第20話  妻の家族




「義兄さん、いらっしゃい」

「お邪魔します」




東求堂鼎弁護士に依頼をしてから翌日の昼、俺は花菜ちゃんに呼ばれて彼女の実家を訪れていた。

もちろん莉菜の実家でもあるので、結婚する前までは良くお邪魔していた。

しかし、結婚してからは訪ねる回数は減っていたから今回はちょっと緊張している。

なにせ俺を呼び出したのは、莉菜と花菜ちゃんの両親だからだ。つまりは、俺の義父母に当たる。

用件は多分、莉菜との離婚に関してだろう。

そりゃそうだ、結婚する時の挨拶で俺は莉菜を幸せにすると二人に誓った。

それが破られたのだから、二人が怒るのも無理はない。




「はぁ······気が重い」




今から起きることを想像すると、今すぐ帰りたくなるほど気が重くて溜め息が自然とこぼれる。

しかし来たからには、今更帰ることは出来ない。




「義兄さん、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」

「あ、あはは······ありがとう」




花菜ちゃんはそう言ってくれるが、俺にとっては何の気休めにもならないような気がする。

沈んだ気分のまま花菜ちゃんに連れられ、リビングへと通される。

そこで待っていたのは、莉菜と花菜ちゃんの両親。




「やあ、しばらく振りだね」




父親である黒田良平くろだりょうへいさん。

大手の会社に勤めるサラリーマンで、見た目は厳格そうの一言に尽きるが、内面はそうでも無い。

二人の娘のことをとても可愛がる良い人だ。




「久しぶりね、誠君」




母親である黒田愛菜くろだまなさん。

家事全てを完璧にこなす専業主婦。子持ちとは思えない程の美人で、昔から良くナンパをされると聞いた。

穏やかで優しく、娘たちから慕われている。




「お久しぶりです。お義父さん、お義母さん」




丁寧にお辞儀をすると、良平さんから椅子に座るよう言われて花菜ちゃんと並んでおずおすと座った。

対面すると、重苦しい雰囲気になる。

何を言われるんだろう、説教かな?と緊張が走る中、少しの沈黙の後二人は急に立ち上がったかと思うと床に膝を突いて頭を下げてきた。




「誠君、すまなかった!」

「誠君、ごめんなさい!」

「えぇっ!?」




二人のいきなりの土下座に思わず目を疑う。

まさかの事態に思わず硬直していると、隣に座っていた花菜ちゃんも立ち上がって頭を下げた。





「義兄さん、私も謝ります。ごめんなさい」

「い、いやいや!なんで皆さんが謝るんですか!?」




幸せにすると誓った約束を破ったのは俺だから、むしろ謝らなければならないのは俺のほうなのに。




「皆さんは何も悪くないんですから、どうか頭を上げてください!」

「いや、そういうわけにはいかん。話は花菜から全て聞いた。うちの愚娘が大変失礼なことをした。君を傷付けたその責任は、全て親である私たちにある。本当にすまなかった」




床に頭を擦り付けて謝罪の言葉をする良平さん。

確かに子供のしたことは親の責任にも繋がるかもしれないが、それはあくまで未成年に対してだ。

莉菜は、もう立派な大人。本人が責任を持たなければ、何の意味も無い。

だから、この人たちは本当に何も悪くないのだ。




「本当に頭を上げてください、皆さん。俺は皆さんに良くしてもらったんだから、謝られる必要はありません。むしろ俺が謝らなければならないんです。娘さんを幸せにすると言ったのに、その約束を果たせなくてすみませんでした」




俺も頭を下げると、二人はようやく頭を上げた。

だが、その顔はまるで慈愛に満ちているかのような優しい笑みを浮かべていた。




「いいんだよ、誠君。君は良く頑張ってくれた」

「そうですよ。誠君、あなたには本当に感謝しています。あんな馬鹿娘を好きでいてくれてありがとう」

「お義父さん、お義母さん······」




本当にこの人たちは良い人だ。

そんな人たちを裏切るような真似をした莉菜にも腹が立つし、自分にも怒りを覚える。

出来ればこの人たちには最後まで俺の両親でいてほしかったと、今更になって後悔が押し寄せるが既にもう遅い。




「それで、やはり莉菜とは離婚するのか?」

「······はい、すみません。俺の心には、もう莉菜に対する愛情がこれっぽっちも残っていないようなんです。それにこのまま一緒に居ても、互いに幸せにはなれないと思いますから」




今の自分の素直な気持ちをぶつけると、二人は納得したように深く頷いた。




「そうか······そうだよな。私だって、君の立場なら必ずそうする。辛いことを聞いて悪かったね」

「いえ······」




ただ莉菜と離婚するとなると、この人たちとはもう家族ではいられない。本当に赤の他人になってしまう。それだけは心残りだ。

悲しい気持ちを必死に抑えていると、愛菜さんが穏やかな表情を俺に向けて口を開いた。




「誠君、今まで莉菜を支えてくれてありがとうね。でも、あの子と別れたからってあなたは私たちの息子であることに変わりはないわ」

「えっ······?」




意外な言葉を聞いて、俺はきょとんとしてしまった。

どういう意味かと訊ねる前に、今度は良平さんが頷きながら言った。




「そうだな。君に対する酷い仕打ちをした莉菜とは、金輪際縁を切ることにする。だが、私たちは君とずっと家族でいるつもりだ。君たちの結婚式の時、私たちはそう誓ったんだよ」

「そうですよ、義兄さん。私たちは、今までも······そしてこれからも家族なんですから」




隣に座る花菜ちゃんも俺の手を優しく握って、まるで慈しむように同意した。

いいんだろうか?俺なんかがこんな優しい人たちの家族でいても······。

そんな不安を消し去るように、良平さんと愛菜さんは俺に近寄ると俺を抱きしめてきた。




「私たちは、これからも君の家族だ。それを忘れないでほしい」

「そうです、困った時は何でも言ってくださいね」




暖かい。体温の話じゃない。この人たちの優しさに心が暖かくなっていくんだ。

昔から家族が居なかった俺にとって、家族ってこんなにも良いものなんだと改めて痛感させられた。




「そうだ、良いことを思い付いた。莉菜とは別れて、花菜を貰ってやってくれないか?」

「へっ······!?」

「ちょ、ちょっとお父さん!?」




突然の申し出に、俺と花菜ちゃんは驚いた。

花菜ちゃんは顔を真っ赤に染めて慌てた様子で、それを聞いた愛菜さんも「まあ······!」と花が咲いたような笑顔をした。




「それは名案ですね、あなた!そうすれば、私たちもずっと家族でいられますし、そのほうが花菜も嬉しいでしょう?」

「お、お母さんまで······!?」




愛菜さんの言葉に、さらに顔を赤くする花菜ちゃん。

本気なのか冗談なのか分からない二人の発言に、俺はただ苦笑いを浮かべていたのだった。




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