第6話 優しい地雷系女子
「さてと、ここなら話せるね!」
そう言って連れて来られたのは、会社の屋上。
普段は休憩時間や昼休みなどに来たりしているが、この時間帯に来るのは初めてだ。
美司さんは背伸びをすると、俺に顔を向けた。
「うっち、何があったのか話して?」
「い、いや······何でもないって」
「何でもないって顔してないよ?」
笑って誤魔化すも、美司さんはキッと俺を睨んでつかつかと近寄ってくる。
そして俺の両頬を手のひらで包むように触ると、顔を近付けて言う。
「ちょっ、美司さん!?」
美司さんの端正な顔立ちが近くて、思わずドキドキと胸を打つ。
莉菜以外にこんな近くに女性の顔があることに慣れておらず、視線を逸らしそうになるが何故だが逸らせない。
美司さんの睨む視線がそうさせているのか。
「いいから話して?うっちがそんな酷い顔してると、あたしも悲しくなっちゃうから」
「酷い······顔?」
「本当に気付いてないの?ちょっと待ってね」
俺から手を離すと、美司さんは懐からメイク用の小さなコンパクトを取り出して開く。
「はい、これ見て」
そう言って俺に向けた先には、げっそりと痩せたような青白い顔が鏡に映っていた。
あれ······?おかしいな······朝見た時は、ここまで酷い顔はしていなかったと思うのだが······。
もしかして酷い顔に見慣れてしまい、これが普通だと認識してしまったのだろうか?
「分かった?最近元気がないみたいに酷い顔してたけど、今日は一段とヤバいよ。今にも死んじゃいそうなくらいに······」
······気が付かなかった。
いつから、そんな顔をしていたのだろう?
心配させないように明るく振る舞っていたはすだし、皆もいつも通りに接してくれていたと思っていたが、もしかして気を遣ってくれていたのか?なんだか申し訳ない。
「必死に明るくしているのが痛々しくて見てられないよ。何かあるなら話して?あたしが力になるから」
「っ······」
美司さんの「ねっ?」という優しい笑顔に、思わず涙腺が崩壊してしまい涙を流してしまう。
花菜ちゃんにも優しくされたが、彼女とはまた違う優しさを感じてしまった。くそ、情けない。
「わ、わわっ······!?ちょっ、どうしたの!?な、泣かないでよぉ~!えっと、えっと······」
俺の涙を見た美司さんは、あわあわと慌て始めた。
そんな珍しい様子が滑稽に思えて、涙はどこへやらといった感じでぷっと笑いが込み上げてしまった。
「は、はははっ······!」
「ちょっ、なに!?いきなり笑わないでよぉ!てか、うっち情緒不安定過ぎ!」
「ごめんごめん。美司さんの挙動がおかしくて、つい······ははっ」
「もう、笑いすぎ!やば、恥ずいぃ······」
また珍しく美司さんの顔が赤くなっていて、照れているのが分かる。
彼女のおかげで気分が軽くなったおかげか、俺は涙を拭って美司さんに向かい合う。
「身内の問題だけど、聞いてくれる?」
「あっ······も、もちろん!あたしで良かったら、全部話して楽になって?話せば、楽になるかもしれないし!」
美司さんの優しい笑顔に絆され、俺はこれまでのことを話した。
莉菜の冷たい暴言、家事を全くしないこと、夜の営みの拒否、触らせることすらさせず、記念日を忘れて飲み会に行ってしまったこと。
全部話すと、美司さんの笑顔は次第に強張っていく。
「は······?何それ、最低じゃん」
さっきの明るい声とは一転、今まで聞いたことのない低い声に思わずビクッとしてしまう。
かなり怒っている、それは鈍い俺でも分かった。
「奥さんがそうなった理由は分かるの?」
「いや······全然。いつの頃からか、自然にそうなっていって······」
俺はいつも通りに接してきたはずだ。
莉菜に嫌われるようなことはしていないはず。
それを伝えると、美司さんはぽつりと呟いた。
「······浮気、かもしれないよ?」
「えっ······!?」
予想外の発言に大きな声を出してしまった。
『浮気』。あり得なくはないが、到底信じられない。
いや、信じたくはない。
「い、いや······それは無いんじゃ······」
「本当に?だって今の話を聞いたら、そんな感じがするよ?冷たくなったり暴言を吐いたり、営みを拒否したり······挙げ句の果てには記念日に指輪外して飲み会に行ったんでしょ?どう考えても怪しいよ?」
確かにそう考えれば、俺への愛を感じなくなったことの説明も付くかもしれない。
でも、やはり信じたくない。
最悪の事態を想定すると、身体の芯から震えてくる。
「うっちの気持ちも分かるけど、ここで逃げちゃダメ。ちゃんと現実に向き合わないと」
「でも······」
「はぁ······よっぽど信じたいの?ううん、違う。奥さんのことをまだ愛してるんだねぇ」
「そう······なのかな?」
「うん、ムカつくくらいに」
「えっ······?」
聞き間違いかと思って美司さんの顔を見ると、にっこりと満面な笑顔だった。
いや、正確には違う。美司さんのこめかみ辺りに青筋が浮かんでいる。ちょっと······いや、かなり怖い。
「あっ、そうだ!ねぇねぇ!あたし、良いこと思い付いちゃった!」
「えっ······?」
花菜ちゃんと似た悪い笑みを浮かべた美司さんは、俺の耳元であることを提案してきた。
顔が近くて再び鼓動が高鳴るが、その内容を聞いて俺は驚いてしまった。
だってそれは、俺にとって青天の霹靂だったから。
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