第14話  違和感と苛々




その日の夜、私は泣き腫らしながらふらついた足で仕方なく自宅のマンションへ帰宅していた。

エレベーターに乗り、今さっきのことを思い出す。

好きな先輩に嫌われた。もう関われないだろう。

連絡先もブロックされたし、先輩とは部署が違うから会える機会もかなり少ない。

仮に会えたとして、私が人妻だとバレた以上気軽に話も聞いてくれないかもしれない。

いや、問題はそれだけじゃない。

よりによって、あの妹に先輩とのデート場面を写真に撮られた。

しかも、それを両親に報告するのだという。




「冗談じゃないわよ······」




あの両親に怒られると想像したら身震いがする。

私にとって、両親はトラウマだ。

幼い頃からやんちゃな私は、妹よりかなり厳しく怒られた記憶がある。

だから、二度と怒られないために誠と結婚して早々に家を出た。決して実家には帰らないと決心して。

だから、今回のことを両親に知られるのはまずい。

けど、妹を止めることはもう出来ないだろう。

あいつは頑固だから、やると決めたらやる女だ。




「どうしたらいいのよ······!」




苛々して、ついエレベーターのドアを蹴る。

けど、まだ言い逃れは出来るかもしれない。

言葉の綾とか本心じゃないと言えば、まだ何とかなるかもしれない。

それ以外にも、ちゃんと言い訳を作らないと。




「あぁ、くそ······なんで私がこんなこと考えなきゃいけないのよ······!」




本当に苛々する。それもこれも、全部あの妹のせいだ。

あの妹が居なければ、私は今頃先輩とご飯を食べて、いい感じになってホテルにも行けたかもしれないのに。

本当に昔から私の邪魔ばかりする、うざったい妹だ。




「絶対許さない······」




エレベーターから降りて、自宅の部屋に向かう。

もうこうなったら仕方がない、両親のことは後回しにして今はお酒でも飲んで忘れよう。

現実逃避でもしてなきゃやっていられない。




「ただいま!」




鍵を差し込み乱暴にドアを開けると、私は違和感に目を細めた。





「は······?」




いつもなら誠が出迎え、既にお風呂もご飯も用意している。

そのはずなのに、電気が真っ暗で物音一つもせず、人の気配もしない。




「何······?もしかして、もう寝てるの?信っじられない!この私が帰宅したんだから、出迎えるのが当たり前でしょうが!」




本当に役に立たない旦那だ。

叩き起こして文句の一つでも言ってやらないと、私の気が済まない。

寝室に向かい、思い切りドアを開く。

そこには案の定、誠が寝ていた。

しかし、私は気にせず大声を出す。




「ちょっと!なんで私を出迎えないのよ!?それに、ご飯は!?お風呂の準備もしてないじゃない!」




いつもだったら、「ごめん」と謝ってベッドから起き上がって急いで準備をするはずだった。

しかし、今日は違った。

誠は私に背を向けたまま、すぅすぅと寝息を立てて眠りこけている。

信じられない。愛する妻が帰ってきたというのに、気が付いてないというの?




「ちっ、ふざけんじゃないわよ!さっさと起きて、私のご機嫌取りなさいよ!」




さらに大声を上げるが、彼は全く動かずに眠っている。

何なの······?本当に私に気が付いてないとでもいうの?

苛々が増してきてしまい、私はギリッと奥歯を噛みしめてドアノブを握る。




「あぁ、そう!別にいいわよ、あんたなんかいなくても私一人で何でもやれるし!そのまま寝てれば?ってか、死んじゃえばいいのよ!」




それを捨て台詞にして、私はドアを思い切り閉めた。

何なの、あいつ!?本当に信じられない!

私という愛する妻が帰ってきたのだから、私に尽くすのが当たり前でしょうが!




「くそっ、本当に苛々するわ······!」




私は乱暴に服を脱ぎ捨て、お風呂に入る。

もちろん湯船に湯が張っていなかったため、シャワーだけ浴びて済ます。

そして夕飯を食べ損なったので、適当に食べるために冷蔵庫を開ける。

しかし、中身はほとんど空っぽに近かった。私が普段飲んでいるお酒すら入っていない。




「はぁ······?何にもないじゃない······あの馬鹿!買い物もろくにしてないの!?本当に役立たずだわ!」




踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだ。

確かに夕飯は準備しなくていいとメッセージで送ったが、それでも何があるか分からないのだからちゃんと私の分は作っておくべきだ。

本当に察しが悪い男だ、長年一緒に居るのだから私のことは何でも分かっていなくちゃならないのだ。

これで私の旦那とか笑わせる。非常に不快だ。




「ちっ······面倒くさいわね」




コンビニに行くべきかと悩んだが、お風呂に入った以上、湯冷めはしたくないから外にも行きたくない。

それでもお腹は空いたから、何かは食べておきたい。




「仕方ないわね······出前でも取るか」




今の時間でも、出前をやっているお店はある。

どうせ明日は休みだし、お酒も頼んでゆっくりとご飯を食べながら今後のことを考えよう。

私は苛々した気持ちを抑えながら、スマートフォンで出前をやっているお店を検索するのだった。




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