第2話

 真美とは小学生からの付き合いだった。

 6年生になった春。親の仕事の都合で転校してきた彼女と仲良くなるにはそう時間は掛からなかった。真美は社交的な性格だったし、それは私にしても同じだったから。

 「とりあえず順路通りに見て行こうか」

 閉園時間を気にしているのか、真美は少しだけ早足で館内奥へと進んでいく。彼女は正面右手にあるタッチプールやカップルのいるお土産売り場には目もくれず、一直線に長く続くエスカレーターへ飛び乗った。

 エントランス部分よりも更に照明が落とされているのに加えて、碧く揺らめくライトや海中を思わせるBGMの効果により、一段と幻想的なムードが高まる。

 『次はお互い彼氏と来たいよね。ダブルデートしようよ』などと戯れ言を言っていたのを思い出した。それももう叶わない話だが。

 エスカレーターを降りると、そこは海の中だった。

 そう言いたくなるほどの大水槽が目の前に現れる。これを見るのは2回目になるが、あの時と変わらぬ佇まいで私たちを出迎えてくれた。

 私の記憶が正しければこの大水槽は、この辺り近郊の海に生息する魚たちを展示していたはずだ。大小色とりどりの魚は思い思いに泳ぎ回り、こちらには目もくれない。それぞれ制限付きの『自由』を謳歌しているようだった。

 真美は壁際に設置されている足の短いベンチに腰を掛けると、しばらくの間ただ大水槽を見つめていた。彼女は今、一体何を考えているのだろう。

 中学生になってすぐ、真美は私の家庭環境を知った。同情はされたくなかったし、心配もして欲しくなかったので私から何か言うことはなかったが、不可抗力的に彼女の耳に入ったようだ。事情を知った後も真美は前と変わらずに友達でいてくれた。私にはそれが一番嬉しかった。

 「よし、次だ」

 満足したらしい彼女は腰を上げ、歩き出す。水槽で出来たトンネルをくぐりながら真美は「見て、綺麗だよ」と私に話しかける。向かいから歩いてくる飼育員らしき人がこちらを一瞥した。私たちはそれを気にする事無く通りすがる。すぐにまた広い空間に出た。今度は種々様々な水槽が点々と設置されている。どうやら特別展を開催しているらしい。

 「へぇ、『かわいい小さな生き物展』だって。ちょっと見ていい?」

 真美は私が返事もしていない内からずんずんと小さな水槽に向かっていく。彼女はいつもそうだった。私の意見なんて聞いているようで聞いていない。自分至上主義だ。いつだって周りに忖度せず、自分軸で行動する。案の定、それが原因でトラブルになることも少なくは無かったが、私は彼女のそんなところが気に入っていた。人はいつだって自分に無いものを求めるものだ。

 私がそんな事を考えているとはつゆ知らず、真美は「エビ小っちゃ!」とか「ちょっと間抜け面だね」などとはしゃいでいる。最近の彼女は元気がない様だったので、久しぶりに笑顔が見られて嬉しかったりする。癪なので、本人には言わないけれど。

 小さな奴らを余すことなく見尽くした時、時刻はもう午後5時になるところだった。予想外に時間を使ってしまった。

 真美もそれに気が付いたらしく「やば」と小さく呟いて、上階に向かうエレベーターを目指した。

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