興味本位で死んだら異世界
田中鈴
第1話 興味本位で死にました
高校野球最高峰の舞台、甲子園。
俺はエースで4番として、チームを優勝へ導いた。
金メダル授与が終わった途端、監督は血相を変えて俺の肩を掴んだ。
「悠馬!お祖父さんが亡くなったそうだ。今から入院先に行くぞ、俺の車に乗れ!」
監督は俺を車に押し込めるとすぐに車を発進させた。
交通違反ギリギリのスピードで車を飛ばしながら、じいちゃんは俺が甲子園優勝を決めた30分後くらいに亡くなったらしいと教えてくれた。
「じいちゃん‥」
俺の家族はじいちゃんだけだ。
俺が7歳の頃、父と当時3歳の弟が交通事故で亡くなり、その2年後、母も亡くなった。
自殺だった。
母の葬式で初めて会ったじいちゃんは、俺の育った環境を根掘り葉掘り聞いてきた。
なんでもバカ正直に答える俺に、涙を流しながら何度も頭を下げてくれ、身寄りを失くした俺を引き取り、今まで育ててくれた。
じいちゃんは今まで出会った人の誰よりも優しかった。
じいちゃんは、野球が大好きで、俺にも野球を教えてくれたが、野球のことになるとめちゃくちゃ厳しかった。
その厳しい指導のお陰で野球の名門高校に特待生として入学し、甲子園優勝を成し遂げることができた。
窓から流れる景色をぼんやり眺めながらそんなことを考えているうちに、いつの間にかじいちゃんの入院先の病院に到着した。
じいちゃんは霊安室の寝台の上で、穏やかな顔で眠っていた。
そっと手を重ねる。
じいちゃんの手はまだ温もりが残っていて、とても死んでいるとは思えない。
「じいちゃん。俺、甲子園で優勝したよ!見ててくれた?甲子園に連れてってくれって、じいちゃんの口癖だったよね。でも、甲子園出場が決まったらじいちゃん倒れて入院して‥。俺、プロになってじいちゃんのこと球場に招待するって、球場に観に来るって、2人で約束したじゃんか!俺、そのために頑張ってたんだ‥」
視界が滲み、手が震える。じいちゃんは二度と目を開けることはない。
俺は、じいちゃんの為に‥。
声にならない想いが心から溢れて、俺は嗚咽泣いた。
ふいに肩を叩かれて振り返ると、そこには看護師さんが立っていた。
「お祖父さんは優勝の瞬間を見届けましたよ。病室にたくさん人を集めて、テレビを付けて皆で応援していたんです。お祖父さん、涙を流して喜んでいました。これはお祖父さんからの預かりものです」
看護師さんから白い封筒を受けとる。
悠馬。夢の大舞台、甲子園での優勝おめでとう。
優勝という結果はもちろんだが、エースで4番として活躍する姿を見せてくれて、本当にありがとう。
お前と暮らした10年間は、じいちゃんの人生で最も幸せな時間だ。
お前を引き取ることができて本当に良かった。
お前は最初から自分の為でなく、じいちゃんの為に野球をしていたな。
気づいてないとでも思ったか?
まあ、だからこそ、これからは自分の為の人生を歩んで自分の好きなよう生きなさい。
今のお前ならドラフト1位は確定だろうから、このままプロ野球選手になるのもいい。
他にやりたいことがあるなら、それに打ち込むのもいい。
お前がどんな道を歩もうと、わしはお前を一番に応援している。
生まれてきてくれて、一緒に暮らしてくれて、わしに夢を見せてくれてありがとう。
愛している悠馬。
「じいちゃん‥」
いつの間にか看護師さんは退室していて、じいちゃんと二人きりにしてくれていた。
俺はベッド脇の丸椅子に座り、じいちゃんの手を握る。
「ねーじいちゃん死んだらどうなるの?天国?あーーやっぱりじいちゃんは地獄か?」
悠馬は、笑みを浮かべた
ふと思った、死んだら自分の意識はどこに行ってしまうのだろう。
死んだら、自分の存在は何もかも無くなってしまうのだろうか。
輪廻転生をするのか?
それとも最近話題の、この世界は架空空間で、実はコンピューターの世界にいて死ぬことすらも‥‥。
じいちゃんには聞きようがないし、死んだ人しかそんなもの分かるわけないし考えていても仕方ない
いや、だめだ、なんだこの高鳴る鼓動は、今まで生きてきてこんな感覚は初めてだ
気になって気になって仕方がない考えていることが楽しい死んだらどうなるかなんて誰にも分からないのに....
まあ、じいちゃんの前で、こんな馬鹿げたことを考えるのはやめよう
ん?何故かじいちゃんが笑みを浮かべている気がする。
「なんだよ、じいちゃんまた、涙が止まらなくなりそうだから、もう行くね!じいちゃん、本当にありがとう大好きだよ!」
じいちゃんにお礼を言って、俺は霊安室を後にした。
人生3回目の葬式が終わった俺は、一人河原に寝転んで空を見上げていた。
俺は野球が好きだと思ったことはない。
じいちゃんは俺が活躍するとめちゃくちゃ喜んで、中学最後の大会で負けた時は、まるで自分のことのように泣いて悔しがり、俺を励ましてくれたから
俺は、ただそれだけの理由で野球を始め、続けてきた。
野球が嫌いな訳ではないが、この先も野球を続けたいかって聞かれたら、そうでもない。
ただ、プロ野球選手になって活躍するのが一番いい選択なのだとは思う。
プロで活躍して、大金を稼いで結婚。子供に恵まれ、世間から惜しまれつつ華々しく引退する。適当に一般企業に就職して社畜になるより、よっぽど良い人生だと俺は思う。
でも、何故だか霊安室の時から死んだらどうなるのかという疑問が頭から離れない。
そして、あの初めての感情・感覚が今でも忘れられない
自分の進路よりも、死んだらどうなるのかという疑問に頭を支配されている。
考えていても分かりっこないと分かっているからこそ、気になって仕方がなかった。
空を流れる雲をぼんやりと眺めていた俺は、ふと閃いてしまった。
「自分が死ねばいいんじゃないのか?」
自分が死ねば、死んだらどうなるのか分かるじゃないか。
自分でも頭のネジが2、3本外れていると思う。いや、頭のネジなんて最初から1本も締まっていなかったのかもしれない。
気違い野郎だと、自分で自分が可笑しくて仕方ない。
「俺はなんてバカなやつなんだ!あっはっは!はー、やってみようか」
俺は家に帰り、真っ直ぐに台所へ向かう。
じいちゃんが魚を捌く時に使っていた、先端が鋭く尖った長い包丁を流しの下から取り出す。布巾に包み、家を出た。
目的地は家から10Kmほど離れた場所にある、自殺の名所と言われている森。
地元民はもちろん、他所からの人間が訪れることは滅多にない。
自転車で行こうと思ったが、形跡を残してはいけないと思い直し、走っていくことにした。10kmのランニングなんて、大したことはない。
森へ到着した俺は、辺りに人がいないことを確認し、森へ入った。
ただひたすら、奥へ奥へと進む。
もう帰り道が分からないほど、森の奥深くへ来た。
「ここなら誰にも迷惑はかからないだろう」
楽しみのあまり、笑いが込み上げてくる。
アドレナリンが出まくって、身体中が脈打っている。
今まで生きていて初めてやりたいことだわくわくが止まらない
「やってみよう」
布巾から包丁を取り出し、刃先を自分に向ける。
ドスッ
何の躊躇もなく、心臓に突き刺した。
「っっ‥‥がっっは、っは、っは‥」
耐えきれず、膝から崩れ落ちる。
え、待って待って‥こんな痛いの?いや、痛いって言うか、ヤバイ。
これは死ぬ。絶対死ぬ。
てか、何も包丁じゃなくて、薬いっぱい飲むとか苦しまない方法で良くなかったか?
いやだめだろー意識保てないだろ!あっ包丁で刺しても保てそうにないわ
こんなことを考えているうちに、再び笑いが込み上げてきた。
俺は本当にどこまでもバカだ。
まあ、もう少しで死ねそうだ。楽しみで仕方がない。
「俺は変人か?興味本位で自分の心臓に包丁を突き刺す人間が、俺の他にこの世界にいるか?それも初めて自分の意思でやったことが、好奇心を満たすために自分で自分の心臓を刺すバカなんて!」
痛みがなくなってきた。視界がぼやける。
やばい、そろそろ意識が飛びそうだ。
興味と憶測が加速する。
自分という存在は消えてしまうんだろうか?
死ぬその瞬間まで‥なんとか気合いで‥
ポプラの世界
「どこだ?ここ‥」
360度、辺り一面真っ白だ。
そうか。俺はこの真っ白い世界の中で、意識を保ちながら永遠と時を過ごすのか‥。
これは想像していた中で一番最悪なパターンだ‥。あーやってらんねぇ。
「わっひゃっひゃーー」
変な笑い声がこだまする。
「誰だ!?」
瞬きをして再び目を開けると、目の前に小さい子供が立っていた。
「うわっ!!」
「僕の名前はポプラ、よろしくね!いやー、君みたいな人間初めて見たよ!君、プロ野球選手になれるんでしょ?それなのに、死んだらどうなるのか気になりすぎて死ぬなんて、実に面白いね!興味本位で死ぬ人間って‥プッ!ハッハッハーー!」
なんだこいつ。ムカつくなぁ!神様とかインチキだろ。
「そんなおもしろいか?で、俺はこの後どうなるんだ?」
「あー。君は別の世界に行ってもらうよ。記憶をもったまま行ってもらうから、よろしく!じゃ、それで」
「あっあとそれから君、死にたくて死んだ訳じゃないんでしょ?別に君の人生それなりに見せてもらったけどおじいちゃんの為にあそこまで野球を頑張っていい子じゃん、まあでも興味本位で死ぬ生物って面白すぎるから次の世界にいったら絶対に死なないようにしてね!僕に君の新たなストーリーをみせてよ!!」
「ちょっまっ」
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