第7話  女子たちの思惑




私には、姉が一人居る。内田莉菜。

少しギャルっぽい感じで明るく今時な女性で、大人しめな私とは正反対な性格。

でも、幼い頃は一緒に勉強したり遊んだりとそれなりに仲が良かったと思う。

けれど今は、かなり嫌悪している。

理由は、義兄さんから話を聞いたからだ。




『実は、莉菜が冷たい態度を取るんだ······』




辛そうに語る義兄さんの顔は、今でも忘れられない。

義兄さんから聞いた話は、どれもこれも信じられないような内容ばかりだった。

姉さんが冷たくなり、暴言を吐くようになった。

触るのも拒否し、営みさえ拒絶した。

それだけならまだ改善の余地はあるけど、極めつけは結婚記念日を忘れて飲み会に行ったことだ。

こればかりは擁護出来ないし、私も許せない。

いや、誰だって許すことは出来ないだろう。

だって、私の大事な義兄さんを悲しませたのだから。



私は、義兄さん――内田誠さんのことが好きだった。

一目惚れに近いのだろう、姉さんが家に連れてきて紹介された時に身体に電撃が走ったような衝撃を覚えた。

それが私の遅い初恋。

でも、その初恋は実らせるわけにはいかなかった。

姉さんから恋人を奪うわけにはいかない。そんな最低な人間にはなりたくない。

だから、義兄さんと姉さんの結婚を心から祝福した。

その陰で、暗い部屋で一人泣いたりもしたけれど。

でも、義兄さんが幸せならそれで良かった。




「なのに······姉さんは裏切った」




そう、これは義兄さんに対しても私に対しても完璧な裏切りだ。

私は、結婚式の時に姉さんに言った。

『義兄さんを幸せにしてね』と。

それに対し、姉さんは『当たり前よ』と返した。

その姉妹の約束を姉さんは破ったのだ。

沸々と、心の奥から怒りが湧き上がってくる。

義兄さんを悲しませた罪は重い。絶対に許さない。

だから、私は義兄さんに提案をした。




『まずは、姉さんを徹底的に無視しましょう』と。




姉さんを居ないものとして扱い、一人暮らしをするように生活してほしいと頼んだ。

これは明らかなモラハラかもしれない。

でも、先に裏切ったのは姉さんのほうだ。

文句を言われる筋合いは無いし、姉さんから訴えられる可能性は限りなく低い。

何故なら、仮に訴えても明らかに不利になるのは姉さんのほうだからだ。

それに、姉さんはそんなことはしないはず。

それは、妹である私が一番良く理解している。姉さんの性格を。




「本当に······面倒くさい」




つい溜め息を吐いてしまう。

姉さんは昔から強気で人を見下しがちだが、本当は人に構われたい寂しがり屋だ。

でもそれを素直に表現出来ないから、つい冷たい言葉も使ってしまう。




「結婚して、少しは変われたと思ったのに······」




さすがに好きな人に対してそんなことはしないと安心していたのだが、私の見解が甘かったようだ。

まさか、最愛の夫に対してもそうだとは。

私も後悔した、結婚前に姉さんの性格を義兄さんに伝えておけば良かったと。

でも、二人の問題だから私が関わる必要はないと気を遣ってしまった。それが最大の後悔だ。




「まあ、いいわ······姉さんと義兄さんが別れるのは、もはや時間の問題っぽいし」




そう思い、スマートフォンを持って私は待つ。

義兄さんのマンションから出てくる姉さんを。




「······来た」




義兄さんが仕事に出かけてから、しばらくすると姉さんが出てきた。

仕事着のスーツを着ていて、これから仕事のようだ。

まあ、姉さんが今日仕事なのは義兄さんから聞いてはいるけど······。

でも、私は姉さんに話しかけない。

妙に上機嫌な姉さんの後を、私は気付かれないようにゆっくりと付いていくだけだ。




† † †




その人は泣いていた。

涙を流してはいないけど、心の中では泣いているのがあたしには分かっていた。

だって、あたしはずっと彼を見てきたのだから。




「は······?何それ、最低じゃん」




同僚の彼から聞いた話は、同じ女性として軽蔑するような内容だった。

彼の結婚式にはあたしも参加したから、奥さんのことは顔だけ知っていた。

ギャルのような容姿の美人。でも、そこまで軽そうには見えなかった。

どう見ても彼とはラブラブで、羨ましいと何度も涙を流して歯軋りさえした。

けれど幸せそうな彼の顔を見ると、あたしの想いを心の奥に閉じこめることにした。




『······おめでとう、うっち』




あたしは、必死に堪えて拍手をしながら祝福した。

なのに、この仕打ちは何だ······?

あまりにも酷い、夫を蔑ろにし過ぎている。

彼は妻を幸せにしようと、仕事面でも必死に頑張っているのは分かっていた。

だから、あたしはそこまで想われているあの奥さんが心底羨ましかったのに。

それなのに、彼女は彼の想いを踏みにじることをした。

そのことが、あたしにはどうしても許せなかった。

心の奥底から、どす黒い感情が芽生えてくる。




(うっちを傷付ける奴は、誰であっても許せない······絶対に許さない······!)




暴言の数々、営みの拒否。

これらを証拠にして出せば、離婚案件にするには充分だろう。

でも、うっちはこれだけのことをされてもまだ彼女のことを好きでいる。

それは羨ましくもあり、妬ましい。

そして彼の優しさと一途さに、あたしはまた惹かれてしまった。

だからこそ、あたしは彼をますます手に入れたくなってしまう。




(そうだ、良いことを思い付いた······)




うっちがまだ彼女のことを好きでいるなら、その好きな気持ちを無くしてしまえばいい。

奥さんがうっちを蔑ろにするなら、あたしが代わりに彼を大事にしよう。

そうよ、彼を傷付けるものはいらない。

あたしだけがいればいいと、うっちに思い込ませればいい。




(可哀想なうっち······あたしがいるからね)




彼をあたしだけのものにするには、色々と準備やら何やらしなくてはならない。

そのためには、彼にあることを提案してみよう。




「うっち、あたしの部屋に来ない?」




それは多分、悪魔の囁きに近いだろう。

彼は驚きに目を見開いていた。びっくりしている顔も可愛い。はあぁ······好きぃ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る