第3話
エスカレーターに乗り、3階へ。
そこは海の中では無く小さな宇宙だった。
エスカレーターを降りてすぐ右に折れると、色んな種類のクラゲが展示されているスペースになっている。去年、彼女が見たいと言っていたのはここのことだ。
「相変わらず凄いねぇ」
真美は感嘆の声を漏らすと、持っていたトートバッグをギュッと胸元で抱きしめた。
横に長い水槽では涼やかな青色をしたクラゲが、はたまた丸く縦に平たい水槽には触手の長い乳白色のクラゲが水流に身を任せて漂っている。
これは去年、真美から聞いた話なのだが、どうやらクラゲというものには自ら泳ぐ能力は殆どないらしい。沈まないように傘を開閉しプカプカとやるだけで、自分の力で泳いでいる訳ではないようだ。
真美は『いったいどこから仕入れてくるのか』というような雑学を時々披露することがあった。
例えば『動物園で亡くなった動物は解剖研究された後、標本として博物館に寄贈される』とか。彼女はこの時こう言っていた。「生きてる間だけじゃなく、死んでからも見世物にされるなんて最悪だよね」と。全くの同意だった。しかし、自分は見世物にされたくないのにこうやって生き物を鑑賞しに来ているなんて、とんだエゴイズムだ。人間らしいといえば正しく人間らしいが。
「写真撮りたいからちょっと待ってて」
胸元で抱きしめていたトートバッグを再度肩に掛け直すと、真美はジーンズの尻ポケットに入れていたスマホを手に良いアングルを探し出した。
そういえば去年もこうやって写真を撮っていた気がする。その時は人でごった返していて、満足のいくものは撮れなかったみたいなので今回は好きにさせておく。
そういえば彼女は事あるごとに写真を撮っていた。どこかへ出掛けた時は勿論のこと、大学で一緒にお昼ご飯を食べる時も講義の前の短い休み時間にも撮っていた。その時はこんなに撮って何の役に立つんだと思っていたが、まさかあんな形で使われる時が来るなんて、考えてもみなかった。
そうこうしているうちに真美はスマホをまたポケットにしまった。気が済んだようだ。
「OK! 次はね……」
話しだした彼女の声に重なって、館内放送が流れ出した。どうやらもう閉園の10分前らしい。楽しい時間は瞬きの間だ。
「あーあ、まだ半分くらいしか回れてないや。あと1時間でも早く着けたら良かったね」
落胆した様子でそう呟き、真美はクラゲの入った水槽を人差し指でなぞった。
「もうちょっと一緒にいたかったけど、そろそろ行かないとね」
そう、私たちは行かなければならない。約束の為に。
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