第8話  地雷系女子の陰謀

 



「うっち、あたしの部屋に来ない?」




美司さんの提案に、俺は目を見開いて呆然とするしかなかった。

そりゃあそうだろう、美司さんは独身だが俺は既婚者だ。しかも、相手は異性。

気軽に部屋に行ける関係ではないし、友達であっても異性と二人きりは浮気になるのではないだろうか?

いやまあ、疚しい気持ちはこれっぽっちもないのだが······。




「ご、ごめん······さすがに、いきなりはちょっと······それに――」

「奥さんに申し訳ないと思ってる?」

「うぐっ······!」




図星を突かれ、言葉に詰まる。




「大丈夫だよ!変なことはしないし、友達の家で遊ぶくらいは普通だから!」

「え、普通なの······?」

「そうそう、普通!」




そういうものなのか······?

友達すらおらず、莉菜しか隣に居なかったから俺の感覚がおかしくなっているのだろうか?

いや、でもやっぱり妻というものがありながら異性の家に行くのはいけない気がする。

うーんと悩んでいると、美司さんは「あー、もう!」と痺れを切らしたように続けた。




「大丈夫だってば!それに、奥さんだって異性のいる飲み会にも行ったんでしょ?」

「いや、それは······他にも人が居ると思うし······」

「そんなの分かんないじゃん?口から出任せで、本当は男と二人で会ってたかもだし」

「っ······」




そう言われると、確かにそうかもしれない。

飲み会と称して、先輩とかいう男と会っていたのかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられる。

でも、俺はまだ莉菜を信じていたいんだ。

だから、ここは悪いけど断ろう。




「でも、ごめん······やっぱり俺は······」

「ふぅん······そこまで奥さんのこと信じてるんだ?」

「まあ、ね······」

「ちっ······ムカつくなぁ、ぶっ殺したいわ」

「えっ······?」




美司さんに似合わない言葉が耳に入り、驚きながら顔を見ると彼女はニコニコと笑顔を浮かべていた。

その笑顔はいつも通りだが、どこか底知れぬ圧を感じる。俺の知らない彼女がそこに居る気がした。




「み、美司さん······?」

「······うっち、もう一度だけ聞くね?あたしの部屋に来てほしいなぁ。いいよね?」

「っ······」




言い知れぬ恐怖を感じた。

何故なら、彼女は笑顔なのに目は笑っていなかったのだから。俺の知らない美司さんがそこに居た。

本当なら即座に拒否しなくてはならないのに、彼女の瞳を見ると何故だか言葉が出てこない。

まるで、蛇に睨まれた蛙だ。こんな美司さんは、今まで見たことがない。それだけに戦慄する。

逆らえば、俺は何をされてしまうんだ······?




「わ、分かったよ······け、けど何もしないって約束するならって条件付きだ······」

「うんうん、それでいいよ!あたしも約束する!」




俺の観念した言葉に、美司さんは嬉しそうに笑った。

さっきの圧は消え去っており、いつもの明るい彼女の笑顔がそこにはあった。

ま、まあ······何もしないなら不貞にはならない、よな······?うん、だって疚しいことはしないから。

そう自分に言い聞かせて納得するしかなかった。

大丈夫、美司さんは嘘をつかない。きっと大丈夫だ。




「さて、と······じゃあ、そろそろ仕事に戻ろっか!」

「あ、ああ······そうだね」

「その前に······あたし、トイレに寄ってから戻るね!ごめんだけど、かちょーにそう伝えといて?」

「わ、分かった······じゃあ、先に戻るよ」

「うん、また後でね!」




俺は底知れぬ不安を抱えつつ、屋上を後にした。




† † †




「ふ、ふふっ······あははっ、あはははははっ!」



 


うっちが去った後、あたしは高らかに嗤った。

だって、こんなに嬉しいことはないのだから。

うっちに恋をして数年、ようやくこの機会が訪れた。

うっちは覚えていないだろう。

でも、それでも良かった。

寂しいけど、過去のことはどうでもいい。

今は、うっちと築く未来のことだけが重要だからだ。




「うっちは、まだ奥さんのことを愛してる······でも、愛って塗り替えることが出来る······あたしなら出来る······あたしにしか出来ない······」




彼は、この上なく傷付いている。

それは、奥さんにはもう癒すことが出来ないだろう。その権利も義務も無い。彼を裏切ったのだから。

だから、あたしがその傷を癒してあげるんだ。

そして彼の愛を塗り替える。あたし色に染めるんだ。

あたし無しじゃ生きられないように、あたしに依存させてあげる。

でも、そのためには完璧に彼の彼女への想いを断ち切らせなければならない。その手段はある。

それだけの力があたしにはあるから。

あたしはスマートフォンを操作し、電話をかける。

何回かコール音がした後、通話画面に切り替わった。




「もしー?いきなりごめんね?······うん、ちょっと力を貸して欲しくてさ。······そう、彼のことで。えっとね、まず彼の妻である内田莉菜のことを徹底的に調べて欲しいの。······そうそう、全てね。あー、あと、お金も用意してくれる?······うーん、いくらだろ?あたし、相場は分かんないけど······あっ、そう?じゃあ、そのくらいで!そのくらいあれば、あの女も納得するでしょ。······うん、弁護士も用意してね?······ありがと、あとはあたしに任せて。じゃあ、よろしくねぇ~。ばいばーい」




そう言い、通話を終わらせる。

これで準備は完了した。目にものを見せてやる。

あたしを敵に回したこと、絶対に後悔させてやる。

彼は言った、『何もしないで』と。

うん、あたしは何もしないよ?




「あはっ······はははっ、楽しみだなぁ!待っていなよぉ?内田莉菜ぁ······!」




すぐに来たる内田莉菜の破滅の日を、あたしは今から待ち望んでいた。





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