第15話  義妹との密会




「う······んん······」




あれ?私、いつの間に寝ていたんだろう?

カーテンからは、微かに光が漏れている。もう朝らしい。




「っ、頭が痛い······」





テーブルの上には、寿司の空容器と数本のビールの缶が散らかっていた。

どうやらこの頭痛は、二日酔いからきているようだ。




「あー······そうだった、思い出した······」




昨日、あいつが夕飯の支度も冷蔵庫の中身も補充していないせいで、出前を注文したんだった。

あいつのせいで、無駄にお金を使ってしまった。

くそ、それも全部あいつのせいだ。




「ちっ······うざ······」




頭痛のせいで、苛々が昨日より増している。

今日こそは、ちゃんとあいつに言い聞かせないと。

今まで家事もあいつの担当だったんだから、サボることは許されない。

それすら忘れているなら、キツく言わないと駄目だ。

それに私の二日酔いを和らげるために、ハーブティーを作らせないといけない。

本当に面倒くさいけど、ふらふらとした足取りで寝室に向かう。




「ちょっと、いつまで寝てんのよ。私二日酔いだから、さっさと起きてハーブティー作りなさいよ」




頭が痛いからあまり大声を出せなかったが、乱暴に寝室のドアを開ける。

カーテンは開け放たれており、その光が眩しく目に突き刺さる。

だけど、目が慣れた時に私は次に目を丸くする。




「は······?」




寝室は綺麗に掃除されており、布団もちゃんと折り畳まれていた。

そこは別に不思議じゃない。それもあいつの仕事の内に入っているから。

私が驚いたのは、あいつが私服に着替えていた。しかも、外出用の鞄に色々詰め込んでいる。




「ちょっと、起きてるんなら返事くらいしなさいよ。てか、何?出かけんの?」

「············」




私の問いに答えるどころか、まるで私が見えないみたいに無視してせっせと支度をしている。

その態度にさらに苛々が増すが、怒鳴れば頭に響くと思うからそれも中々出来ない。




「ねぇ、無視してんじゃないわよ。出かける前に、私のためにハーブティー作りなさい」

「············」

「っ、だから無視してるんじゃ――痛っ!」




無視し続ける誠にキレてしまい大声を上げようとしたが、やはりすぐに頭痛がした。

あー、もう······本当に最悪。こいつ、何様なの?

私をずっと無視するなんて良い度胸じゃない。

私のこと、本当は大好きなくせに。




「············」




誠は支度を終え、私の横を通り抜けた。

その間、ずっと私の顔どころか姿すら一瞥することは無かった。




「ちょっと、待ちなさい······!この私を無視するんじゃないってば······!」




ズキズキと襲う頭痛を必死に抑え、大声を出して引き止めようとするが誠はすたすたと玄関に向かった。

そして、そのまま靴を履いて私に目もくれず出て行ってしまった。




「っ······何なのよ、意味分かんない。私を優先しなさいよ······うっ」




ひたすら文句を言いたいところだが、さすがにこのまま頭痛を放っておく訳にもいかない。

本当に面倒くさいけど、自分でハーブティーを用意しなくてはならない羽目になった。




「覚えてなさいよ······帰ってきたら説教してやるわ」




私は恨み言をこぼし、ゆっくり歩いてキッチンに向かうのだった。




† † †




「――それで、姉さんの様子はどうでした?」




家から出た俺は、近くの喫茶店で花菜ちゃんと会っていた。理由はもちろん、莉菜のこととこれからのことを話し合うためだ。




「ああ。二日酔いのせいもあると思うけど、妙に大人しかったよ。頭痛があっても叫び散らすのに······」

「まあ、そりゃそうでしょうね」

「ちょっと気持ち悪いかもなぁ。今までぎゃあぎゃあと騒いでいたから余計にね······」

「に、義兄さん······?どうしたんですか?」




俺が呆れながら言うと、花菜ちゃんは驚いたように目を大きく開いた。




「何が?」

「だって、今まで姉さんのことを悪く言ったことなかったのに······」

「まあ······心境の変化ってやつかなぁ?俺も今までとは違うってことさ」

「心境の変化······ですか」




花菜ちゃんは、いまいち納得していなさそうな困惑した表情を浮かべていた。

だが、それ以外の言葉も思い浮かべられない。




「いや、俺も正直驚いているんだ。ほんの数日前の俺なら莉菜に無視することも出来なかった。それどころか、今まで通りの生活を送っていたと思う」

「それじゃあ、良いほうに変化していますね」

「そうかな?」

「はい。でも、まだ全然甘いです。これくらいじゃ、姉さんは反省するどころか逆ギレするかもしれません。義兄さんを恨んでいるかも······」




それは充分にあり得る。

長年莉菜と一緒にいるだけあって、花菜ちゃんの莉菜に対する指摘は間違っていないと断定出来る。

ということは、無視するのはやはり逆効果だったのでは?と思ったが、花菜ちゃんは注文したアイスティーを一口飲んで続けて言った。




「義兄さん、私の言う通りにしましたか?」

「うん?あ、ああ······言われた通り、莉菜の俺に対する暴言の数々を録音したよ」

「よし、どんどん証拠が集まっていますね」

「証拠?何の?」




聞いててなんだが、もう俺には分かっていた。

花菜ちゃんが何を企んでいるのかを。

そして、俺はそれを望んでいる。昔の俺ならこんなことを選択せず、ずっと莉菜の奴隷になっていただろう。

心境の変化って恐ろしいものだとしみじみ思っている中、花菜ちゃんはふっと笑った。




「何って······もちろん、離婚に向けてのですよ♪」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る