第2話 異世界転生
「なむなーーうにまーーあにまーー」
聞きなれない声で意識を取り戻した。
「うわっ!」
目を開けると、緑色の生物に顔を覗き込まれていた。尖った耳に鋭い牙。
慌てて後ろに飛び退く。緑の生物はじりじりと近づいてくる。
「何なんだよ、こいつ!」
異常な状況に、俺の脳はフル回転。
目が覚めたら薄暗い森の中。目の前には謎の緑色の生物‥。必死に記憶を辿る。
「ゴブリン!?」
中学生の頃ハマっていた異世界転生もののアニメや漫画に登場するゴブリンと瓜二つだ。
ゴブリンの餌は人間‥。
そこまで記憶が甦った瞬間、緑色の腕が伸びてきた。
「うにまー!」
「うわあああ!」
緑色の生物が俺を担いで走りだしたのだ。
「やめろ!降ろせ!!」
突然のことにパニックになりながら、手足を必死に振り回す。
しかし、どれだけ手足を振り回して全力で身体を捻ろうと、緑色の生物は俺の抵抗などものともせずに走り続ける。
だめだ、終わった。力じゃこいつに敵わない。
きっと、巣に戻って俺をゆっくり味わおうって魂胆なんだ‥。
仕方がない。せめて苦しまない方法で、よく味わってくれ‥そう思った時だった。
「待てー!ゴブリン!」
後ろから男性の声が聞こえてくる。
ああ良かった。誰か助けにきてくれたんだ。
俺が少し安堵したのと同時に、ゴブリンは立ち止まった。
俺をそっと地面に置き、心配そうな顔で俺の顔を覗き込むと、森の奥に走り去っていった。
「助かった‥?」
思わず、地面にへたり込んだ。
「少年!怪我はないか?」
見上げると、金髪の大男が立っている。
鍛え上げられた逞しい身体で、背中には大剣を背負っていた。
どうやら、先程大声を出してくれたのは、この男性のようだ。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか、良かった。このオーガス森には、たくさんの魔物が棲みついているんだ。子供が一人でいるのはとても危険だぞ、早く家に帰りなさい」
子供?俺は18歳だぞ。この男性は何言ってるんだ。
「立てるか?」
怪訝に思いつつ、男性が差し出してくれた手を掴もうとして、異変に気が付いた。
「はっ?何これ?」
手が8歳くらいの子供の大きさになっている。
身体を確認しようと俯いた拍子に、銀色の髪の毛が視界に入った。
絹のような手触りで、さらりと指の間をすり抜ける。
???一体、どういうことなんだ‥。
「‥あいつ、やりやがったな」
恐らくポプラの仕業だ。
ゴブリンといい、俺の容姿といい、ポプラ以外に考えられない。
あいつ、本当に俺を異世界に飛ばしやがった。まあでも、銀髪はちょっとカッコイイかも。
「少年、聞いているか?」
「はひぃ!?」
変な声が出てしまった。
「おい、大丈夫か。誰と一緒に来たんだ?迷子になったか?」
どうしよう、異世界から来ました!なんて言えないし‥。よし。ここはもう一か八かだ。
「ええと、実は記憶を無くしてしまって。目が覚めたら森の中だったんです」
「そうか。そのー、そうだな。とりあえず無事で良かった」
そう言うと、男性は黙り込んでしまった。
さすがに無理があるよなあ。
こんな苦し紛れの言い分、誰も信じないよ‥。
「これから、どうするつもりだ?どこか行く宛てはあるのか?」
え、この人、俺の言い分信じたのか?
「えっと、それはこれから考えようかと‥」
「そうか。良ければ家に来ないか?妻と息子の3人暮らしなんだ。少年、俺の息子になれ!」
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
まじか、ツッコミどころ満載すぎだろ。
普通、自称記憶喪失で、魔物が棲みついてる森に一人でいるような子供を連れ帰ろうなんて思わないだろ!
完璧に異世界転生系アニメの王道ストーリーだ。
男性が地面に膝を付き、俺と目線を合わせた。
「どうした、嫌か?」
眉毛をハの字にして、俺の顔を覗き込む。
優しそうな、深いグリーンの瞳と視線が合う。
なんとなくだけど、この人の家庭は温かそうだと思った。
実の子と分け隔てなく、俺を可愛がってくれるのではないかと期待してしまう。
まあ、何よりもこんな得体の知れない森に長居したくない。絶対に。
すっと背筋を伸ばし、腹から息を吸い込む。
「これからよろしくお願いします!」
「そうかそうか!俺はマルクだ。少年、名は?」
名前?ええと、この人がマルクでしょ?えっと、あー。
「メルス!メルスです!」
「いい名前だ。メルス、今日からお前は、俺の息子だ!」
マルクは満面の笑みで、俺の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「ゴブリンだ!追うぞ、メルス!」
マルクが突然走り出した。
まじかよ!?
今、感動のシーンだったんじゃないの?
息子になった途端に置き去りにするつもりかよ!
慌ててマルクを追うが、マルクに追い付けるわけもなく、どんどん距離が離されていく。
「ちょっと待ってください!なんでゴブリンを追うんです?」
足は止めずに、マルクに向かって叫ぶ。
「そりゃあ決まっているだろう、食べるためさ。ゴブリンの肉はジューシーでめちゃくちゃ美味いらしいからな。しかも、ゴブリンの肉を食べると、身体能力が上がるらしいんだ。ほんの少しらしいが、おもしろそうじゃないか?」
マルクは走るスピードを少し緩め、満面の笑みで振り返る。
食べる?ゴブリンを?逆じゃないのか?
それまでふらふらと歩いていたゴブリンが、一目散に走り出した。
「くそ、気づかれたか!」
マルクが再びスピードを上げる。
気付かれるに決まってるだろ!突っ込みどころ満載すぎて疲れてきた。
体もそろそろ限界だ。酸素が全然入ってこない。横腹が絞られるように痛い。
もう無理だと、足を止めようとした瞬間、ゴブリンが突然立ち止った。
どうした、何故立ち止まる?
ゴブリンに向かって走り続けるマルクの手が、背中の大剣に伸びる。
ゆっくり振り返ったゴブリンは、またもや心配そうな顔をしている。
なんでそんな顔をするんだ。逃げろ、逃げろ!
ゴブリンは一歩も動かない。心配そうな顔のまま、真っ直ぐ俺を見つめている。
ジャキッ
マルクが大剣を抜き、そのまま、大きく振りかぶる。
「やめろー!」
どうっと大地を切り裂くような突風で、俺は後ろに吹き飛ばされた。
「いってぇ‥」
身体のあちこちが痛い。一体、何が起こったんだ?
「ギャァーッ」
突然の耳をつんざくような鳴き声に驚き、声の方向へ振り返る。
「グリフォン!?」
全長15m程の巨大な鷲のような生物は、アニメや漫画に登場していたグリフォンに瓜二つだ。
ゴブリンの隣で睨みを効かせているその姿は、正に男の浪漫と言ったところだろうか。
迫力満点で、思わず見惚れてしまう。
「そういえば、マルクは?」
マルクがいない。
突然現れたグリフォンに驚いて隠れているのかもしれない。仕方ないなあ。
「おーい!マル‥ク‥?」
一瞬、息が止まった。
右斜め前の茂みから、人間の脚が突き出ている。
恐る恐る近づき、茂みを分ける。
見覚えのあるズボンに、腰に下げている袋。
間違いなく、マルクのものだった。
心臓が今にも破裂しそうなくらい、鼓動が速まる。手足の先からすぅっと血の気が引いてキンキンに冷えていくのに、頭だけはやけにクリアだった。
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