第2話  妻の妹、現る




「花菜······ちゃん?」




モニターに映っていたのは、予想だにしない人物。

ウェーブのかかった茶髪をサイドテールにし、吸い込まれそうな双眸は人懐っこさを感じさせる。

ぱっと見ではアイドルと見間違えても違和感ない程に整った容姿で、ひらひらとモニター越しに手を振っている。




「待ってて、今開けるよ」




すぐさま玄関のドアを開けると、その女の子はまるで花が咲いたような笑顔を浮かべた。




「久しぶりですね、義兄さん」

「あ、ああ······久しぶりだね、花菜ちゃん。でも、どうして我が家に?」

「友達と遊んだ帰りでして。近くに来たので、ちょっと寄ってみました」





黒田花菜くろだはな

俺の妻、莉菜の妹で今は大学三年生。

前に会ったのは、莉菜との結婚式以来だ。

莉菜が実家に行かないので俺も行く機会が無く、こうして直接顔を合わせるのも数えて数回しか無い。

そんな彼女が何故うちを訪ねてきたのか、俺には良く分からなかったが追い返す訳にもいかないだろう。




「立ち話もなんだし······とりあえず上がって」

「はい、お邪魔しますね」




夜中だというのに元気な花菜ちゃんの声は、落ち込んだ俺の心さえも元気にしてくれそうなくらい明るかった。

とりあえず彼女をリビングに通し、椅子に座らせると俺はお茶を出すべく冷蔵庫を開いた。




「ごめんね、ペットボトルのお茶で良いかな?」

「どうぞお構いなく。急に来たのは私ですし」

「そういう訳にもいかないよ。えっと、ジャスミンティーとミルクティーがあるけど、どっちが良い?」

「じゃあ、ジャスミンティーでお願いしますね」




俺は「了解」と返すと、ジャスミンティーのペットボトルを取り出してコップに注ぐ。

そして莉菜に食べてもらうはずだったケーキも取り出し、おぼんに置いて一緒に持って行く。

どうせ莉菜は食べないだろうし、一日経つとケーキも美味しくなくなるから、腐らせてしまうより誰かに食べてもらったほうがいいだろう。




「はい、こんなものしかないけど······ごめんね」

「わぁ、ケーキだ。しかもこれって、あの駅前の人気店のやつじゃないですか?」

「あ、うん······良く分かったね?」

「分かりますよ!だって、あそこって予約しなくちゃ食べることって難しいって聞きますから」




なるほど、そうだったのか。

毎年誕生日とかの記念日に予約していたから、人気店とかそこまでは知らなかった。

さすがは女の子だなぁと感心していると、花菜ちゃんは「······あれ?」と何かを思い付いたように続けた。




「でも、私が今日訪ねるって知らなかったですよね?なんでケーキが用意されているんですか?」

「あっ······いや、その······」




当然の疑問だろう。そんな疑問に俺はすぐに答えることが出来ずにいると、花菜ちゃんは思い出したように言った。




「そういえば、今日は義兄さんと姉さんの結婚記念日でしたよね?姉さんはどうしたんです?寝るには、ちょっと早い時間ですけど······仕事ですか?」

「うっ······」




ヤバい、なんて答えればいいんだ?

いきなりのことで焦って答えをあぐねいていると、花菜ちゃんの顔付きが変わったように見えた。

心なしか、怒っているかのように見える。




「義兄さん、正直に答えてください。姉さんはどうしんですか?」

「え、えっと······」




ここで俺は迷ってしまった。

正直に言ってしまえば、花菜ちゃんから義両親にも話が伝わってしまうだろう。

そうなると、必然的に莉菜にも伝わる。

あの莉菜のことだ、告げ口したとかなんとかで俺に八つ当たりするのは目に見えている。

そう考えると、あまり口外は出来ないだろう。

しかし俺の一瞬の迷いが顔に出たのか、花菜ちゃんは怪訝そうな表情をした。




「もしかして、姉さんと何かありました?」

「うっ······」

「やっぱり何かあったんですね?」




困った、誤魔化そうにも言葉が出ない。

そんな俺に、花菜ちゃんは持っていたフォークをビシッと向けた。心なしか、目が怖いように見える。




「ちょっ、危ないよ!?」

「いいから話してください。そうでないと、私が納得出来ませんから。もしくは、私が姉さんに直接問い質してもいいんですけど?」

「そ、それは······」

「まあ、出来れば義兄さんの口から聞きたいんですけどね······?」




半ば脅迫じみた詰問のせいで、選択肢が一つしかないことを俺は思い知る。

俺が説明しなくても、莉菜の口から事情を話されるかもしれない。

まあ、莉菜がちゃんと事実を言うのかは不明だが、この怖い目をした花菜ちゃんに果たして言い訳が通用するのだろうか?




「ちなみに、嘘なんて私には通用しませんからね?」

「うぐっ······」




先制されて、言葉が喉に引っかかる。

どうやら俺の意図は、花菜ちゃんには本当に通用しないようだ。




「はぁ······分かったよ」




観念した俺は、深い溜め息を吐きながら今までのことを花菜ちゃんに全て話した。




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