第4話  無視の提案




「たっだいまぁー!ひっく······あーっ、楽しかったぁ!」




その夜遅く、莉菜は酔った様子で帰ってきた。

ちらっと横目に見ると、莉菜の顔が赤くなっており、相当呑んできたのが分かる。

それに、かなりの上機嫌だ。

友達と先輩とやらと呑んで、楽しかったことが嫌でも良く分かる。

······おっと、見ているのがバレたら面倒だ。

それに、花菜ちゃんとの約束もある。

俺はすぐに目線を戻し、洗面台の歯磨きを手に取る。




「ん?なんだ、まだ起きてたの?うーわ······あんたの顔見てたら、楽しかった気分が萎えたわぁ······」




あからさまに、げんなりしたような声色で呟く莉菜。

相も変わらず、言いたい放題である。

だが、俺は一言も交わさず寝る前の歯磨きをする。

そんなことを気にも留めず、莉菜は着ていた上着を脱ぎ捨てて浴室へ向かう莉菜は途中で足を止めた。




「まあ、いいやぁ。それより私シャワー浴びてくるから、その前にとっとと寝なよ?あんたの顔見てるだけで気分悪くなるし、吐いちゃうから」

「··················」

「あと、覗こうともしないでよ?めっちゃキモいから。覗いたら、警察に通報しちゃうからね?それじゃあねぇ~♪」




手をひらひら振りながら、浴室へ入っていく。

莉菜の姿が消えたのを確認した俺は、歯磨きを終えてふぅと溜め息を吐く。

分かっていたこととはいえ、ズキズキと胸が痛む。

本当にこんなのでいいのか?と、花菜ちゃんとの会話を思い出す。




† † †




「義兄さん、いいですか?まずは、姉さんを徹底的に無視しましょう」

「む、無視って······」

「本当はモラハラの証拠として姉さんの暴言を録音したり、その先輩とやらと浮気しているならスマホ確認して姉さん有責で慰謝料ぶん取って離婚したほうがいいんでしょうけどね。というか、私ならそうします」




まあ、それも考えてはいなかった訳ではない。

莉菜の暴言は行き過ぎで、もちろんモラハラとして訴えても良かった。それだけのことを莉菜はしている。

だけど、やはり心のどこかでまだ彼女のことを信じているのだ。

馬鹿らしいと言われても、優しすぎると言われても、俺は莉菜を捨てきれずにいる。甘すぎるな、俺。




「でも、義兄さんのその顔······姉さんを見捨てられないって顔に出てますからね。義兄さん、優しいですから」

「うぐっ······」




やはり花菜ちゃんには全部見透かされているようだ。

ぐうの音も出ない。というか、俺は顔に出やすいのかもしれない。




「だから義兄さんの覚悟を決めさせるためにも、まずは姉さんの心を折りましょう」

「心を折るって······それは難しいんじゃないかな?」




莉菜は昔は優しかったが、今は暴君そのものだ。

何かを言い返そうとしても、莉菜の貫くような視線とこちらが心折れる言葉で先制されてしまう。

まあ、俺がただ弱いだけなのだが······。




「そうとも限りませんよ?プライド高い人ほど、その心は案外脆いものなんです。そして一度折れれば、中々再起は不可能に近いです。大丈夫、意外に簡単ですよ」

「簡単って······どうするんだ?」

「ふふっ、義兄さんのすることは一つです。姉さんを無視しちゃいましょう♪」

「む、無視······?」

「はい。姉さんが何を言っても何をしても、居ないものとして扱っちゃいましょう。義兄さんも心苦しいでしょうけど、口論するより姉さんには効果的ですよ?」

「そ、そうなの······?」




とてもそうとは思えない。

あの女王とも言うべき莉菜が、それだけのことで心が折れるとは到底思えない。

というか、無視したら余計に彼女を逆立てるような気もする。




「大丈夫ですよ、妹の私が言うんです。だから、私を信じてください」

「······分かった」

「よし、頑張りましょう!その間に、私はやるべきことをしますから」

「何をするつもりなんだ······?」

「内緒です♪」




笑う花菜ちゃんの顔は、どこか悪魔すらも思えるような悪い笑顔だった。

ゾッとするが、今はとりあえず花菜ちゃんの言うことを信じて実行してみよう。




「ふふふ、分からせてやりますよ······私の大事な義兄さんを悲しませた罪を、ね······」

「えっ······?何か言った?」




ぼそぼそと呟いた花菜ちゃんの言葉が聞き取れず聞き返すが、花菜ちゃんは「何でもありませんよ」と笑顔で返すだけだった。

ただ気のせいか、その瞳は笑っていないように見えた。

多分、俺の勘違いだろう。





† † †




以上、回想終了。

花菜ちゃんの言う通りにしているが、果たして本当に上手くいくのか?

無視だけで、莉菜の心が折れるとは到底思えないのだが······。

まあ、一度やってしまったからには引き返せないし、最後までやってみるか。

俺は覚悟を決め、寝室へ向かった。





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