分からせるために
第1話 崩壊する気持ち
「ふんふぅ~ん♪」
翌日の夜、莉菜はるんるんと鏡の前で上機嫌でメイクをしていた。
俺とデートする時よりも、随分と綺麗に着飾っている。
彼女が着ている服もブランドものの鞄も、昔俺とデートしている時に良く使っていたものだ。
もうしばらくの間、見てはいなかったが······。
多分『先輩』とやらが来るので、気に入られようと自分を良く見せようとしているのだろう。
「······あれ?」
良く見ると、莉菜の薬指には結婚指輪がされていなかった。それが信じられず、震えた声で訊ねる。
「り、莉菜······指輪は······?」
「あぁ、あれ?あんなの付けて飲み会行ったら、先輩に良い顔出来ないじゃない。馬鹿なの?」
俺の中で、何かが壊れたような音がした。
その音がきっかけで、今まで積み上げてきた色々なものが崩れたような気がした。
「は、はは······そっか、そう······だよね」
「ふん······きも」
もはや、乾いた笑いしか出ない。
そんな俺をよそに、莉菜はメイクの再開をする。
「良し、出来た!じゃあ、行ってきまぁ~す!あ、ご飯はいらないから。じゃあね!」
莉菜は再び上機嫌になって、家を出た。
その際、今までで数回しか見せたことのない笑顔を俺に見せながら。
そんなに飲み会が楽しみなのか。記念日すら忘れて。
「はぁ······」
一人になった部屋で、深い溜め息を吐く。
たった一人居なくなっただけで、こんなにも部屋が広く感じてしまう。きっと、これは孤独からくるものだ。
「記念日、か······」
結婚してから一、二年は記念日を共に祝っていた。
プレゼントを手渡したり、ケーキを一緒に食べたり、旅行に行ったりしていた。
その時交わした言葉は、今でも覚えている。
『ずっと一緒にいようね』
『好き、大好き』
『何があっても離れない』
『来年もこうして過ごそうね』
こんな言葉を交わしながら、身体を重ねた時もあった。
しかし、今はどうだ?
そんな言葉は何ヶ月も聞いてないし、夜の営みを誘っても拒否される。
こんなの、夫婦と言えるのだろうか?
「······不味い」
冷蔵庫に入れていたケーキを一人分だけ出し、これまでの思い出を振り返りながら食べる。
甘いはずなのに、どこか苦味を感じる。
その苦さは、きっと俺の辛い気持ちがスパイスとなっているのだろうか?
「ふぅ······御馳走様」
全て平らげた俺は、今までのことを振り返る。
『好きです!付き合ってください!』
莉菜との出会いは、高校時代。
俺が好きになってすぐに告白し、莉菜も気になっていたとのことで付き合った。
それからの日々は、本当に幸せだった。
彼女となら何をしても楽しかったし、一緒にいるだけで幸せだった。
結婚してからも、それは変わらなかった。
なのに、今はまるで俺のことを他人扱いする莉菜。
いつから、こうなってしまったのだろう······。
「っ······」
莉菜は、変わってしまった。
優しかった一面は無くなり、俺を罵倒する日々。
献身的な一面は無くなり、俺に家事の全てを押し付けるようになった。
だが、それはまだ我慢出来た。彼女を愛していたから。
けど、その気持ちも今は薄れつつある。
全て無くなっていないのは、どこかで彼女のことをまだ愛していると思っているから。
「莉菜······」
けど、それもいつまで保つのだろうか。
俺は、このままでいいのだろうか?
莉菜のことは好きだ。それは間違いない。
でも、莉菜は俺のことは好きじゃないと思う。
一方通行な想いになっている。
そんな俺たちの仲を未だに繋ぎ止めているのは、一体何だろう?
分からない、俺には良く分からなくなっている。
頭を抱えて不安になっていると、不意に玄関のインターホンが鳴った。
「あれ······?誰だろう?」
莉菜だったら鍵を持っているので、わざわざチャイムを鳴らす必要は無い。
だったら誰だ?自慢じゃないが、俺には友達が居ない。
俺は既に両親は他界しているから、莉菜が居なければ天涯孤独の身だ。
莉菜の友達でも無いだろう。今は飲み会に行っているはずだ。
じゃあ、本当に誰だ?
困惑しながら覚束無い足取りで玄関に向かい、モニターで来客を確認する。
「······えっ?」
そこに映っていたのは、予想外の人物だった。
「花菜······ちゃん?」
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