第13話  姉VS妹③




「あ、あぁ······あぁあああっ······!」




姉さんの慟哭が響き渡り、道行く人たちが好奇と忌避の視線で彼女を見ている。

私はもちろん、侮蔑しながら姉さんを見ていた。

しばらくするとふらふらと立ち上がり、ゆっくりと私のほうを振り返った。

その顔は涙と鼻水で汚く醜い有様だったが、その目は殺意と怨恨に満ちていた。

そんな目で私を睨みながら近寄って、私の胸倉を掴んで大きく口を開いた。




「あ、あんた······!何してくれてんのよ!?余計な真似してぇ······!せっかく······せっかく······!」

「は······?なに被害者面しているんですか?姉さん、頭の中クルクルパーなんですか?」

「うるさい!あんたさえいなければ、私は······!今頃、先輩と幸せに······!」

「へぇ、そんなにあの先輩とやらにご執心なんですね。なら、義兄さんと別れてから浮気すれば良かったんじゃないですか?」

「うるさい!うるさい!あの男は、私だけのATMよ!お金だけあればいいの!私の愛は、先輩だけのものだったのに······!あんたがいなければ、私は幸せに暮らせてたのに······!」




必死に叫ぶ姉さんだが、私は逆に呆れてしまった。

あまりにも内容が自分勝手で我が儘だったから。

それに、随分とお門違いにも程がある。




「あんたのせいよ······!責任取りなさい!」

「はぁ······姉さん、本当に狂っているんですね」

「うるさいって言ってるのよ!私は狂ってなんかない······!あんたが悪いんだから!」




まるで子供だ。わあわあと泣き喚き、自分の我が儘を正当化しようとしている。

昔から癇癪が過ぎるとこうなってしまうのだが、いい大人なんだからもっと中身も大人になってほしい。

まあ、今更といった感じでもあるけど······。

ともかく八つ当たりにも程がある。




「いい加減にしてください、姉さん。あなたは、自分が間違っているとそろそろ認識したらどうですか?」

「黙れ!私は悪くない!あんたも!あのクソ旦那も!私の邪魔をしないでよ······!」

「······!!」




今の姉さんの発言に、遂に我慢の限界が訪れた。

私は思い切り腕を振り上げ、姉さんの頬に平手打ちをした。




「っ······!?」




まさかビンタなんてされるなんて思ってもなかったのだろう、姉さんは私を掴んでいた手を離してその場に尻餅をつく。

そして、ふるふると震えながら殴られた自分の頬に手を添えて再び私を睨む。





「な、何すんのよ······!?」

「······しろよ」

「は······?」

「いい加減にしろっつってんだよ!いつまで子供のままで居る気なのよ!?」

「ひっ······!?な、なに逆ギレしてんの······!?」

「うるさい、黙れ!私のことはいい、だけど旦那である義兄さんのことまで悪く言って見下すなんて信じらんない!馬鹿なの!?ATM?ふっざけんじゃないわよ!あんたたち、恋愛結婚したんでしょうが!なら、最後まで責任持って添い遂げるのが当然でしょう!?大体、義兄さんにしたことも許せない!いつから、あんたはそんなクズに成り下がったの!?」

「ク、クズって······私は、本当のことを······」

「それがふざけんなって言ってんのよ!夫婦ってのは、対等なのよ!どちらかが優勢に立つものでも、ましてや見下していいものでもない!ってか、姉さんなんか義兄さんがいなければ何も出来ないくせに!」

「は、はぁ······!?ば、馬鹿にしないでよ!私はあいつなんか当てにしてない!あいつなんかいなくても平気だし、清々するわよ!」




勢い任せに大声でまくし立てる姉さんだが、言質を取られたことに理解していないのだろう。

どこまでも、我が姉ながら馬鹿だ。

私はふっと余裕綽々に笑った後、スマートフォンを再度掲げた。




「あぁ、そう······それはそれは、大変良いことを聞きました。ちゃんと録音もさせていただきましたよ」

「え······?あんた、何言って······ろ、録音って······」

「当然でしょう?あなたと義兄さんを離婚させるには、もはや充分な証拠が揃っていますからね」

「り、離婚······!?ば、馬鹿なの!?こ、これくらいで離婚なんてしないわよ······!」




『離婚』という言葉を聞いて、真っ赤だった姉さんの顔が一気に青くなった。

面白いものだ、たった一言でここまで変わるとは。

それにしても、なんて図々しい。

あれほど見下して居ないほうがいいと言ったくせに、いざとなると離婚しないとか······この人、本当にふざけているのか?




「これくらい?それを判断するのは、あなたでも私でもなく義兄さんです。それに、こちらには証拠もありますからね」

「ふ、ふん······そんな証拠なんかで離婚になるわけないでしょ?さっきのは言葉の綾よ!それに、あいつは私のこと大好きなんだから、別れるなんて言わないわ!」




この人は、本当にどこまでも最低だ。

やはり、とことん地獄に突き落とさないと懲りないのだろう。いいだろう、やってやる。だってこの人は、もう私の姉でも何でもないのだから。




「それはどうでしょう?まあ、今更何をどう言い繕ったところで、あなたの信頼度は地に墜ちていますけどね。あぁ、そうそう······このこと、私たちの両親にも報告させていただきますので、悪しからず」

「は、はぁ······!?や、止めてよ!パパたちには関係無いでしょ!?」

「関係無い······?いや、あなた本気で言っていますか?結婚というのは、あなたたち二人だけの問題じゃないんですよ。互いの家族や親戚をも巻き込むということになるんです。あなたは、それを全く理解していない。だから、頭の中クルクルパーなんです」

「止めてってばぁ!謝るから!それだけは!」




姉さんが必死に止める気持ち、少しは分かる。

何故なら、うちの両親はお堅い職業をしているからそういう不貞行為は絶対に許さない人たちだ。だから、怒るとかなり怖い。私も姉さんも、幼い頃はトラウマになるくらいに怒られたものだ。

でも、私は容赦なんてしない。




「謝る?私に?はぁ······馬鹿ですね。謝るべきは私ではなく、義兄さんにですよ。それも理解していないあなたには、本当に愛想が尽きますね。それでは、後のことはお楽しみに」

「ま、待って······!待ちなさいよぉ!そんなことしたら、絶対に許さないからぁ!」




何を言っても、もう後の祭りだ。

私は耳障りな姉さんの叫び声を聞きつつ、踵を返して人混みに紛れて去るのだった。




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