第16話  証拠の確認




離婚。

花菜ちゃんからそう言われ、俺は目を閉じ思案する。

ちょっと前の俺なら、離婚と聞かされて焦っていたと思う。だって、莉菜を愛していたから。

でも、今の気持ちはまるで違った。




「離婚か······確かに、それも考えるべきだな」




そう自然と口からこぼれる程、俺の心は意外にも落ち着いていた。

そんな俺の言葉に、花菜ちゃんは目を丸くした。




「意外ですね······義兄さんは、てっきり渋い顔をして悩むかと思っていました」

「ん、ああ······以前の俺なら、そうだったかもね」

「ということは、今は姉さんのことを愛していないんですね?」

「まあ、そうなるね」




今の俺の心は、莉菜を愛しているという気持ちが綺麗さっぱり消え失せていた。

だから、莉菜を無視出来ているのだろう。

俺の返答を聞いた花菜ちゃんは、ぱぁっと明るい笑顔を向けてきた。




「うんうん、そうですよね!じゃあ、とっとと離婚に向けて準備しちゃいましょう!」

「そうだね、そうしようか」




何だろう?花菜ちゃん、かなり上機嫌になっている。

そんなに俺と莉菜の離婚が嬉しいのだろうか?

ちょっと変わった子だなぁ。




「それではまず、今の証拠について確認しましょう。一つ、義兄さんへの暴言を録音した音声データですね。確認させてください」

「ああ、分かった」




頷くと、俺は懐からスマートフォンを取り出して録音した音声を再生させる。

その内容に、花菜ちゃんは苦虫を噛んだように苦しそうな表情を浮かべた。




「何です、これ······?家事全てを義兄さんを押しつけるなんて。それに、我が儘過ぎますよ。お姫様のつもりなんですか?」

「ああ、俺もそう思う。本気でそう思っていなくちゃ出来ない発言だよな」




俺も呆れて笑ってしまうが、本来は笑いどころの話ではない。

多分、もはや他人事のように考えてしまっているからだろうな。




「でも、これだけじゃ証拠としては不充分ですよね。モラハラっぽいですけど、離婚調停委員は多分やり直せると判断しちゃいますよ」

「う~ん······確かにそうかも」




離婚調停委員は、夫婦での話し合いを優先して仲裁する人たちだ。

双方の意見を聞いて判断してしまうため、もしかしたら莉菜の言い過ぎなだけと認識してしまうかもしれない。

だって、俺の証拠は一日二日の音声データしか無いのだから。

どうするべきかと悩んでいると、花菜ちゃんは俺の顔色を窺うようにおそるおそる喋り出した。




「あの······義兄さん、私も証拠を持っているんです······」

「えっ、そうなの?」

「はい、多分これがあれば確実に離婚出来るかと思うんですが······」

「いつの間に······でもそうか、花菜ちゃんのお墨付きなら本当に確実だね。それ、聞かせてくれる?」

「あっ、いえ······その······でも、あまりにも酷い内容なので、義兄さんが悲しんじゃうかと思うんです······」




花菜ちゃんは、申し訳なさそうに顔を俯かせた。

この子、本当に莉菜と正反対な性格だ。

人の気持ちを優先し、その上で気遣ってくれる優しい子だ。この子が味方で本当に良かった。

でも、離婚するためにも当事者の俺はそれを聞かなくてはならないし、その義務も権利もある。

俺はふっと笑うと、花菜ちゃんの頭を優しく撫でた。




「に、義兄さん······!?」




顔を上げた花菜ちゃんの顔は、かぁっと真っ赤に染まっていて目を見開いていた。ちょっと可愛い。




「ありがとうな、花菜ちゃん。俺を気遣ってくれたんだろ?その気持ちは本当に嬉しいよ。でも、俺は大丈夫。こう言っちゃなんだけど、俺は莉菜に何を言われてももう平気なんだ」

「そ、そう······なんですか?」

「ああ、だから聞かせてくれ」

「わ、分かりましたから······その、そろそろ手を離してくれると嬉しいです」

「あっ······ご、ごめんね」

「い、いえ······」




あまりに心地好かったせいで、ずっと花菜ちゃんの頭を撫でていた。

本当の妹みたいだなぁと愛しくなり、ちょっと和やかな気分になりすぎていたようだ。少し反省しよう。

花菜ちゃんは少し深呼吸をして落ち着いた後、自分のスマートフォンを机に置いた。




「そ、それじゃあ······私が持つ証拠を出しますね」

「ああ、頼む」

「まず一つ。私が姉さんと話した会話です」




そう言って再生した内容は、あまりにも聞くに耐えない酷いものだった。

『クソ旦那』や『ATM』という言葉よりも、『俺に愛が無かった』という発言やその先輩に愛を捧げていたことのほうが驚いた。

だが、不思議にもそこまで傷付かなかった。

前までの俺なら、傷心して自殺まで考えていたかもしれないのに。一体俺、どうしちゃったんだろうな?




「義兄さんに愛情が無いのは、もう明らかだと思います。一応、姉さんが浮気した写真も撮ってあるので、これがあれば有利かと······」

「なるほど、確かにこれは妻有責の離婚になるね」




これは、もう立派なモラハラと浮気だ。

一線を越えていないにしても、莉菜の気持ちは完全に俺から離れてその先輩に愛情を注いでいる。

これは完璧な浮気だ。慰謝料だって取れるだろう。




「その······義兄さん、大丈夫ですか?」

「ん······?」




気が付くと、花菜ちゃんは心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。

いかんな、義妹にこんな顔をさせるなんて義兄失格だ。




「ああ、大丈夫だよ。ありがとう、花菜ちゃん。これで離婚出来るよ」

「いえ······それなら良かったです」




微笑むと、花菜ちゃんは安心したように笑顔を返してくれた。本当に良い子だ。こんな子を悪く言う莉菜は、本当に許せない。俺もちゃんと覚悟を決めないと。




「じゃあ、これを持って弁護士に相談しないとな」




そう思って、どこの弁護士事務所が良いのかスマートフォンで検索しようとすると――




「それなら、あたしに任せてくれないかな?」




聞き覚えのある声がして振り向くと、そこには私服姿の美司さんの姿がそこにあった。




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