第3話  義妹の叱咤




途中で何度か涙が出そうになったが、必死に堪えて吐露した。

冷たい態度を取るようになった莉菜。

そんな彼女の口から出た数々の暴言。

全ての家事を俺に押し付けられたこと。

彼女が今日、記念日なのに飲み会を優先したこと。

それら全てを話した後、俺は乾いた喉を潤すため持ってきた自分の分のジャスミンティーを飲む。

飲み干して花菜ちゃんのほうを見ると、彼女は俯いていてその表情を窺うことが出来ない。







「花菜ちゃん······?」




心配になって声をかけると、花菜ちゃんはバッと顔を上げた。その表情は、見て分かりやすいほどに怒りに染まっていた。



「うわっ······!?」




いきなりのことで、つい驚いて声を出してしまった。

なんか、久しぶりに大声を出した気がする。




「義兄さん、どうして今まで私に言ってくれなかったんですか!?いえ、私だけしゃなくて私の両親や他の誰かに相談すれば良かったじゃないですか!」

「え、えっと······それは······」

「もしかして迷惑だとか思ってます!?私たちは家族なんですよ!?家族にこんな大事隠さないでください!」




その怒号は、俺をただ叱りつけるものじゃなかった。

諭すように、優しくも厳しい言葉だった。

あれ······?なんだろう?

怒られているはずなのに、何故か胸の奥が熱くなっていくのが分かった。




「義兄さんは優しすぎるんです!姉さんに対しても、もって口答えしていいんですよ!?夫婦っていうのは、平等な立場なんです!片方が横柄じゃ意味がない!姉さんがその立場なら、義兄さんも言いたいことは言って、やりたいことはやってもいい!姉さんから文句を言われる筋合いじゃないんですよ!?」

「っ······」




そう言われ、思い出す。

莉菜と過ごしてきた日々。

確かにどんなに悲しいことがあっても二人で支え合い、楽しい時は二人で笑っていた。

それが幸せで、どんなことがあっても離れることはないとさえ思っていた。

でも、今は本当にそう思っているのだろうか?俺も、莉菜も。

少なくとも、莉菜はそう思っていない。俺はそう感じている。




「義兄さん!私は義兄さんの味方です!姉さんの態度を知れば、きっと父や母も義兄さんの味方になってくれます!いえ、私たちだけじゃない!周りの人たち皆、あなたを支えてくれますよ······!」




熱かった胸の奥から、じわじわと何かがこみ上げてくるものを感じた。

これは、そう······感動の気持ちだ。

俺は一人で抱え込まず、誰かに相談すれば良かったのか······。




「ごめん、花菜ちゃん······」

「まったく、義兄さんは人に気を遣い過ぎです。もっと私を······家族を頼ってくださいね?」




頭を下げる俺に花菜ちゃんはコツンと軽い拳骨をしてきたが、花菜ちゃんはニコッと笑顔を見せていた。

だが、その笑顔も一瞬。すぐに険しい顔付きになる。




「姉さんも姉さんよ······!頭おかしいんじゃない?あれだけラブラブな雰囲気見せ付けてくれてたくせに······!いつからそんなクズに成り下がったの······!?」




俺が一人そう思っていると、花菜ちゃんは苛々とした様子でガリガリと頭を掻いて不機嫌な表情になっていた。

というか、口調も変わっているような気がする。




「あぁ、姉さんに苛々する······!なぁにが飲み会のほうが大事、よ······!大事な記念日忘れて、ふざけんじゃないわよ······!夫を何だと思ってるの!?ATM!?ほんっとに最低······!昔はあれだけ自慢してきたくせに······!」




段々と口調が莉菜そっくりになっていく。

だが、決定的に違うのは怒りの矛先だ。

仲が良い姉妹だと思っていたのだが、今の花菜ちゃんは姉に対する嫌悪感でいっぱいの様子。

心なしか、背後に黒いオーラのようなものも見える気がするのは俺の視力がおかしいのだろうか?




「あのクソ姉には説教が必要ね······!だけど、その前に······」




ぶつぶつと独り言を呟いた後、花菜ちゃんはくるりと俺のほうに顔を向けた。




「義兄さん、このままでいいんですか?」

「あぁ、いや······でも······」




花菜ちゃんの言葉に、俺の頭の中に『離婚』という二文字が浮かび上がった。

けど、やはりどこかでまだ莉菜のことを信じている俺がいる。

そんな俺の心情を悟ってか、花菜ちゃんはやれやれといった感じで溜め息を吐く。




「はぁ······義兄さんもお人好しですね。こんなクズ姉にまだ想いを寄せているなんてね。普通は離婚案件ですよ?これ、立派なモラハラですから」

「ちょっ、クズ姉って······」

「クズはクズでしょう?」




さっきから姉のことをボロクソに言っているが、反論出来ないのが悲しい。

本当に好きなら花菜ちゃんを怒るところだか、逆に呆れてしまう辺り莉菜に対して強く想えていないということだろう。




「じゃあ、こうしませんか?」




そう提案してくる花菜ちゃんの顔は、さっきまでの怒りの表情は消え去っていた。

その代わりに、その顔には意地悪に笑う笑顔が俺の瞳に映っていた。

な、何を提案してくるつもりなんだろう······?




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