さいごの約束
マリエラ・ゴールドバーグ
第1話
「ねぇ、覚えてる?」
車を停めた真美が唐突に呟いた。
「去年の今頃だったよね。一緒にクラゲ見に来たの」
もちろん覚えている。忘れるはずもない。
去年の7月26日。大学が夏期休暇に入ってすぐのこと。その日は真美の21回目となる誕生日だった。
それまでにもう10回以上も誕生日を祝ってきたので、プレゼントのネタも尽きていた。そこで私は直球で彼女に訊ねたのだった。『誕生日プレゼントは何がいい?』と。
真美は悩む素振りも見せず、即答した。
『クラゲを見に行きたい』
正直言って、そんなことで良いのかとも思ったが、本人の希望なら断るべくもない。クラゲの展示で有名な水族館の開園時間に合わせて車を飛ばしたのだった。
そして今日。またも同じ水族館へとやって来た。あの日の約束を果たす為に。
「閉園時間間際だし、やっぱり人少ないなぁ」
運転席から降りた真美が独り言のように言う。確かに駐車場は閑散としていた。辺りを見回すと他に5台ほどしか車は見当たらなかった。
「うわ、暑いな」
お気に入りのパンプスをカツカツと鳴らして歩きだす彼女と共に水族館の入り口へ向かう。
時刻は午後の4時30分を過ぎた辺りだが、昼間の熱気はまだまだ健在で、真美の首筋には早くも汗が光っていた。
水族館の回りは海に繋がる水路で囲われており、入り口へ行くには橋を渡る必要があった。
「前に来た時はマンボウが泳いでたよね。覚えてる?」
それも覚えている。まさかこんなところにマンボウがいるとは思わなかったので、ふたりしてはしゃいだものだ。
橋を渡りきり、階段を上がるとようやく入り口が見えてきた。
その隣にある券売機でチケットを購入し、受付のスタッフに手渡す。
アルバイトだろうか。申し訳程度の「ようこそ」を私達に浴びせかけ、慣れた手つきでチケットの1/3をもぎった。真美に半券を返すと同時にパンフレットを寄越し、「17時半閉園です」と告げた。
館内にはお土産売場にカップルがいるくらいでほぼ無人だった。少し暗めの照明とひんやりした空調は海の底を演出しているのだろう。
「涼しいね」
真美はそう言いながらTシャツの首もとをパタパタと扇ぎ、冷気を取り入れている。
しばらくそうした後、「じゃあ行こっか」と再び歩き始めたのだった。
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