第9話  同僚の甘い甘い罠




「いらっしゃい、うっち」

「お、お邪魔します」




半ば強制的に連れて来られたのは、美司さんの自宅であるマンションの一室だった。

玄関には白を基準とした玄関マットや置物や観葉植物が置いてあり、どことなく高級感が漂っている。

しかも芳香剤が置かれているせいか、ほんのりと良い匂いがする。




「遠慮しないで上がってね?」




そうは言うが、一人暮らしの女性の家に入るのは莉菜と結婚してからは無かったから緊張する。

しかし今から帰る訳にもいかないので、多少の罪悪感を抱えつつ靴を脱いで上がらせてもらう。




「適当に座ってね。今、お茶入れるから」

「あ、うん······」




美司さんは笑顔でそう言うと、るんるんと上機嫌でキッチンへ向かう。

その間、俺はそわそわしながら置かれているクッションに座って待つことにした。

もこもこして、なんだか心地好い。

それでも落ち着かず、ついきょろきょろと部屋の中を見渡してしまう。

見た感じ、2LDKのようだ。

白い壁紙の部屋の中には、液晶テレビやアーチ型のスタンドミラーにドレッサー、ローテーブルの上には仕事用のノートパソコン。それらを彩るようにたくさんのぬいぐるみが置いてある。

女の子らしく、綺麗な部屋だ。

可愛いと思いつつ眺めていると、視界はベランダのほうへ向いてしまった。そして、目撃してしまう。

可愛い服に紛れて、色とりどりの下着の数々が干されているのを。

ヤバいと思うが、男の性からか目が離せない。




「なーに見てるのかなぁ?」

「ひっ······!?」




背後から美司さんの声が聞こえ、俺は驚きから小さい悲鳴を上げてしまった。

冷や汗が止まらない。これはきっと嫌われただろう。

下着を見られて喜ぶ女の子なんて居ない。

申し訳無さいっぱいでいたたまれず、俺は頭を下げる。




「ご、ごめん······!」




恥ずかしさと気まずさで、美司さんの顔が見れない。

少しの沈黙が流れた後、美司さんのほうから「ぷっ······」と小さく吹くような声が聞こえた。そして――




「ふふふっ、あははははっ······!」




美司さんの盛大な笑い声が部屋中に響いた。

驚きのあまり、つい顔を上げると美司さんは腹を抱えて爆笑していた。




「ひぃー、ひぃーっ!あー、おっかしーい!そんなに必死になって······!」

「そ、そんなに笑わなくても······」

「ごめんね?うっちの青ざめた顔が面白くて、つい!でもさ、下着なら奥さんのを見てるから慣れてるんじゃないの?」

「それとこれとは話は別だろ?」

「そういうものかなぁ?そんなに見たいなら、あたしが今履いてるの直に見せてあげよっか?」

「ちょっ······!」




美司さんが悪戯っぽく嗤うと、スーツのスカートを両手でたくし上げようとした。





「止めろってば······!」




さすがにそれはやり過ぎと思い、慌てて彼女の腕を掴んで制止させる。

そのおかげで、下着を見るのを阻止出来た。

あまりの緊張と気恥ずかしさでドキドキが止まらなく、美司さんの顔を凝視出来ないでいると、美司さんは小さく呟いた。




「ちっ、あとちょっとだったのに······やっぱりぶち犯すべきかなぁ?」

「え?今、なんて······?」

「ううん、何でもないよ♪」




いや、今のは断片的にだがなんだか不穏なワードが聞こえたような気がする。

少し嫌な予感がして、俺はさっさとお茶を飲んで退散しよう。

そう思い、慌ててテーブルに置かれたお茶と皿に盛られたお菓子を見る。

アールグレイティーラテにバタークッキーのようだ。




「お、美味しそうだね!あ、このクッキーってもしかして手作り?」

「あっ、分かる?あたし、お菓子作り趣味だから!」

「そ、そうなんだ!じゃあ、いただきます」

「うん、召し上がれ♪」




クッキーを一つ掴み、口に含む。

少しの苦さはあるものの、サクサクッとした感触に程よい香りと甘みは俺好みの味だった。

······あれ?どこかで食べたことがある?




「どうかしたの?不味かった?」

「あ、いや······ううん、美味しいよ」

「そう?良かった!いっぱい焼いたから食べてね!」




そう言われ、次々に口に入れる。

うーん、やっぱりどこかで食べたことがあるような気がする。

そんなことを思っていると、さすがに喉が乾いたので次はお茶を飲む。

······んん?このお茶、なんか変な味がする?




「美味しい?」

「あ、ああ······美味いよ」

「ふふっ、良かった♪」




まあ、アールグレイなんてあまり飲んだことが無いからこんなもんなんだろう。

不思議な味覚に溺れながら、あっと言う間にクッキーとお茶を平らげてしまった。

さすがに満腹だ。これはもう夕飯いらないな。




「ん······?あ、あれ······?」

「うん······?どうしたの?」




満腹感からか、なんだか気怠い。

いや、というよりも瞼が重い。




「ちょっと······眠く······なってきた······」

「そうなの?ちょっとだけ寝る?」

「······ん······ごめ······ん······」




美司さんの優しい声に包まれるように、俺は何も考えることが出来ずにそのまま瞼を閉じた。

糸が切れた人形のように床に倒れてしまったその瞬間、美司さんの声が聞こえたような気がした。




「おやすみ、うっち······起きたら、君は新しい君に生まれ変わるの。······うふふっ、楽しみ。そうしたら、早く君をあたしのものにしたいなぁ······」




何のことだ······?あぁ、駄目だ。

考えることすら出来ない。今はどうでもいい。

俺は、そのまま深い眠りに陥るのであった。




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