第7話 中央教会へようこそ
さて、中央教会へ行くに際し、
「そのカッコで行くんですか?」
と、ケネス君に眉を潜められた。
「ダメ?」
と、佳代子は一周クルッと回ってドレスを見た。
綿のシンプルな青いドレス。
ちょっと着古した感はあるが、洗濯もしてアイロンもかけてキレイだけどな?
「まるで下女のようです。」
ハァ〜っと、ケネス君がため息を吐くと、一着のドレスが出てきた。
「サイズは合うかわかりませんが、一応持ってきておいてよかったです。」
「すごーい! キレー! ケネス君の趣味なの?」
この薄黄色のドレス、ケネス君の銀髪に映えそうだ。ていうか、絶対似合う!!
「そんなわけ無いでしょっ!! 姉のお下がりを念の為持ってきておいたんですよ! 一応聖女様にお仕えするわけですからっ!!」
プンスカと怒るケネス君。
「はいはーい。オヤツにプリン出したげるから機嫌直そうねぇ~。」
「大の男を子供扱いして…………💢」
ケネス君のむくれ顔は、毛を逆立てた猫の様だと、佳代子は思って、明後日の方向を向き、プッと笑った。
ケネスはすぐ勘付きイラッとした。
「あまりグラハム少尉を待たすのも悪いですから……。」
ダリスさんがそう言うので、ケネス君との漫才はここまでにしておいた。
そして……。
「お待たせしました。」
それを見た瞬間、グラハム少尉は言葉を失った。
当然ながら、サイズは合わず特にバストがダボダボ。長すぎる裾は両サイドで絞り上げ、なんとか歩けるようにした。
唯一の救いは、胸元を隠したデザインであることだ……。
しかし、恋に浮かれたグラハムには、それすら可愛く見えて、緩みそうな顔を、引き締めるのにやっきであった。
「スミマセン。」
佳代子は小さくなって謝った。
グラハムの顔を見て、サイズすらあっていないドレスを着ていくなど無礼であると、怒っているに違いないと、思い込んだのだ。
「よ……良くお似合いです!!!」
と、それはそれは周囲に響き渡る大声で、グラハム少尉は挽回を図るも、佳代子の顔は引きつっている。
ダリスは、不毛以外の何物でもないこのやり取りを、ため息をついて眺めた。
そして、大変気まずい雰囲気の中、佳代子は密室の中、グラハム少尉と二人きりのしばしの旅を強いられた。
佳代子は思った。
ダリスさんはグラハムさんが、惚れてるらしいと言ってたが―――――、
勘違いではなかろうか?
だってこの鬼の形相―――――。
どう考えたって好きな相手に向けるものじゃない!!
やっぱりこの(私が着る事によって)台無しのドレスがダメなんだろうか?
えぇーい!!
何でも良い、空気よ、変われー!!
そう願いながら、佳代子は意を決して声をかける。
「ああの……。」
しかし、どうしてだろう? 彼の目から殺気が放たれてる気がする……。
「何か?」
そう聞き返すグラハムの声が、脅すように低い。
「ごめんなさいっ!!」
佳代子は思わず謝った。
「!! 聖女様が謝ることなどっ何も!!!」
と、グラハムは拡声器でも使ったのか? と思うような声を張り上げた。
「…………ハイ。」
佳代子は力なく返事した。
ペイリン村に帰りたい――――。
早くも心折れそうになる佳代子であった。
そして、1時間ほど馬車で揺られ外の護衛から到着を告げられた。
グラハム少尉が馬車から最初に降り、佳代子をエスコートする。
佳代子はグラハムの手を取り、ヨレっ……と、死んだ魚の目で姿を現した。
ダボダボのドレスも相まって、疲労感が半端ない。
一方、グラハム少尉は佳代子とのしばしの二人きり密室に浮かれ、顔を緩めまいと鬼の形相である。
出迎えた教皇ニコライは、
“馬車の中で一体何が!?”
と、驚きを隠せない。
聖女岩谷佳代子はやつれているし、グラハムは鬼気迫る形相……。
馬車内で緊迫した心理戦を繰り広げていたのだろうか?
ニコライは、佳代子に向けてにこりと笑顔を向け歓迎の意を表し、
「遠路はるばるご足労いただき、ありがたく存じます。私は教皇を務めております、ニコライと申します。」
と、胸に手を当て軽く会釈した。
「これは、丁寧にご挨拶いただき、ありがとうございます。岩谷佳代子です。」
と、佳代子は社会人らしいご挨拶をした。
ジャパニーズ角度60度のお辞儀は珍しいのか、ニコライは一瞬固まった。
なぜなら……この国では、聖女は教皇に次ぐ地位である。
故に、聖女の目上に対する挨拶は、礼を述べ軽く会釈するくらいで、今、佳代子のしている挨拶は、使用人が主人に対して行う挨拶になるのだ。
公の場で、このような振る舞いは、いらぬ憶測を呼び、これはこれで問題である。(しかも、3年も放ったらかしにしていた聖女なのに……)
「せ聖女様。そのように礼を尽くされるのは、身に余ることでございます。会釈のみで結構ですよ……。」
「あ……そうですか。」
佳代子は、カクッと頷いた。
何があったか知らないが、この精も根も尽き果てた、という聖女の姿を、これ以上公に曝すわけにいかない。
ニコライはとっとと聖女を教会の一室に案内した。
佳代子は部屋に案内され、フッカフカのソファに座って、やっとまともに息を吸うことができた。
周囲にシスター達(この世界では、女性神官をどう呼ぶのか知らないが。)が、いなければこのまま寝っ転がりたい。
だが、そういうわけにも当然いかず、聖女の法衣に着替えさせられ、お茶で一杯休憩して、グラハム少尉ダメージを少し回復。
佳代子は回復して、冷静になると、グラハムに対してそこはかとなく怒りが湧いてきた。
法皇様に会うっていうんだから……
それなりの格好をするのは当然のマナーだけど……。
それにしたって、そういうことは口頭ではっきり言うべきだし、逃げ場もない密室空間で! いくらオバサン相手でも、女に対して! あんなに睨むことある!? 生きた心地しなかったわっ!!!
と、ティーカップを握る手に怒りを込め、一気に流し込むと、少し思考を切り替えた。
さて、法皇ニコライだっけ?
3年も放置していた私を呼び出すなんて……。
人のこと舐めてる証拠よね?
それか、もうひとりのケネス君が言うにはビッチちゃん(ケネス君も思い込み激しい系だから、鵜呑みにはできないけど)が、何かやらかして、私に頭下げてでも事態の収拾を図ろうとか考えてる?
法皇てのも案外いい加減よねぇ~。
と、考えながら佳代子はその時を待った。
そして、ノック音と共に、
「聖女様、ご準備整われましたでしょうか?」
と声をかけられ、佳代子は
しゃんとしなきゃ! と、背筋を伸ばし、返事した。
「ハイ。」
佳代子は、神官に伴われ教皇の謁見にのぞむ。
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