第19話 第四の女?
それから一時間ちょっと話し合いをし、東求堂さんと綿密に計画を練り出した。
モラハラの証拠としては弱いが、少額ではあるものの慰謝料は取れるらしい。
ただし浮気のほうは、例え肉体関係が無くとも気持ちが完全に冷え切って離れてしまって違う相手に想いを寄せてしまった場合はアウトらしい。
その証拠は花菜ちゃんの証拠に加え、結婚指輪を意図的に外されてしまったためかなり有利みたいだ。慰謝料もそこそこ取れると東求堂さんは言った。
「どのくらい慰謝料を取れたりするんですか?」
「そうですね······この状況ですと、浮気とモラハラを併せて100万以上500万未満といったところでしょうか。やろうと思えばもっと取れる気もしますが、なにぶん時間がかかると思います。でも内田さんは、早く奥様と離婚なさりたいのでしょう?」
「まあ······そうですね」
ぶっちゃけ、お金に関してそこまで執着はしない。
お金よりも何よりも、まずは莉菜と別れたいし関わりたくないとさえ感じている。
あんなに愛していたのに、気持ちが消えるのは一瞬なんだなと自分の淡泊さに驚いている。
「でしたら、こちらのほうで簡単に書類を作りますので少しお待ちいただければと思います」
「分かりました、よろしくお願いします」
「では、こちらの証拠もお借りしたいのですがよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
東求堂さんは俺と花菜ちゃんの証拠のデータをコピーし、自身のスマートフォンにそれを保存した。
「ありがとうございます。それではこちらをお借りし、事務所に戻って資料作成に移りたいと思います」
「分かりました。あっ、そうだ······弁護士費用はおいくらになりますか?」
弁護士に依頼するのは初めてだが、着手金や報酬金など必要なのは素人の俺でも分かる。
この手の依頼料がどのくらいになるのか分からないが、仕事が出来る人っぽいからきっと高いかもしれない。
そう思っていると、東求堂さんはふっと笑った。
「そうですね、報酬金は奥様から払われた慰謝料からお願いします。分割の後払いでも大丈夫ですので。この程度の依頼なら、50万円程で承ります。着手金は無料で結構です」
「えっ······」
なんか思っていたより安い。
もっと高いものかと想像していた。
というか、着手金無料っていいのか?
こんな好待遇、なかなか無いと思うが······。
驚いていると、東求堂さんは俺の手をそっと握り笑顔を向けた。
その顔は、どこかほんのりと赤みを帯びている。
「内田さん限定の初回割引という感じで結構ですよ」
「えっ?あ、あの······と、東求堂さん?」
東求堂さんみたいな美人にいきなり触られたことで、ついドキドキと胸が高鳴ってしまう。
顔が熱くなるのを必死に誤魔化そうと顔を横に向けると、いつの間にか言い争いを止めていた美司さんと花菜ちゃんが冷めた眼差しで俺を睨んでいた。
「ちょっと、うっち?なに照れてるの?」
「義兄さん······女なら誰でもいいんですか?」
「ひっ······!?」
ぞっと背筋が寒くなるような何かを感じる。
そんな視線に耐えきれず思わず東求堂さんの手を離すと、彼女は小さく「あっ······」と声を漏らして一瞬だけ寂しそうな表情を見せていた。
なんだろう、今の表情の意味は······?
不思議に思っている俺に対し、東求堂さんは再び真面目な顔をして咳払いをした。
「では、私はこの辺で失礼しますね。これから事務所に戻って資料を作成しなくてはならないので。詳しいことは、また後日メールにて送りますね」
「あっ、はい。ありがとうございました」
「ふふっ。頑張りましょう、内田さん」
頭を下げて礼を言うと、東求堂さんはまたも笑顔を俺に向けて挨拶をして立ち去って行った。
なんか、クールな人かと思ったが意外に笑顔が似合う人だなぁ······とギャップに萌えていると、両側から俺の腕を掴まれた。
「······義兄さん、鼻の下伸ばしすぎです」
「うっち、デレデレしないの!」
「ちょっ、二人とも······!?」
二人の怖い笑顔を見て、急に現実に戻されたような絶望が襲いかかってきた。
さっきまで言い争っていたのに、この息を合わせたような連携感は何なの!?女の子って分からない。
「······私が······義兄さんを悪から守らないと······」
「あは······やっぱりこれは······調教が必要かな······」
二人とも、なんか怖いこと言っている!?
隣に居たため、二人の呟く声がはっきりと聞こえてしまい、薄ら寒い何かを感じて恐怖してしまう。
おかしい、二人はまともな人だと思ったのだが······。
それは、俺の大きな勘違いなのかもしれない。
それからしばらく三人でお茶をした後、解散となって俺は帰る道が同じである花菜ちゃんと歩いていた。
その時には、花菜ちゃんの様子はいつも通りになっていて普通に談笑出来ていた。
そんな中、花菜ちゃんは思い出したように「あっ······」と急に声を出した。
「そういえば義兄さん、これを預かっていたんです」
そう言われ、手渡されたのは一枚の名刺だった。
「見たことも無い男の名前だなぁ······あっ、もしかして花菜ちゃんの彼氏とか?」
「は?ふざけています?」
「すみませんでした」
少し思い付いただけで言っただけなのに、花菜ちゃんの凍えるような視線と「は?」が異常に怖かったので素直に謝ることにした。
にしても誰だろう?取引先でも無いしなぁと思っていたが、ふとあることに気が付く。
「あれ······?この会社名······」
そこに書かれていたのは、莉菜が今働いている会社の名前だった。
もしかして、と予感が脳裏をよぎる。
「連絡してほしいそうですよ」
「あ、ああ······そ、そうなんだ」
とは言ったものの、気が重い。深い溜め息も出る。
そりゃそうだろう。だって俺の予感が正しければ、その男はきっと――
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