!!』


 と、顔を赤くして、拡声器音量MAXレベルで叫ぶものだから、出発前からHP削られた。


 あの大声なんとか矯正できないだろうか?


 そして、


「皆! 必ず村に戻ってくるから!! それまで元気でね!!」


 馬車に乗り込んだ私は窓を開け、身を乗り出し大きく手を振った。


 皆もそれに応えて、”聖女様〜!!“と、大きな歓声で送り出してくれた。


 あぁ! もうペイリン村が恋しいよ!!


 えぐっ、えぐっ、

 と、涙をこらえ嗚咽を漏らす私に


「聖女様よろしければ……。」


 と、グラハムさんが


「聖女たる者がみっともない。」


 と、ケネス君が


 同時にハンカチを出してきた。


 途端に二人の間で絶対零度の空気が―――。


 あらやだ〜、この馬車冷房完備だったかしら?


 次の目的地ウィンザリーまでこの調子だろうか?

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やらかし聖女の後の聖女は苦労が多い 泉 和佳 @wtm0806

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